衆議院議員選挙(1996.10.20)無効請求事件の上告 (3)千葉県 治田桂四郎昨年一一月の連邦下院議員選挙に則して見ると、定数一の州は七州あります。定数最多の州は五二です。このよ一つにアメリカでは定数一の 州がありますが、さらにそれ、に定数を上乗せするようなことはしていないのです。アメリカという国はもともと州の連合体として建国された ため、各地から選出される議員は州代表で、大統領が全国民代表という観念が強いのでありますが、定数一にさらに上乗せして人口の少ない州 の発言権を強化するというような方策は講じていないのであります。 わが国では一都道府県間の最大の人口格差は、鳥取県・東京都間で平成二年国勢調査人口で約一八倍であり、アメリカの州の間に見られる ような大きな差はありません。 したがって、三〇〇の小選挙区定数を最初から人口で都道府県に配分しても、最低二の配分となります(甲第五考証)。アメリカの事情 を参考にしても、定数二の上にさらに上乗せする必要は認められないのです、原判決は、上告人の主張が、定数各一の三〇〇の小選挙区を 設定する前に都道府県単位で定数配分を行った手法を憲法違反だと批判しているかのように曲解していますが、上告人は、アメリカで定数を まず州に配分するようにわが国で都道府県にまず配分する手法自体を憲法違反だと主張しているのではなく、国会議員の配分を加減して人口 の少ない県の発言権を強化する意図での優遇措置を講じている法律の定めを憲法四三条一項違反だと主張しているのであります。 また、議会制の母国のイギリスではどうかというと、日本の選挙区画定審議会のモデルとなった「区割委員会」(Boundary Commission) が イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドのそれぞれについて選挙区の区割りを行いますが、合計六五九の各小選挙区の 区割りをする前に、わが国の県に当たるカウンティーあるいはリージョンに対し選挙人の多い少ないを見て予め配分調整をするようなことは 一切していないのです。 二、次に、上告人は、最も人口の少ない選挙区との人口較差が二倍を超える選挙区が二八( 平成二年国勢調査) 、六〇( 平成七年国勢調査) も設定されたことが、憲法一四条一項に違反すると主張する点に関して、上告理由書を補充して述べます。 最高裁は、昭和五一年四月一四日大法廷判決において、衆議院の選挙区への議員定数配分基準は「厳密には選挙人数を基準とすべきもの と考えられる」と述べられましたが、この見解は明らかに誤りであります。 わが国では、旧憲法下の明治二二年制定の衆議院議員選挙法以来、現憲法に至るまで、議員定数の配分基準は、すべて人口であって、 選挙人数ではありません。そのことは、昭和六二年一〇月二一日の大阪高裁判決が緻密な調査に基づいて明らかにしているところで あります。公選法においてもまた区画審設置法においても、議員定数の配分基準はすべて人口でありますが、その人口は、五年毎に行われる 国勢調査人口であります。国勢調査人口のなかには一九歳以下の未成年者はもちろん常住外国人も含まれております。それらの選挙権を 持たないものをも含む人口に関して選挙区間に生じた較差が、どうして投票価値の較差なのでしょうか。 最高裁は、昭和五一年判決以来、昨年九月二日の参議院定数訴訟に関する大法廷判決まで、議員定数配分の人口基準と選挙人基準を混同 使用し、選挙区間の議員一人当たりの両者の較差を、いずれも「投票価値」の較差と把握してこられました。 その誤りが生じた由来については、原審において詳細に論証したところであるゆえ繰り返して述べませんが、アメリカ連邦最高裁がいう 「ワン・パースン、ワン・ヴォート」が一人一票」の意味ではなく、定数配分の人口比例の意味であることを、憲法学者でこの問題について の権威である芦部信喜氏がすでに昭和四一年に指摘されておりました( 『アメリカ法一九六六−1号』) 。原審において提出した私の 研究論文(甲七号証および八号証) は、アメリカ連邦最高裁の判例研究により、芦部氏の指摘を確認したものであります。 選挙区への議員定数の配分を人口基準で行うことは、直接には、選挙人のみではなく、未成年者等をも含むすべての者の代表を平等に 配分することであって、選挙人のみの「投票価値」の平等は、国民代表の平等配分の確保をつうじて間接的に実現されるべき目標なので あります。選挙区間の人口較差は、投票価値の較差ではなく、代表配分上の較差なのであります。国会議員は、選挙人をつうじて全国民を 代表するというのであれば、なぜ政党助成法による政党交付金総額は「人口」に二五〇円を掛けた額なのでしょうか。 (つづく) |