生活者主権の会生活者通信1999年03月号/04-05頁

生活者主権の会生活者通信1999年03月号/004-05頁


生活者主権の会/生活者通信/1999年3月号/04-05頁......1999年3月号目次へ
……(始まり)………………………………………………………………………………………………………………………

             憲 法 を ど う す る ? (2)

                    練馬区 板 橋 光 紀 (TEL3594-2487、 FAX3561-6826)

    ー1月号(1)からの続きですー          昭和21年9月に「戦時災害保護法」は廃止となる。  阪神淡路大震災から丸4年を経た。犠牲となられ      同時に新しく「生活保護法」が出来て前者に取って た多くの方々には心からご冥福を祈り、ご家族の方      代わるが、この新法は「生活困窮者に対して補足性 々にはお悔やみ申し上げたい。未だに住まいに不自      の原理にたって、その自立を助長する目的」である 由をなさっているとか、体に支障を来している方々      ために、「扶養能力のある扶養義務者の居る所帯に も居られると聞く。震災の後遺症は今後も長く尾を      は適用を除外する」ものであった。 引きそうだ。関東大震災という古い前例もあること       つまり 800万人のほとんどが「泣き寝入り」させ だし、我々東京に住む人間にとっても阪神淡路の災      られ、国民は全員が「堪え難きを堪え」る事になる。 害は人ごとではない。日頃テレビを見ることの少な      昔の戦争では死傷者の90%は戦闘にあたる将兵であ い私でもあの震災から数日間は朝に晩にテレビや新      って、民間人死傷者は10%程度であったらしい。現 聞の報道に見入る毎日であった。              代の戦争では反対に将兵の犠牲者が10%で、市民の  焼け野原と化し、煙のくすぶる焼け跡で、茫然と      方が90%になると言う。戦争の形態や兵器の破壊力 佇む人々の映像を報道するニュースキャスターの説      が格段に変わってきたせいであろう。戦争や軍備に 明の中に「まるで空襲を受けた直後の焼け跡のよう      関する法律を作ったり、修正したりする際、為政者 だ」との表現があり、子供ながらも終戦直後に東京      には是非このパーセンテージの事を頭に入れて議論、 の焼け野原と、人々の苦悩ぶりを若干記憶している      立案してもらいたいものだ。 私にとって身につまされる思いであった。同時に戦       「戒厳」という言葉を辞書で引いてみると、「国 後の混乱期を潜り抜けてきた時の思い出が色々甦っ      民の権利を保障する法律の効力を停止する事」と出 てきて、毎年1月中旬に報道される阪神地方の震災      ている。「非常時に軍隊の手で警備し、また軍隊が 以来の復興ぶりを見るにつけ、戦後の混乱期の事柄      行政、司法の権力を握ること」と書かれている辞書 をもオーバーラップさせて感慨にふける昨今である。     もある。非常時に戒厳を布くのは、どこの国でも当  しかし、焼け野原の風景は酷似していても、阪神      たり前のことで、軍隊の活動が円滑に運ばれるため 淡路の震災と前の大戦による戦災との間には大きく      に、そしてそれは市民の生命と財産を守るために欠 異なる点がある。阪神淡路では震災の当日から、少      かすことができない。軍隊がある国に「戒厳」が無 なくとも翌日から本格的な避難や救助作業が開始さ      い方がおかしい。 れ、国は特命大臣まで任命して復興に対処、自治体       今「有事法制」が出来ようとしている。「有事法 の職員は過労で倒れる人が出たり、自分の家が大変      制」と言えば少しマイルドで、あまり耳障りになら な被害を受けているにも拘わらず、公務員として市      ない気がするが、これは「戒厳法制」と同義語にな 民の救援に奔走したりしている姿が見られ、頭が下      ると思う。市民の生命と財産を守るために必要不可 がる思いであった。全国各地からボランティアが被      欠だと言うなら、戦時下の死傷者数が90%を占める 災地に駆けつけ、多くの救援物資の輸送や各種の救      可能性のある市民を救済するために、有事法制には 難活動は交通がマヒするほど活発に行われたと聞く。     「戦時災害保護法」を加えてもらいたいものだ。そ  戦災の時はそうではなかった。国や自治体はほと      して、それが前回のような「空手形」ではなく、被 んど何もしなかった。否、何もできなかったのかも      災者が多かろうと少なかろうと、救済が必ず履行さ 知れない。ボランティアも来なかったし、救援物資      れるものでなければ困る。今後この議論をする場合 もなかった。焼夷弾で家を焼かれても仮設住宅が建      には「有事」などと言ったオブラートで包んだよう 設された訳でもないし、爆弾や機銃掃射で被弾した      なあやふやな言葉を使わずに、明確に「戒厳」と言 肉親に死なれても、民間人はすべて「泣き寝入り」      ってほしい。 させられた。調べてみると戦災を被った市民を救済       私は昭和21年の4月に小学校一年生(終戦から8 する法律は存在していた。昭和17年2月25日に発効      ヶ月経っていた)。母親に付き添われて東京中野の した「戦時災害保護法」がそれで、罹災者への給与      区立新井小学校に登校してみると、学校は完全に焼 金支払いや応急救助と生活扶助を目的としている。      失しており、学校のまわり、どこを見渡しても焼け 昭和17年2月と言えば戦争が始まって3ヶ月しか経      跡ばかり。校庭の隅へ瓦礫を寄せてスペースを作り、 って居らず、真珠湾もうまく行って、マレー半島を      青空の下で入学式が挙行されたのを覚えている。翌 快進撃していた時期だから、当時の為政者も軍部も      日、登校してみると校庭に机と椅子が山積みされて 国民もまさか日本の大都市ばかりでなく、地方の中      おり、校舎が出来るまでの間、戦災を免れた隣町に 小都市までもが空襲を受けることなど予想だにしな      ある野方小学校の教室を借りることになったとのこ かったに違いない。戦争に勝てると計算した事と同      とで、野方までの2キロの道のりを全生徒が机と椅 時に、戦災を被った市民を救済できると考えた為政      子を担って歩いた。一クラス60人も居て、クラスメ 者の「判断の甘さ」が恨めしい。              ートには先日癌でなくなった女子プロボウラーの須 本土が空襲を受け始めてからこの法律を根拠にし      田開代子君も居た。約1年間の野方小学校では三部 て救済を求める申請が役所に提出され始めたが、戦      授業。早朝に登校する日と昼過ぎの登校、それに3 争末期の役所ではいずれも混乱していたと見え、や      時頃の登校になる日があったことも覚えている。 っと集計を終えてみたら被災者数は 800万件を越え       先生方もご苦労なさったと思うが、我々一年生の ることが判り、莫大な戦費で疲弊しきっていた当時      門出は誠に悲惨なものであった。野方小学校の方々 の財政事情下では全く対応できず、当惑して何もで      もよくぞ我慢してくれたものだ。不自由は中学生も、 きずに居る内に終戦。明治憲法の効力停止と共に、      進学する人は少なかったろうが、高校生や大学生だ ………………………………………………………………………………………………………………………………………… って教育環境としては日本国中ほぼ同様であったこ      30条で 124行もあり、国会についての第四章は23条 とであろう。大人達は子供の教育どころではなく、      89行、第五章の内閣は10条、50行、第六章司法では 今日、明日の食糧を如何に確保するかで頭がいっぱ      6条に49行の文言が使われて細々とした事柄が定め いであったはずだ。戦争が終わってホッと安堵する      られている。一方、第二章の戦争放棄はたったの一 気持ちの反面、国や自治体を頼りに出来ない中で、      条で9行しかない。我々素人が見る限り、「武力を この先どうやって生き延びていくか、自分で考えね      行使せず」、「威嚇もせず」、「戦力を持たず」、 ばならなかった。とにかくもう戦争だけは嫌だとい      「交戦権もない」ことによって、完全に戦争や戦闘 う想いが強かったし、その想いの中身は「たとえ他      行為を明確にギブアップ宣言している訳だから、文 国が侵略して来ようとも」という無条件で戦争に反      言の解釈が左右にブレたり、あの場は許されるとか、 対する気持ちであったと思う。               この場合は抵触するとかの議論の余地がない程理念 尤も、戦争末期から既に大した兵器が残っている      が明快に表現されていると読める。つまり、ゴチャ わけでもなく、弾薬も燃料も底をついて、侵略戦争      ゴチャ書く必要もなく、9行で足りるのだ。 であろうと自衛のためであろうと、戦える能力も気       第9条の「戦争放棄」を、このまま残すことにな 力もなかったのが本当のところだろう。小学校へ入      るなら私はそれでも良しとする。その場合、自衛隊 学した翌年の昭和22年5月、第9条の「戦争放棄」      は解体すべきだ。若干の装備と要員を海上保安庁と を含む新憲法が発布された。今考えると現憲法には      警察へ移管すれば国境警備、テロへの対応、災害救 色々欠陥があると思うが、「戦争放棄」の第9条だ      援、国連のPKO(文民要員を派遣すれば良い)は けは当時の世相には妙に似合っていたと思う。発布      何とかできる。民族の存亡に関わる国難は他国によ されてまもなく行われた毎日新聞の世論調査でも、      る侵略以外にも多々あり、軍備の方だけ突出して金 この新憲法を支持する者が85%にのぼり、反対は10      とエネルギーを費やして近隣諸国へ警戒心を抱かせ %であったことにも象徴されている。反対者の10%      るのも賢明ではないかも知れない。 は若干の右翼の声もあったようだが、ほとんどの反       地震や津波、火山や温暖化、環境対策などは、観 対者は明治憲法の廃止によって職場を失った公務員      察態勢だけは少し整っているにしても、予防できる 達であったと言われている。                訳でもないし、流星の落下に対してはほぼ永久に無  憲法を始め、あらゆる法律が作られるには作られ      力かも知れない。所詮、盤石の安全保障システムな る背景というものがある。過去に間違いや災難があ      ど出来っこないし、出来ると期待すべきではないの れば、それらを繰り返さないため、または被害を最      だ。隣国からミサイルの二発や三発が飛んで来たと 小に食い止めるために、新法ができるのであると思      て、「忍び難きを忍べ」ば済む事であろう。 う。法律の文言に解釈の相違が出てきた場合は、そ       最近ミサイルが日本へ向けて発射された場合の探 の法律が作られるに至る背景を思い起こして見れば      知装置の開発をすべきとの声が挙がっているが、開 よい。85%の国民に支持された「戦争放棄」を含む      発には莫大な費用と長い年月が掛かるらしい。単に 新憲法は当時の時代背景と国民感情に合致していた      探知装置が完備されたとしても我々は枕を高くして ものであり、さらに少し溯れば、日本政府が受諾し      寝られる訳でもない。飛んでくるミサイルを 100% たポツダム宣言の8ヶ条を包含する内容であるはず      の確率で撃ち落とす兵器を併せて装備しないことに だ。当時の国民感情の内には、自衛隊の創設を念頭      は安全とは言えない。敵が我々の探知迎撃装置を潜 に入れたり、自衛のためなら核武装が許されたり、      り抜ける高性能のミサイルを開発してきた場合は、 侵略してくる相手国の出撃基地を攻撃云々を議論す      我々の方もそれを上回る性能の装置を開発しないこ るなど想像すら出来なかった筈だ。             とには役に立たない。 憲法を秤にかけて目方で論ずるのも不見識かも知       つまり、軍拡は果てしないのだ。開発できる目途 れないが、第一章の天皇については8条まであり、      が立たない場合は、報復をほのめかして仮想敵国を 36行で表されている。第三章の国民の権利義務では      牽制するしかない。          (続く)

サラリーマンの意見がなぜ、政治に届かないのか? 〜献金しやすい税制、一人2票制の導入必要〜

                                   練馬区 な が つ ま 昭

   日本の就業者総数6481万人中、雇用者(サラ      例えばカナダでは1万円献金するとその70%が税 リーマン)は5376万人で全体の83%も占める。     額控除され、7千円が税務署から戻ってくる。日本 有権者総数約1億人中でもサラリーマンは半分以上      でも企業団体献金禁止を契機に、個人献金はカナダ を占める。家族も含めればさらに多い。           並み以上の税額控除制度を導入する時に来ている。  しかし、日本最大の集団、サラリーマンの声は政       さらに投票の問題である。例えば自営業中心の業 治になかなか反映され難い。                界団体は選挙区内に多くの同業者がおり、票の「か  一方例えば、農林業従事者(多くが自営業者)は      たまり」があり政治家に影響力を発揮できる。しか 299万人と全就業者中約5%であるが、主に農林      し、サラリーマンは同一選挙区内に知り合いは少な 関係を代弁する国会議員は全体の2割以上はいる。      い。そこで、居住地に加え、職場がある選挙区でも  日本の政治制度はサラリーマンに政治により多く      投票を可能にする投票2票制の導入を提唱したい。 関わってもらうための配慮が足りない。サラリーマ      職場では票の「かたまり」があり、職場を選挙区と ンは時間がなく、政治家の事務所に出入りして応援      する政治家に意見をぶつけ易い。 することは物理的にも難しい。しかし、投票と献金       就業者の8割以上を占めるサラリーマンの意見が であれば関われる。                    政治に反映されていないという現実が、日本政治の  日本の献金制度は個人献金の優遇税制が不十分。      未熟さを生んでいる。 ………………………………………………………………………………………………………………………(終わり)……