北方領土はいらない (5)練馬区 板橋光紀【理由その (4)】人口一つとってみても、ソ連時代は2億6千万人居た筈だが、ソ連邦を形成していた12ヶ国が 各々独立、そしてロシアが発表した最近の人口は1億4650万人となっている。しかしこの中には 独立させまいとロシアが軍隊まで出して現状を凍結したつもりでいるチェチェン、リトアニア、 ラトビア、エストニア等の自治区の人口約1500万人が含まれている。日本の四国の面積にも満たない チェチェン共和国では、繰り返すロシアの空爆や拠点制圧にもめげず、ロシアの自治領でない事を宣言、 自前のパスポートを国民に発行、指導者は諸外国との外交活動に精を出し、事実上の独立国であること をアピールしている。 他の自治区もこれに倣うのは時間の問題だろう。そうなるとロシア本体の人口は1億3000万人程、 ちょうど日本の人口と同じようなものだ。ソ連が崩壊して11年になろうとしている。私は決して それを望まないが、混乱が高じて今度はロシア自体が崩壊するのではないかと心配している。 我々ビジネスマンは市場調査に際し国状を嗅覚で判断する習性があり、日本を含めて、政府が発表する 「官製報道」を参考にはするが、そのまま鵜飲みにしたりはしない。ロシア内外のビジネスフレンドとの 交信を通じて、この一年間に私の手元に届いたロシアの国状を伝える情報の一部を以下に挙げてみよう。 (A)地方の反乱 今のロシアは89の地方自治体で構成されている。中央政府は大統領、首相、議会の三機関で動かす ことになっているが、三者の間で主張が常に紛糾、とくに議会が度々(大統領+首相)と対立、 言い分が通らないと大統領は首相の首を度々すげかえている。三社は各々89の自治体指導者の 支持取り付け競争に明け暮れている。中央政府による地方への財政支援能力の低下と、諸外国が 直接自治体へ接触し始めたことにより、「連邦からの独立」を脅しのカードに、自治体は中央への 上納金の減額と地方への補助金の増額、司法、行政、外交権限の拡大を獲得しようとする傾向にある。 (B)ロシアマフィアの台頭 40ケ国に組織のネットワークを張る12000グループ、推定300万人と言われるマフィアが、 官僚や有力財界人等特権階級と結託、公有財産の横領等違法行為、5万件の企業を支配、経済活動の 40%に関与している。マフィア無しでは取り引きがスムーズに動かない。 (C)低い国民総生産 1998年の国民一人当たりのGNP が2680ドルで、これは被援助国である南米のペルー2610 ドルやタイの2740ドルに近い。ちなみにこの値は香港の1/10、日本の1/15でしかない。 (D)財政危機 対外債務の増大、債務不履行、繰り返される通貨切り下げ。脱税の蔓延と徴税能力の低下による 税収不足により、この数年予算案が議会で承認されても支出される金額はその1/4 、そして官民を 問わず給与の遅配や欠配が続いている。 (E)失業者の増大 1999年の完全失業者は700万人で、潜在的失業者550万を加えると1250万人になり、 失業率は14%、特に若年層と女性の失業者が多い。デモやストライキが多発しているが、 これらが暴動に発展する恐れがある。 (F)平均寿命の低下 アルコール依存者は1000万人と言われ、劣悪ウオッカなどによる中毒死が年に5万人。 給与の欠配や失業等窮乏からの栄養失調や医療不備、600万人と云われる麻薬常習者、自殺、殺人、 テロなどの急増により過去10年間で男性の平均寿命は64才から57才、女性は74才から71才へ 低下している。 (G)宇宙産業のたそがれ 一時期はアメリカをも凌ぐハイレベルにあった宇宙開発事業は財源不足により予算規模は10年前の 1/10に減額され、多くの研究者が海外へ流出、有人ステーション「ミール」は昨年夏予算不足により メンテナンスをギブアップ、3人の宇宙飛行士を脱出させて、廃棄を前提とする無人飛行に切り替えた。 (H)原発管理の不備 1986年ウクライナのチェルノブイリ原発の第4号炉が爆発事故をおこし、500万人以上の人々が 被爆した事件はまだ記憶に新しい。チェルノブイリでは爆発しなかった第1 号炉と第3 号炉は今も 稼動中で、ロシア国内各地でもこれら事故炉と同じ型の黒鉛減速軽水冷却沸騰水炉15基が手を 加えられずに稼動している。 (I)不穏な軍部 ソ連時代に 420万人居た軍隊は崩壊後すぐ400万人に微減、賃金遅配が始まった1992年に 150万人になって、現在は120万人に縮少されている。しかし軍事予算もやはり大蔵原案の1/4 しか支出されない為、兵器の老朽化、修理部品の不足、燃料不足に訓練不足。賃金未払いは士気、 規律、 戦闘能力の低下、徴兵拒否、兵員補充の困難をもたらした。6ヶ月も賃金を受け取ってない 将兵が多く、副業についている者、武器の横流し、将兵には禁じられているデモやストライキに出る者 も多い。クーデターの噂は絶えず、クレムリンの要所警備は軍隊から重武装の保安警察に切り換えられた。 ソ連時代に保有していた10000発の核弾頭は現在7000発に減らされ、2003年までに 2000発にまで削減されるらしい。これら以外に廃棄を約束した4万トン以上の化学兵器もある ことだし、解体や処分に要する費用は捻出できるのか、廃棄は安全になされるのか、少量でも テロ集団等に横流しされるようなことはないのか等々不安な要素が多々残っている。 そもそもGNP が日本の1/15だと云うのに、混乱の続くロシアが引き続き120 万人の軍隊を保有して いるのが身分不相応だ。言い方を変えると、四面を海に囲まれて、自然の要害によって半分国防が成って いる大財政赤字の日本が、ロシアの1/45の国土面積しかないにもかかわらず、27万人もの自衛隊員 を養っているのもアンバランスだ。 ちなみに極貧にあえぐ北朝鮮が、2200万の人口で103万人の軍隊を保有しているのは不相応を 通り越して滑稽ですらある。国民の約5%に当たる働き盛りの青年を軍隊にとられていることになる。 旧帝国陸海軍は開戦時予科練から学徒動員までかりだして350 万人で成っていた。当時の日本の人口が 7千万人だから、国民の約5%が社会的利潤を生まない軍隊だったわけで、今の北朝鮮と同じ比率。 これでは国民がいくら働いても豊かになる筈がない。 ソ連の崩壊を大地震にたとえると、前記今のロシアの混乱の数々は「余震」に当たると思う。 そしてマグマは今も激しく動いている状態だ。対外債務1566億ドルの内2/3 の1030億ドルは ソ連時代からの繰越だから、大地震に到る数々のヒズミはソ連時代から長い歳月をかけて蓄積されて 来たものと云える。 しかしこれらの混乱を「余震」と呼ぶには問題点のいずれもがあまりにも巨大で、自助努力で再生出 来る許容の範囲を越え、手のつけようもない「末期的症状」にさえ見える。一種の無政府状態に近い。 私の手元には前記に挙げた9項目以外にも、本誌に掲載することをためらう機密めいた内容のものや、 単なる噂に過ぎないもの等を含め数多くの情報が届いており、今後も当分の間余震が続き、 中には二次災害、三次災害的「余震」から派生する大小の新しい問題が噴出する可能性が高い。 混乱の数々が行きつく先を見極めて、将来のロシアの「国体明徴」がいかなるものに落ち着くか を判定しない事には日本のスタンスは決められない。静観するしかない。つまり「北方領土」の ことを含めて、今ロシアと焦って交渉事を行ってはいけないのだ。二次災害が予測出来る場合は 救援隊は出さないものなのだ。 (つづく) |