小さな政府で大きな公共サービスを!

東京都文京区 松井 孝司


小さな政府を目指す安倍内閣は、北朝鮮の地下核実験が追い風となり中国、韓国とも協力体制ができて順調なすべり出しをしたが、本当の難題は国内問題にある。

高い付加価値を生む高速道路のようなインフラ事業は、効率化により確実な資金回収が期待できる格好の投資対象である。収益が期待できる公共事業は、民営化すれば課税による歳入の増加も期待できる。その逆は政府、自治体が法令により実施する業務だ。

格差が少なく安全な社会を実現するためには、法令による規制が必要になる。法令が多くなり規制が多くなると必然的に政府は大きくなり、多くの公務員が必要になる。公務員が多くなると、業務に必要な経費と給料を支払うために多額の税金を徴収しなければならない。

しかし、耐震データ偽装問題は政府の業務を見直す良い契機になった。

不良建築物は姉歯物件だけではない。建築基準法はあってもまともに機能せず、違法建築は野放しだ。大震災に遭遇すれば地盤の悪いところでは約6割が倒壊のおそれがあるという。大都会の木造建築密集地で火災が起これば多くの死者が出るだろう。

規制を定める法令が機能しなくては公務員をいくら増やしても安全を確保することはできないし、役に立たない法律を残したままでは、公務員(行政委託型公益法人への天下りを含む)を無駄な業務に縛りつけることになる。

小泉内閣は「簡素で効率的な政府を目指す」としてきたが、「効率的な政府」という考え方が間違っている。「規制」は本質的に非効率な業務だからである。耐震データ偽装などの不正を防止するには、省庁縦割りの許認可による規制(行政)ではなく、罰則(司法)強化による自主規制で対処すべきであった。

会社法の改正、公益法人改革など小泉内閣の行った規制改革には多少の功績を認めたいが、不正防止、財政破綻回避のためには全く不十分である。

漢の高祖は、秦の煩雑な法令を廃止して、殺人・傷害・窃盗のみを罰する「法三章」を発布し、社会の公正と秩序を守ったという。

法令の数と犯罪(法令違反)の数は比例するのだ。法令による規制が多く非効率な政府は例外なく肥大化して公務員の不祥事が頻発し、規制は既得権を生み、非効率が国家の財政を破綻させる。日本政府も巨額の債務を累積させており例外ではない。

法令をいかに詳細に定めても、人々に順法精神がなければ役に立たない。複雑且つ不合理な法令に順法精神を要求することが間違っている。明治以来累積された縦割りの膨大な法体系をゼロベースで見直し、存続させる法律は正義を実現するために必要不可欠なものに限定すれば政府の規模は大幅に縮小できるだろう。無用の法律を無視、全廃することにより、簡素な政府は実現するのだ。

現代版「法三章」で順法精神を取り戻すために「簡素で合理的な法体系」を国会で徹底的に審議し、世界に通用する普遍的な正義を確立して、対象には外国人も含め法律違反者に対する罰則を強化する必要がある。

無用の法律が廃止され政府の業務が減れば公務員の数が減る。公務員が少なくなれば、税金の無駄遣いは減り、納める税金の多くが国民に還元される。

スエーデンなどの北欧国家に、小さな政府で大きな公共サービスを実現している実例を見ることができる。スエーデンでは公共サービスを担う地方議員の給料は公務に従事した時間で計算され、税金の使い方に無駄がない。1960年に導入された公的年金制度は最初から一元化されており、住民番号制度も1968年から導入され、納税、社会保険、行政サービスに幅広く利用されている。1970年代のスエーデンは苦悩する福祉大国だったが、1990年代に産業構造を付加価値の高い知識集約型に転換させ財政再建に成功した。税制が合理的で資金循環に無駄が少なく、経済成長率と国民所得のレベルは高い。スエーデンは高福祉高負担といわれているが、高負担は付加価値税25%(但し、食料品12%、住宅は非課税)と社会保険料である。競争原理が機能しておれば、付加価値の有無は消費者が選択できるし、社会保険料は全額が国民に還元される。所得税は高額所得者に課税されるが、法人税率(国税のみ28%)は日本のように高くない。高負担の多くが公務員の給料に消えることなく、大きな公共サービスとなって国民に還元されるので、国民は高負担に耐えるのである。それでも本年9月17日に投票が行われた総選挙では減税と失業手当の減額を主張する野党連合が勝利し、12年ぶりに政権交代が行われた。

スエーデンは、国家(全人口約900万人)と自治体(全国で約300、平均人口約3万人)の規模が小さいため国民の監視の目がよく行き届き、民意が政府と自治体に反映されるのである。持続可能性ランキングで高評価を得ている北欧の国家は殆どが、人口規模1000万人以下の小国だ。世界経済のグローバル化で、大国優位の時代は終わったのだ。

国政に民意を正しく反映させるためには、国家の規模は1000万人以下が望ましく、人口1億2000万人を擁する日本は中央省庁と都道府県の既得権を解体して8~16の道州からなる自立した地域国家群に分割、再編すべきことを示唆している。

政府だけではなく多くの地方自治体も財政破綻が危惧されている。自治体を英語表現でLocal Government(地方政府)と称しているところが多いが、日本国憲法の定義によれば、自治体は地方の「公共団体」であり、公共財の管理と行政サービスを任務とする地域独占の事業体である。政府に相応しい権限は持ってはいない。破綻する自治体を救済するには強力な権限を持つ地域密着の地方政府が必要だ。自治体の破綻を防止するためには、新規事業創出による地域経済の活性化も欠かせない。地方政府主導による産業基盤の整備と公民連携(Public/Private Partnership)による高付加価値の公共サービス事業を創出できれば地域経済の活性化に寄与し失業対策にもなる。

少子高齢化で崩壊が危惧される医療介護の制度、農業、教育などの事業は規制が多いが、規制を緩め省資源、知識集約型の事業として付加価値を高めることができれば未来の巨大な需要と雇用を保障するものである。国民の負担が、地域大学との連携で質の高い医療、脱介護、環境と食生活の改善、継続教育などの事業に活用されれば、その負担は日本経済の質的発展の原資になり、所得レベルの向上、GDPの増大に寄与し、政府、自治体の財政破綻を阻止する効果も期待できるだろう。