付加価値について

東京都文京区 松井 孝司


私が今までに生活者通信に投稿したいくつかの論文について、「難しい」「意味不明」とのご意見をいただきました。

私の表現力が拙いことに原因があることは間違いありませんが、言葉の意味が正しく理解されないことも原因の一つであることがわかりました。多様な意味を持ち、誤解を生む言葉の一つが「付加価値」です。

ここで、この言葉の説明不足を補い、お詫びの印しとさせていただきます。

 

付加価値を論ずる場合、「価値とは何か?」を明確にする必要がありますが、価値論は経済学の分野でも難解とされるものです。したがって、ここで考察する価値はGDP(国内総生産)を計量するための付加価値に限定させていただきます。

GDPは国内の事業体が生産する付加価値の総和であり、国内における総生産高の集計から重複分を除くため総原価を差し引いた差額に該当します。事業体単位の付加価値は収益となり、国内で生産される物とサービスが生む付加価値の増加はGDPの増大を意味します。したがって、付加価値は国内経済にとって極めて重要な指標の一つです。

 

付加価値を対象とする付加価値税(Valued Added Tax=消費税)は国民全体に公平に課税され、インボイス方式により課税すれば個人ではなく事業法人から徴収されるので徴収漏れが少ない合理的な課税制度であり、フランスが世界に誇る発明の一つと言われ、EU(欧州連合)の多くの国家が採用しています。事業者にはインボイス(仕切り状)を保存する義務があり、これが売り上げから原価を控除する根拠にされます。

消費税を消費に対する課税と考えると逆進性が問題になります。わが国では消費税に対する拒否反応が大きく財政再建のための税制論議が先送りされていますが、付加価値への課税の是非を問う観点から課税制度について徹底的に議論することが望まれます。

付加価値税は付加価値の提供者に課税される税金であり、個人が付加価値を認めない物品またはサービスは、購入しなければ課税されない税金です。個人の価値観は多様で、付加価値に逆進性など存在しません。当然のことですが生きるために購入を拒否できない生活必需品やサービスへの課税は少なくすべきで、付加価値税を採用する多くの国が、生鮮食料品や住宅の税率は低く抑えるか、または税率をゼロ%にしています。

 

中国経済のGDPは毎年10%を超える高成長を続けているのに、日本経済のGDPは長期に亘って500兆円前後で低迷しています。その原因は日本社会の少子高齢化にあるとされることが多いのですが、原因はそれだけではありません。

私が「付加価値」にこだわるのは、日本経済の長期に亘って低迷する原因は付加価値を問わない公共投資、財政支出が多過ぎることにあり、資金の投資効率を悪くしていると考えるからです。

税金の無駄遣い、バラマキ行政と非難される政府支出は付加価値を生まない事業に対する公的資金の供与と同義と考えます。郵貯、簡保、年金積立金、道路特別会計に集まる巨額の資金が政府の管轄下にあり、政府が無理やりにつくる仮想の需要を前提にした政府支出が巨大な利権を生み、無駄遣いの温床となるのです。

政府のバランスシートが280兆円を超える巨額の債務超過となっているのは、公的資金が付加価値を生むことなく消滅したことを実証しています。

公共投資を費用対効果で捉える場合、費用は原価であり効果は付加価値に該当しますが、殆どの公的サービスでこの付加価値が正確に計量されていないことが問題です。投資効果が正確に計量されないと無駄な公共投資が中止されず、続行されることになります。

また、政府が実施する官製事業体は仮に収益があっても、収益として把握されず課税されないことも問題です。事業の収益が私物化されてしまうのです。

高速道路関連事業の収益が道路公団の子会社、孫会社に秘匿され、天下り役員と職員の高額の給料、退職金となって消えていたことは、その実例です。

 

高速道路事業と郵政事業は民営化され付加価値には課税できる体制だけは出来ましたが、サービスの多様化、質の向上で付加価値を増やさないと民営化した意義はありません。

民営化され躍進をつづける中国の高速道路事業、ドイツポストの国際物流への進出の事例からもわかるように、経営者に有能な人材を獲得できれば、物流を担う事業は大きな付加価値を生むことは間違いありません。

大きな付加価値を生む事業は、確実な資金の回収が期待できる格好の投資対象です。このような事業に税金を投入する必要はなく、民営化して受益者負担の経済原則に基づき運営すれば、高付加価値が生む収益がGDPを増大させ、経済の活性化に寄与します。

物流事業は自ら付加価値を生み出すだけではなく、他の産業の付加価値にも貢献します。物流事業は社会のインフラ事業であり、物流原価が低いことは事業体の付加価値を増大させます。したがって、付加価値税を納める事業体に対して物流の利用料金を割り引くことは有意義であり、物流事業への課税の一部を免除することと引き換えに利用料金を下げさせ、他の産業からの付加価値税の増収を期待することは検討に価します。

 

日本経済の最大の問題は土地私権が理不尽に強く、土地価格が高過ぎることです。土地収用に巨額の資金が必要となりインフラ事業のコストを高くするだけではなく、東京近辺では40年以上も前に計画された幹線道路が完成の見込みさえ立っていません。東京環状線のように途中で計画が立ち消えになった幹線道路もあります。

多くの国で地価総額はその国のGDPにほぼ等しいのですが、地価が下落した現在でも日本の地価総額は1000兆円を超え、GDPをはるかに凌駕しています。一時期日本の地価総額は2000兆円を超え、日本の地価で米国が2つも3つも購入できると言われましたが、これこそ共同幻想ともいうべき錯覚でした。付加価値を生まない土地の価値はゼロです。

付加価値の無い土地の付加価値を増やしてGDPを増大させれば、低迷する日本経済は間違いなく活性化します。土地価格下落による資産デフレを阻止するためには、土地が生み出す付加価値を収益還元価格に見合う1000兆円以上にする必要がありますが、わが国の1500兆円を超える巨額の金融資産を活用すれば、それは十分に可能と考えます。

 

新しい付加価値の創造こそ日本経済発展のカギを握るものですが、付加価値の創造は誰にでも出来ることではありません。

日本の経済成長を確かなものにするためには、容易には真似ができない高付加価値の独創的事業を起こす必要があり、そのためには発想が豊かで、新しい付加価値の「創造力」を持つ人材が不可欠です。