なぜ政権交代が必要か
12月4日、郵政造反組の無所属衆院議員11人が自民党復党した。
これに関連したテレビ番組の中で、「あの人たちの戻る場所は、もう絶対にありませんからね」と昨年の郵政選挙で絶叫する竹中さんの姿が映し出されていた。しかし、彼らには帰る場所があり、逆に当の竹中さんの方が自民党を去ってしまった。
だからといって「小泉さんによって自民党は変わったと言われたが、やはり元の自民党ではないか」とは言わない。なぜなら自民党を変えた根本要因は小選挙区制という制度にあり、小泉さんが退任したからといって小選挙区制が続く以上、「派閥によって成り立っていた旧来の自民党」に戻ることはできないからである。しかし、今回の復党により今の自民党への信頼も低下したことは間違いなく、小選挙区制度を劇的に活用した小泉さんの反動が次の衆議院選挙に出てくることになるだろう。
この小選挙区制度が成立したのは1994年。既に10年以上経つが、中選挙区制度時代の派閥選挙から政党選挙に変わったため、自民党は大きくその体質を変えざるを得なかった。そして、小選挙区制度の仕組みを熟知していた小泉さんによって、熟知するがゆえに自らが反主流の時代にはそれに大反対をしていた(?)小泉さんによって行われた、勝負をかけた昨年の郵政選挙ではこの制度の特徴が端的に現れた。まさしくこの制度は定着したと言えるだろう。
この制度変革はさらにもう一つ大きな変化をもたらした。それは「定数不均衡の大幅な改善」である。
中選挙区制のときにも何回かは定数の是正が行われた。しかし、それは小手先の是正という範囲を超えることはできなかった。それは選挙制度の変革が行われた際に初めて実現したのである。当然それは自民党の変革をも促した。
現在の小選挙区でも残念ながら2倍を超える格差が存在する。これはまず各都道府県に1議席を割り振り、その後に人口数を基に区割りを行うという制度導入のための妥協があったためである。しかし、それでも中選挙区時代に比べれば格差は格段に改善した。
さらにこれも妥協の産物であるが、比例代表並立制にしたために、比例区に割り当てられた議席を含めて各都道府県単位での一票の価値を計算すると(比例区の定数を各都道府県の人口数で割って計算した議席数を小選挙区に足すと)、格差はほとんどなくなっている。
具体的にその数字を追いかけてみると、全体の定数が11減少しているにもかかわらず、神奈川で8、大阪で5、埼玉、千葉で4議席増えている。これに対して、新潟、長野、福島、長崎では3議席減っており、都市部を中心に10都府県で増え、一方27道県で議席が減っている。つまり、衆議院における都市部の票の比重が増したわけで、これにより都市部の動向が選挙全体に大きく影響することになった。
(3ページの表・参照)
先の郵政選挙での自民党の大勝は、これまで民主党に傾いていた都市部無党派層を絡め取り、さらに新たな都市無党派層の関心も呼び起こして、都市部で圧勝したからのものであった。一票の比重の変化により(正常化により)、自民党もそれに対応した方向へ転換せざるを得なかったのである。
しかしこの自民党を大きく変革した「小選挙区制度」は、自民党が自ら求めたものではない。これは45年ぶりに『政権交代』を実現した、かの「細川内閣」によって制定されたものなのである。少々前置きが長くなったが、私が政権交代の必要性を主張する大きな理由がここにある。
中央から地方への権限移譲、官僚支配からの転換等の必要性が叫ばれている。現在の国や地方が抱える巨額の財政赤字を解消するためにも、その方向へ国政を大きく転換させる必要があるだろう。が、果たして長らく官僚とタッグを組んできた自民党にそれができるだろうか。残念ながら自らの力でこれまでのしがらみを断ち切れるとは思えない。今回の復党劇を見るにつけても、いわゆる新しい自民党にも疑問符が付く。これまでの官僚主導政治からの脱却は、そのための「500日プラン」を用意した民主党が政権を取ってこそ初めて実現されるのだと思う。
そして、自民党という政党は、あれだけ大見得を切って追い出した人たちをあっさりと迎え入れる桁違いに柔軟な政党であるから、政権交代によって地方分権型の政治システムに転換した暁には、小選挙区制に対応したようにそれに対応してまた変化するであろう。
ともかく、もう一度政権交代が行われないと日本の政治が大きく前進することはないと思う。再び自民党が政権から降りたときに、日本の政治は新たな局面になり、政権交代に裏打ちされた「政治の競争」によってより国民にとって好ましい政治が実現するはずである。