判決は原告勝訴―行政の牙城を崩す
〈裁判ドキュメント─5〉
2007年11月7日午後1時25分東京地裁606号法廷で判決が示された。定塚誠裁判長の「原告が活性化自己リンパ球移入療法と併用して行われる、本来保険診療の対象となるインターフェロン療法について、健康保険法に基づく療養の給付を受けることができる権利を有することを確認する。」という明解な言葉が法廷に響き、ただちに閉廷した。被告側は空席のままだった。私は書記官から3頁の判決文要旨と20頁の詳しい判決文を渡された。
被告側が欠席だったのを見て自分の敗訴をあらかじめ知ったからだと私は感じたが、あとで司法記者に聞くと逆で、判決は絶対事前に漏れないから勝つに決まってると被告は思ったらしい。
裁判前から法律の専門家ほど国には勝てないといっていたし、だから弁護士は一人も付かなかったが、素人の私や友人は一縷の望みを持っていた。しかし精一杯やってダメなら仕方ないという気楽な闘いではないことはある弁護士から指摘されていた。敗訴悪影響である。確かにそのとおりだが、でも手を拱いていても国の強権は変わらないのである。正義の神はきっと見ていると思った。勝つ見通しや展望があったのではない。患者や市民を襲うこれほどの不正義や非人道が許されるはずがないという強い確信のみである。
判決の感想や解釈、裁判の経緯や今後の要望などは判決後の記者会見で述べ、翌日の各紙に紹介されているからここでは省く。これから述べるのは、判決の持つ意義と各紙にも出ていたアンチ混合診療(それはあらゆる各層に遍在する)への私の意見である。
判決は、原告の訴えを認める理由として、現在の健康保険法のどの条文を見ても混合診療を禁ずるいかなる根拠も見出せない、国の法解釈は誤っていると断じた。永い間厚生労働省が法を運用して全国津々浦々のすべての医療を縛ってきた行政制度の基盤は虚構だったのである。医師も含めて国民全部が狐に化かされていたわけである。
この判決は、国が安全性や有効性から保険医療と保険外医療に分けたものをあえて混合して診療することは、医療が不可分一体であることを考慮すると安全性、有効性を損ない、さらに国民皆保険が保障する医療の平等性を崩すことになるという国の主張について判断したものではない。私の主張するこの制度の憲法違反についても判断を留保している。判決は健康保険法の意味や混合診療の是非論以前の制度の法的根拠、法律の解釈の妥当性について判断したものであり、根拠がなく、法から混合診療禁止の解釈を見出すことはできず、法は個別の診療について保険承認か否かを規定しているだけとしたものである。
したがって国がなんとしても今の制度を堅持したければ法律を変えるしかない。現法のままでは明日にでも混合診療可能という通達を出せば医療現場はすぐに踏み出せるのである。法律を変えるあるいは創るのは民主党が多数を占める今の参議院がある以上容易ではない。ただ国が控訴すれば判決は即効性を持たないが、ある法律家によれば行政裁判でのこれだけ明確で説得的な判決を行政寄りといわれる東京高裁といえどもひっくり返すのは難しいらしい。1回の審理で判決が出る可能性もあるという。
次に混合診療への反対意見についてだが、その理由は行政も医師会も学者も患者団体までもがなぜかほとんど同じなので、代表的なものと私が裁判で述べたその反論を掲げる。
1.医療の平等を保障すべきで、金持ちだけが良い医療を受けてはならない。
一見俗受けする理論である。この理論によれば現在も平等が保障されている保険医療だけでなく、あらゆる医療は万人に平等であるべきで、どのような理由による格差も認められない。共産国家でない日本では収入や資産にある程度の格差が許容されており、あらゆる生活の場面で多少の差があることは国民の暗黙の了解である。医療だけはその例外の聖域だというのであろうか。ではなぜ差額ベッドや高額な自由診療やインチキなサプリメントは野放しなのか。すべての医療の平等をいうなら矛盾するではないか。また金持ちだけが良い医療というのは保険医療は良い医療ではないのか。良い医療は保険医療になっていないのか。論理矛盾である。
2.医療の安全性、有効性を保障しなければならない。
これには私もまったく異論はない。風邪のような普通の感染症や軽い病気(急性期医療)はそれらの保障された保険医療だけで十分である。しかしがんなどの難病・重病(慢性期医療)では保険治療だけでは効果がなく、もう治療法がないからホスピスに行けといわれる患者は大勢いる。かれらや家族がたとえば高額でも期待のできる海外で承認された保険外治療を受けたいと思う意思は異常ではない。
安全性、有効性が損なわれるという理由で混合診療を禁ずる今の制度は、この患者の当然の意思すなわち憲法で保障された生存権を侵しているとさえいえる。(支払い義務のある健康保険料の対価である保険給付を、滞納もしていないのに一つの保険外治療を併用しただけで剥奪するのは憲法で保障された財産権の侵害にも当たる。)
医療の安全性や有効性の保障は平等性の場合と同じく自由診療にも及ばなければならない。しかし今それは野放しである。政策目的を貫徹するなら自由診療を禁ずることさえ必要であろう。もっとも新聞をにぎわす医療事故、薬害はほとんど保険診療であるが。混合診療、すなわち保険医が保険外治療を併用する診療は安全性、有効性を十分検証して行っている。
そもそも混合診療の安全論議は医者悪者説を前提にしている。混合診療を利用して儲ける悪徳医対策に、憲法で保障された患者の権利の剥奪という方法を用いることは倒錯の極みである。悪徳医には適切な法整備と厳格な当局の管理運用で対応すべきである。
以上、判決への感謝とともに今後の予想される議論を重点にリポートしました。
永い間読んでいただきありがとうございました。
11月16日国はこの判決を東京高裁に控訴しました。私の今の心境は次の歌に表されています。
憂きことのなおこの上に積もれかし 限りある身の力試さん (山中鹿之介)