生活者主権の会生活者通信1999年09月号/03頁..........作成:1999年09月06日/杉原健児

「教育基本法」見直しに関する提言

東京2区エリアマネージャー 大谷和夫

 生活者主権の会・東京2区では、当会の活性化をはかるには、会則の第2章「目的と活動」に立ち戻り、 各種政策の調査研究、及び立案提言、政策実施のための具体的活動を着実に行い、外部に対する働きかけ を通じて共鳴者をふやしてゆくのが本筋であることを6月の例会で再確認した。
 良い国を作る政策の内容としては、信頼できる代表を選べるような「公職選挙法」や、 身近に問題の多い教育関係の大本である「教育基本法」の検討があげられたが、7月の総会では前者が 取り上げられ、2区例会では準備の都合で後者を取り上げることになった。

 教育基本法関連文献として下記2書を調査した。
(1) 「教育基本法 その意義と本質」
             宗像誠也編/新評論
(2) 「教育基本法制と教科書問題」
             勝野尚行著/法律文化社

 前者は初版 66-2-15でその後 90-4-15に改訂されているが、戦後の教育界の重鎮が如何に左翼かぶれ していたかを如実に示すもので、一例を挙げれば、ソ連の初等教育は理想的であるなどと賛美している。
 後者は 82-9-10の発行であるが、徹底的なマルクス主義史観に貫かれており、 このような乱暴な思想が日本の教育界で巾を利かせていた事をあらためて知らされた。
 慶応大学名誉教授・金沢工業大学名誉学長の佐藤豪氏はその講演で「当世若者気質」 として次の8項目を挙げている。 "指示待ち症候群" "個性欠乏症" "集団帰属意識の欠如" "天動説の生き物" "頭が固い" "思考の欠如" "文明社会の野蛮人" "情報伝達に敏感" 。 これらは戦後教育の成果として現れたものであり、同時に戦後教育の問題点でもあろう。
 以上の前提で東京2区7月例会(参加者:溝端、大谷、池田、野村) で教育基本法の問題点について 議論した結果を以下に示す。
[前文及び全般]
 教育基本法が公布されたのは昭和22年3月31日であり、戦後間もなく被占領期であり、 食糧難で闇市全盛時代である。従って現代からみると意味不明の修飾語が多すぎて内容が不明確であり、 憲法と共に見直しが必要である。
 「普遍的にしてしかも個性ゆたかな文化の創造をめざす教育を普及徹底しなければならない。」 など空論は削除して、前文としては「ここに、日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、 新しい日本の教育の基本を確立するため、この法律を制定する。」だけあれば 充分である。
 個の尊重は結構であるが、これが単なる自由放縦となるのではなく、全体との調和が必要である。 個人と社会・国家、日本と世界という具合に、単なる自己中心ではなく、厳しい世界の現実を充分認識 して対応できるような教育が必要である。
 本法に限らず、法律は時代の変化に対応するため、時限立法とすべきではなかろうか。
[第一条(教育の目的)]
 「真理と正義を愛し」などという言葉の遊びは不要であり、「個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ」 とあるが、平和な国家及び社会の形成者としての責任とは何か、概念が不明確であり、 これを明確化して責任に対する教育を重視すべきである。
[第二条(教育の方針)]
 あまりにも抽象的すぎる。学問の自由、文化の創造・発展が果たして一般国民の教育方針といえる だろうか? 考える手段の為の基礎教育が必要であり、必要な公正な知識、公衆道徳、職業の基礎知識・ 技能などの伝達を明記すべきである。
 外国では宗教、日本では教育勅語で社会のモラルを維持してきたが、教育勅語を廃止するだけで、 これに代わるものがなくて、果たして社会のモラルは維持できるか議論を要する。
[第三条(教育の機会均等)]
 「すべて国民は、ひとしく、その能力に応ずる教育を受ける機会を与えられなければならない」 は現状では不要である。
[第六条第二項(教師の使命と身分)]
 「全体の奉仕者」は表現があいまいで、特定のイデオロギーに偏する事を禁ずべきである。
[第七条(社会教育)]
 幼稚園、職業訓練校など具体的に指示すべきである。 [第八条(政治教育)]
 政治教育の定義が不明であるが、単に尊重するだけでなく、例えば民主主義における一般国民の 政治責任などについて具体的に教育し、これに反するものには別に罰則を設けるべきであろう。
 以上討議者の平均年齢が高いのでやや保守的な意見かも知れないが、他のグループとも意見交換の 機会があれば幸いである。

生活者主権の会生活者通信1999年09月号/03頁