生活者主権の会生活者通信2000年03月号/06頁..........作成:2000年03月11日/杉原健児

何とかならぬか教育問題 (3)

練馬区 板橋光紀

 最近の調査結果によると、小学校へ入学した生徒の内ストレートで卒業する生徒は約50%、その中の 60%が中学へ進学していると言う。中国では中学を卒業すればたいしたものなのだ。小学校の五年生 にもなれば、たいていの子供は自分自身で進路を悟るようだ。普通学校で上の学校へ進むべきか、 進める能力があるかどうか、早いとこ見切りをつけて専門学校へ移るべきか等々である。私は一度 体育学校をのぞいて見た事があるが、オリンピックで金メダルの多くを中国が持って行く理由が 何となく解る気がした。そして専門学校の充実とそのシステムは中国の各分野に多くの第一級の人物を 輩出させる成果をあげるものと思う。中国の指導者達が義務教育の不徹底を嘆く理由に落伍者が50%も 出て来る事や、中学卒業者が30%と少数である現実を指しているとしたらそれは間違いと言うものだ。 これらの数字は日本で土光臨調が指摘した「落ちこぼれ」の数字とも符合するからである。故意に 留年率を下げようとしたり、強いて上級学校への進学率を上げようとするならば、日本と同様に今上海や 北京を始め都市生活者の間で発生している悲惨な結果を見る事になりかねない。
 次に都市生活者。1980年代に始まった経済開放政策は多くの外国からの投資を促し、今日の急成長を 中国にもたらした。特に沿岸地域の発展は目ざましい。しかし同時に競争社会と学歴社会、更に飽食社会 と拝金社会を生む結果となり、老人と子供にとって住み心地の悪い社会になりつつあるようだ。 「一人っ子政策」の必然的な副作用は日本に10年程遅れて中国にも高齢化社会が到来する。しかも その深刻度は人口に比例して日本の10倍になって現われ、その負担は都市生活者により重くのしかかって 来るだろう。今の繁栄から得た余剰の富を出来る丈多く貯金してその日に備えて欲しいものだ。
 「一人っ子」を別名「小皇帝」と呼ぶ。大都市上海では小学生の20%が肥満体であると言う。 試験場でカンニングが発覚し、1700人の生徒が処分されたとの報道もあった。デパートはどこへ行っても 子供用品売場の品揃えが他の売場と比較して異状に充実している。
 子供は学校から帰るとすぐに学習塾へ向い、パソコン教室、英会話教室、ピアノやバイオリン等の 習い事は当り前で、家庭教師をつけている人も多い。子供を成人させるまでに費やす養育費は10万元も 掛ると言う試算が出ている。1 元は\15 円だから日本円に換算すると 150万円になるが、平均的な中国人 の所得が日本人の20分の1である事を勘案すると養育費は日本で言う3000万円になり、ちょうど日本の 子供が私立校で成長した場合の金額と符合する。尤も中国で掛る10万元の中身には有名私立校への裏口入学 工作費と定期的に行われるいやらしい習慣になってしまった教師への進物代が含まれているそうだ。
 親が子を思う心理に日本も中国も変りは無いと思うが、両者共概して期待が大き過ぎるのではなか ろうか。梳きでもない勉強を強いたり、遊ぶ時間や自然に触れ合うチャンスを奪う事によって子供の言動に 異常な形で表われて来るのではなかろうか。単なる「反抗期」と片づける訳にはいかない。
 北京や上海等の大都市の学校では「いじめ」「校内暴力」「不登校」、家では「家庭内暴力」の発生が 後を断たず、多くの子供に情緒不安定の症状が見られるようだ。都会の家庭ではほとんどが夫婦共稼ぎ だから多分両親は充分に子供の相談相手にもなってやれないのだろう。繁華街では大勢の未青年者が コカコーラの紙コップを片手にマクドナルドハンバーガーを頬張ってゲームセンターに入り浸り、 腰にはたいてい携帯電話を吊るしている姿がそれらを象徴的に物語っている。
 愚かな親達が子供の志向や能力の限界を無視して上級の学校や少しでも評判の高い学校へ進学させ たがるからだ。多少無理と判ってはいても大学を卒業する迄「愚かな親」を押し通したいところだろうが、 高校迄の成績が少々良かった程度では大学に入れない。そもそも大学の数が少ない。中国の教育改革は 義務教育の徹底に主眼があり、大学の数を増やすのは小中学校を増やす事と違って困難である事から、 むしろ向上心の旺盛な若者を海外へ留学させる政策を積極的に進めている。
 最近の調査では大学卒業者の比率は3%で、日本の30%と比べると10分の1でしかない。しかし 土光臨調の言う「日本の大学生の90%が授業について行けない」が本当なら、日本の大学も10分の1に 減らして中国と同じに大卒者数が3%になってもよい理屈になる。10分の1に減らす事を暴論だと 言うなら、茶髪と厚底靴位いは目をつぶるから、少なくとも大学の卒業試験は大幅にレベルを引き上げて、 アルバイトに明け暮れる学生生活とレジャーランド化した二流大学の改革を即刻進めてもらわない事には 日本の将来は危い。
 次にタイの話をしたい。バンコクの中心街から少し離れた所に日本人学校がある。小学生が1200人と 中学生が 200人程居り、海外の日本人学校としては最大の規模だ。現地の日本人会によって運営されて おり、純粋の私立学校と言える。これに日本大使館が協力する形で文部省との情報の受渡しや教師の 派遣等に関与している。1400人の登下校は全員チャーターされた観光バスを使ったスクールバス通学と なる。バスによる集団登下校はバンコク市の世界最悪と言われる道路交通事情にもあるが、何よりも 誘拐防止の為だと言う。

 日本人駐在員が家族づれでバンコクへ着任すると直ちに日本人学校へ出向き、入学手続きと同時に通学 バスの路線地図を手に入れ、住居を決める際には必ず通学バスの通行路に近い場所を選ぶ。授業料は 2万円程度だが、通学バス代にその2倍掛り、一人当り月に6万円程度出費しなければならない。
 私の仕事場はこの学校に近い事から何度か見た事もあるが、授業が始まる朝8時前の学校は凄まじい。 四方八方からほぼ同じ時刻に30台もの大型バスが到着して校庭は戦場と化す。校長と教頭はバスの誘導に 声をからして走り廻り、生徒全員が教室へ落着く迄ひと騒動だ。
 通学の事もここに住む日本人の子供達にとって試練の一つだと思うが、食べ物の違いや言葉の違い等々 不便の数々を挙げたら切りがない。家へ帰っても母親が一人ヒマそうにしているだけで他に話し相手も 居ない。同じマンションに偶然友達が住んででもいない限り遊び相手も居ない。一人で遠っ走りが 許されないのも誘拐予防の一つだからだ。
 休日はたいてい家族全員で行動する。運動会や学芸会の時はもちろん、日本人のイベントや各種の カルチャー教室が学校の校舎を使って行われる事が多く、家族そろって学校へ出掛けるチャンスが多い。 従って両親は学校で何が起こっているかを良く知っており、学校への奉仕活動も積極的に行われる。自然に 教師や校長との会話も豊富になる。話し相手に広い選択が無い為もあろうが、親子の会話も多くなる。 試練に直面すると人間はかなり従順にもなるものらしい。「いじめ」も「ケンカ」も少ない。
 帰国子女は学力が低いとの風評を思い出し、何度か関係者に聞いてみた事がある。バンコクの日本人 学校の生徒は日本に居る子供達より学力が上だと言う。これは意外だった。学習塾も少しはあるが誘拐防止 の観点から通っている子は極めて少ないのに。
 私は旅先で出会った教職にある方にこの事を話して聞かせたことがある。彼は「それは当然ですよ」 と軽く返して来た。「外国の日本人学校へ派遣される教師は優秀な教師の中から厳選された非常に秀れた ほんの一部の先生方ですから」と言う。私は素直に納得してしまい、うかつにもこの先生の住所を書いた メモを失くしてしまった。後になってその「優秀な教師」を定義する基準と「厳選」なる作業の機関や 選別方法とを是非知りたいと思いついたからだ。
 もしこの先生の話が本当だとすれば、逆に「非常に優秀ではない教師」つまり「教師にあるまじき人」 を選抜する事も可能な筈だ。私は大勢の教員の中に授業技術の極めて拙劣な人や、とんでもない人物が 何人か居るのを知っている。こういった教師はとかく免許を持っていても、患者の病気を悪化または死に 追いやってしまう三流の医者と同じ事で、生徒にものを教えるどころか学校嫌いと学問嫌いな子供を生産 しかねない。
 ブルーカラーの場合は企業への貢献度に優劣を付けにくいが、頭脳労働者の場合どこの企業にも Aクラス、Bクラス、Cクラスと職員の能力には差が出て来るものだ。そして多くの企業にはたいて いそれら以下の「Dクラス」が何人かづつ居て、企業の業績やチームワーク構築の上で足を引っ張って いる。営利を追求する企業ではこれら「Dクラス」の職員が退職の申し出をして来るのを待っており、 退めたくなるような意地悪な人事異動を行なったり、時には小さな理由で解雇したりして問題を処理する 所が多い。教員にはこれが無い。
 出きる事なら自分の子供にはAクラスの教師に教えてもらいたいものだが、Bクラスが当ったとしても 良しとしよう。更に限定した科目だけならばCクラスの先生でも止むを得ない。しかし「Dクラス」は 絶対に困る。義務教育を公立校で学ぶ場合、我々は学校を選ぶのは難しく、クラスを選ぶのも教師を指名 するのも不可能と言ってよい。厳しい教育は結構だが子供が劣悪な環境に置かれ、それを堪忍ぶ事が義務 教育に於ける「義務」であるならば、我々は子供を健全に育てるべく自衛せねばならない。
 日本でも中国でも生れ出て来た赤ん坊は 100%だれでもが「天使のように清らか」である筈だ。成長 するにつれて「バタフライナイフを振り廻す」ようになるのも、将来「第一級の人物に成長」するのも 家庭での躾けと、政府や学校を含めた社会環境次第、つまり今日とりざたされている教育問題はすべて 大人の責任であり、「近頃の子供」のせいでは断じてない。そして直ちに改革する義務は我々大人に ある。
 私の教育改革に関する提案を以下にまとめてみたい。
 (1)義務教育を小学校の6年だけとする。多くの先進
  諸国では義務教育を廃止する方向になっている。
 (2)授業の内容は必要最小限のものに縮小、歴史学を
  重視する。
 (3)校長の権限を大幅に拡大し、小学校から高校に到
  る迄成績の悪い生徒や他人に迷惑を掛けて反省が
  見られない生徒を落第、停学、退学させられるよ
  うにする。
 (4)大学は国公立私学に関係なく「学士」の称号を与
  える為の卒業試験を行い、一定の教養を身に付け
  ていない者を卒業させない。
 (5)各種専門学校設立の規制を緩和し、入学希望者の
  年令を厳しく制限しない。
 (6)教員免許を与える前に数年のインターン研修を義
  務付ける。
 (7)教育委員会による教員のカウンセリングを定期的
  に行い、教師の異常等の早期発見に努める。
     (異常な教員の免許取消し勧告を含める)
 (8)教育委員会の抜本的な改革を行い、地域住民や多
  くの父兄を参画させる。
 (9)学校の施設を出来る丈解放し、地域や親子のスポ
  ーツやイベント、町内会の会議場としても利用さ
  せる。
(10)校則を全部一度白紙にもどし、学校、生徒、地域
  及び父兄の代表が参画の上設定し直おす。更に定
  期的にその改正を行う。
(11)奨学金制度を大幅に拡大、向上心の旺盛な生徒全
  員がその制度を享受出来るようにする。
(12)義務教育に於ける「義務」と「平等」の意味を再
  確認し、「権力によって均一な国民を作る事では
  ない」事を中央及び地方議会に宣言させる。
 多分これで教育問題の多くが解決するだろう。
                             (完)

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