生活者主権の会生活者通信2000年02月号/08頁..........作成:2000年02月21日/杉原健児

何とかならぬか教育問題 (2)

練馬区 板橋光紀

 私の教育問題に関する提案を掲げる前に、中国やタイで見たり聞いたりした事をいくつか紹介したい。 その提案理由でもあるからだ。
 先ず中国。私の中国の教育に関する情報は、各地の取引先企業のビジネスマン宅へ招待された時に 交わした世間話しや、解放軍将校とか退役軍人達と飲み明かした時の議論や雑談、 経営者である台湾人や香港人の制止を無視して進出工場の工員専用食堂で出稼ぎの女工さん達と 同じ食事をとり、彼達の故郷の様子を聞かせてもらったりして得たものであり、決して広大な、 しかも多様な中国の事情が科学的且つ統計学的に総括されたものではない事を先に断って おかねばならない。
 中国の人口抑制政策は1982年、華国鋒首相の提案が全人代で採択されたものだ。この中に 「人口増加率を1.0 %以下にする」との文言があって、これ以後「一人っ子政策」と呼ぶ「別名」が 世界中で一人歩きするようになり、同じ提案書に盛り込まれていた食料問題や環境問題の方は霞んで しまっている。これ以後に生まれた「一人っ子」は最年長で今16〜17才、高校生位いの年令になって いる筈である。
 当時の中国は民主化が今程進んでいない時期で、「お上のご沙汰」は決議内容を伝えられた 地方自治体はもちろん、一般市民もこれを厳粛に受け止めて、出生率は直ちに1.08%へ下がる。 自治体には目標達成にノルマが掛けられ、達成度は責任者の将来の出世に大きく影響する。 一般市民には税金や年金の支給額が増減する等の仕組が計られた。チベットや西域の遊牧民や インドシナ半島に近い華南地方のタイ語族等少数民族には「第三子まで許める」特例措置も付され、 この政策は概ね実現するかに見えた時期もある。
 しかし、内外からのこの政策に反対する声は根強く、この数年の間に民主化と経済の自由化が 進んで来るにつれ、「お上のお達し」を無視する傾向がある。沿岸地方で荒稼ぎした企業家等が増税や 年金取得権放棄をものともせずに第ニ子、第三子を平気で作る家も出て来た。
 中国では全人口の7割が農村生活者であると言われる。多くの人手を必要とする農家が都市生活者と 同様に「一人っ子」を強要されるのはつらい。中には「出来てしまった」第二子や第三子の 出産を役所へ届け出ず、登記がなされない無戸籍者が続出すると言う社会問題が発生している。 最近発表された増加率は1.4 %に上昇、日本の出生率に近づいて来ている現実を我々部外者は何と コメントしたら良いのだろうか。
 20年程前、人口が8億人位の時代は識字率が20%、つまり、文盲は80%と聞いていた。 当時の中国人の「四種の神器」が自転車、ミシン、ラジオに腕時計と言われていた頃である。 現在の「四種の神器」は
洗濯機に冷蔵庫、カラーテレビにオートバイで、人口は12億8千万人に増加しているにも拘わらず、 識字率は80%、文盲が20%へと逆転している。人々の生活レベルの向上と、教育改革の成果に関しては 指導者達の実績を評価したい。
 中国では最近迄「義務教育」と言う制度は無かった。「9年間の義務教育」が決定したのは15年前の 1985年。興味深いのは、その後全人代では同じ様な事を繰返えし決議している点である。 早い話がつまり徹底しないのだ。
 地方の共産党委員会や行政組織でも「決定」を度重ねて発表しているが、予算を充分にまわせない 事もあるせいか、実現への進展は遅い。
 徹底しないもう一つの理由は「多民族国家」にあると思う。広い中国には56種類にのぼる 少数民族が居り、西域の奥の地域の人口はトルコ系やイラン系、チベットはインドの文化圏に入る。 南部の人々にはタイ語やベトナム語しかわからない人々も多い。蒙古人には日本の江戸時代以前の 庶民と同様に「名」はあるが「姓」は無い。少数民族の中には大昔から「文字」と言うものが無く、 「話し言葉」だけで生活し、何ら不便を感じない部族も居る。キルギスやカザフスタンなどロシアの 文化圏に近いウィグル地方では、元々象形文字のようなウィグル文字を持っていたのに、 これを廃止して欧米と同じローマ字に切換えてしまっている。これだとアルファベットのA〜Zまでの 簡単な26文字で済ませられ、小学校の低学年以上の全員を短期間で識字率 100%の市民に仕上げる事が 可能になる。
 ちなみに日本では当用漢字にひらがなとカタカナを加えると文字の数は1900を越えてしまう。 しかし中国で通用している漢字は4500文字もある。中国政府は識字率を高める為に大勢の学者を動員して 研究に努め、日本や台湾等他の漢字使用国にことわりもなく漢字を片っ端から簡素化して来ている。 現在中国では12才以上の国民で日常生活に必要な 600文字以上が理解出来る人々を識字者、 それ以下を文盲に分類している。「理解出来る文字」とは漢字に限ってはいない。少数民族への配慮で あろう。私は中国を語る時「文盲」と言う言葉をあまり使わないようにしている。 欧米とは物差が違うのだ。マジョリティーである漢民族が80%を越えるとしても、56の少数民族から 成るマイノリティーの総人口は2億になってしまう。4500の難解な漢字をトルコ系やイラン系の子供達に 教え込む困難度もさる事ながら、チベットの人々に李白の漢詩や孔子の説く儒教の真髄が理解出来る 筈がない。
 他の理由でたまたまそうなってしまったのかも知れないが、この点中国の指導部は日本の教育界に とって大変参考になる賢明な施策を採用している。先ず地域によって歴史的にも文化的にも大きく 環境に差がある事。同じ民族であっても都市生活者と農村生活者のライフスタイルに違いがある事。 そして各々の家庭によって、更に個々人によって嗜好や能力が千差万別であることを踏まえて、 全階層の国民への呼びかけには以下の事柄が盛り込まれている。
(1)国や自治体は予算の許す限り多くの学校を建設すること。
(2)企業、団体、個人も積極的に各種の学校を建設すること。学校の大小は問わない。
(3)この場合普通学校、農業、工業、商業学校に限らず、体育学校、音楽学校、美術学校,武道学校, 舞踊学校等各種の専門学校が作られる事が望ましい。
(4)教師の資格、カリキュラム、学費等、運営に関する細目は各自治体に委ね、各々地域に即した基準を 作る事とし、中央政府は大きく干渉しない。
 人口抑制の事と違って教育に関する新しいシステムは徐々に発展した。日本のシステムと大きく 異なる点は法令がマイルドになっている事だ。
 たとえば年令に厳しい制限が無く、多くの専門学校では小学生位いの年令の子供から大学生や 社会人の年令の人々までもが同じ学校で学んでいる。中途入学も可能だから学業半ばで自分の選択を 間違えたと気づいた時に、いつでも進路を変更出来るし、又社会がそれを受け入れる素地がある。 学問が苦が手で普通学校が好きになれない人は専門学校へ入ればよい。専門学校の試験にパスする 特技や能力も無ければ学校をやめればよい。両親から家業を習って農業や漁業に勤しむ事もこれ又尊い。 だからレベルの高低はともかく、農村地域での教育は概ね好ましい方向に進んでいると思われる。 行きづまった時に進路変更する選択の幅が広い。表現は適切でないかも知れないが一種の「駆け込み寺」 が沢山あるわけだ。
 その点貨幣経済にドップりつかって競争社会で生き延びなければならない都市生活者には選択の幅が 少なく、教育制度はとかく「金太郎アメ量産システム」に陥り勝ちで、その弊害の数々は恐ろしい程 日本の現状に似ている。また人口が10倍居る分だけ中国の方が問題点を露骨に味わう事が出来る。
 農村と都市部とでは違いが大き過ぎて、中国の教育事情を論ずるには両者をはっきり区分けして 観察せねばならない。
 先に農村。子供が6〜7才になると95%が小学校に入学する。大都市では小学校のほとんどが6年制に 切換わっているが、農村では5年制のままでやっている地域が多い。学校の無い村も多く、 遠方の学校へ入学せねばならない児童が多いから、学校にはたいてい寄宿舎があり、 親元を離れて生活する子も多い。寄宿舎を利用するには当然の事ながら学費の他に寄宿料が掛かる。
 高学年へ進級するにつれて、授業について行けない生徒が続出して来る。一定の学力を身につけないと 卒業させない習慣になっている為、成績が悪いと「留年」させられる。留年に屈辱を感じて卒業せずに 五年生で退学するケースが多い。学費が工面出来なくなったり、親が病気で倒れたり等家庭の事情で 中途退学を余儀なくされる子供が多いのは可愛そうだ。
 学校で他人に迷惑を掛ける子は少ないらしいが、教師が注意しても改まらない場合は停学や退学の 処分となる。
 生徒に長期にわたる「不登校」があっても教師は粛々とクラスを運営し、その生徒の家へ出掛けて 本人とその両親に学校への復帰を説得したりはしない。単に退学の手続きを行なうだけである。 だから日本以上に「一人っ子」が多いにも拘わらず、 中国の農村地域で「学級崩壊」は起こらない。                                 (つづく)

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