混合診療禁止の法的根拠示せ─被告の反論書に裁判長は

〈裁判ドキュメント─2〉

神奈川県藤沢市 清郷 伸人


2007523日午後2時東京地裁606号法廷で第二回弁論が開かれた。裁判官が3名、原告側が1名、被告側が3名出席した。第一回の最後に鶴岡裁判長は、次回は被告の反論を行うと述べていた。本日まず人事異動で裁判長が鶴岡稔彦氏から定塚誠氏に替わったことが告げられ、今日提出された被告の反論書(準備書面1)が私に渡された。

 弁論冒頭で被告側代理人は、長々と健康保険法やその対象外の評価療養や選定療養(清郷注:06年の健康保険法改定以前では特定療養費)制度の説明を行ったが、裁判長から何度も中断され、次のように指摘された─法の仕組みについては理解したが、今問題となっているのは保険診療と自由診療の併用禁止であり、その法的根拠である。法律家として厳密にそれを示してください。

ここで代理人に替わって厚生労働省の担当官が陳述に立った。健康保険法における療養費の現物給付については法第63条に、保険対象外の療養費の給付については法第86条に定められている。これらは混合診療を禁ずる明文上の規定ではないが、法の反対解釈として、保険診療と自由診療の併用は禁止されていると判断できる。

裁判長は、それでも私の疑問に答えていないと述べた─保険診療があって、それと併用できる評価療養(清郷注:今は保険適用外だが将来適用可能と評価された高度先進医療)があり、さらに全額自費の自由診療がある。前2つには一部保険が使えるが3つ目が入るとなぜ全部保険が使えないのか、まだ私には理解できない。それらの併用を禁止する明確な法的根拠は反論書のどこにあるのか。今日提出されたのでまだ読んでいないが、もし理解できるように書いてないのであれば、追加して書いて提出してください。もう考えてあるでしょうから2週間もあれば書けますか。

そして裁判長が私に向かい、あなたがお聞きになりたいのはそのようなことですね、と訊ねたので私はその通りですと答えた。続いて裁判長はこう述べた─被告はまず混合診療禁止の法的根拠、条文上の厳密な根拠を明確な形で示してください。それが一つでその次はその法解釈の合理性について審理します。

被告代理人から書面は2週間では厳しいので1カ月欲しいとのことで提出期限は622日となった。そして次回弁論は74日午前11時半地裁606号法廷と決まり、閉廷した。

 

 裁判官も公務員であり、県立病院の主治医と同じく定期的に異動があるのはやむを得ないが、いきなり告げられ、「よろしいですね?」と聞かれた時はエッと思った。鶴岡裁判長は時々行政側に厳しい判決を出していたと司法記者から聞いていたので、今度はどんな裁判長なのかと思った。しかし杞憂だったようだ。今日の弁論を傍聴した私の本の出版社の専務はこんなにはっきりものをいう裁判長は珍しいといった。引継ぎを受けたのだろうがこれほどズバリ本質を問う裁判官はあまりいないと思う。被告側は困惑していた。もともと根拠なんてないんだから、と。

 定塚裁判長が二つ目にあげた法解釈の合理性を審理するという発言はきわめて重大な意味を持つ。この裁判が、私の具体的被害の救済請求に限定されるものではないことが明らかになったからだ。もちろん具体的請求が日本における裁判の基礎的要件だが、それを審理していく過程で法解釈の妥当性、合理性まで踏みこむかどうかは不明だった。私の訴訟の究極の目的は、私個人の被害救済などではない。混合診療を禁じるような不合理で非人道的な医療制度の打倒にあるわけだから、そこまで踏みこまないと意味がないのである。これで、現行法に照らして混合診療の禁止は妥当であり、原告の被害は救済されるべき筋合いのものではないとした平成元年東京地裁の判決のような矮小化された判決になる懸念は遠のいたと考える。被告厚生労働省がもっとも忌避している法解釈の合理性を審理すると裁判長が明言したことで、この裁判の根源的、本質的方向性が明らかになったと思う。

 被告の提出した反論書の内容は、昨年8月提訴棄却を訴えて提出した反論書とほぼ同じである。大部分は保険給付制度の概要説明に割かれ、平成18年の医療制度改正が医療費高騰を緩和するために行われたとしてその趣旨、概要も紹介されている。そしてその法制度解釈からは原告の混合診療への保険給付は不可であり、請求の棄却を求めるとしている。これでは定塚裁判長のいうとおり、制度の法的根拠も、その法解釈の妥当性、合理性も示されているとはいえない。

 それにしても何十年ぶりの抜本的な改革といわれた2006年の医療制度改革だが、そのせっかくのチャンスになぜ混合診療禁止を明文化しなかったのだろう。厚生労働省は明文化されたものはないが、法の反対解釈で禁止可能といっているが、逆に明文化できないどんな理由があるのだろう。法の違憲性(平等権、生存権、財産権等)が明らかになってしまうからか。

2007/5/25