医療は付加価値の源泉

東京都文京区 松井 孝司


 少子高齢化社会の到来で医療費の激増が憂慮されている。しかし、見方を変えれば医療に対する膨大な需要を保証するものである。医療の質を高め、拡大する需要に応えることができれば、医療が日本のGDP(国内総生産)の増大に大きく寄与することは間違いない。

 しかし、医療費をすべて公的負担で賄おうとすると国家財政の制約を受ける。「混合診療」を禁止するような規制だらけの医療政策では、医療の質を高め付加価値を増大させることは難しい。

日本医師会は「国民にとって必要な医療は公的保険で賄うのが原則」とし、混合診療を認めると安全性や有効性が確認できていない治療法や薬が横行することを危惧しているようだ。

一方、米国にも老人向けのメディケアと、低所得者向けのメディケイドという公的医療保険制度があるが医師の態度は日本とは相当異なっている。

メディケアとメディケイドについては、医師の自由診療にたいする国家の介入になるとして長年アメリカ医師会は強く反対し、公的医療保険はなかなか成立しなかった。しかし、高額の民間医療保険のサービスを受けにくい人たちへの何らかの措置が必要であるとの認識が高まり、1965年に上記の2つの公的保険が創設されたのである。

メディケアとメディケイド法の成立は、医療マーケットを爆発的に拡大させた。医療費の支払いが公的に担保され、病院にとっての大きな収入源となったのだ。

アメリカの民間非営利組織(NPO)のなかで最大の組織と財政規模をもつのが医療である。
 アメリカの病院システムは、日本とは大きく異なるもので病院は医師の診療所が発展したものではない。医師は病院に所属するのではなく、医師の共同利用施設が病院なのである。病院は、その歴史から教会や地域素封家たちの慈善によってはじまったものが多く、病院の主流はNPOであった。しかし、近年マルチホスピタルシステムに代表される営利病院チェーンが急速に拡大し、営利企業によるNPO病院の買収が相次いでいる。

医療は付加価値が大きいからこそ、医療に携わる人の志が低いと銭儲けの手段にされやすい。昔から「医は仁術なり。わが身の利養を専らにすべからず」とされるのは医師に対する戒めの言葉だろう。

メディケイドは低所得者・身体障害者3700万人(全人口の14%)をカバーし、全米の子どもの2割、妊婦の4割がメディケイドで支えられているという。

民間保険会社の医療保険でカバーされる患者の数が減り、無保険者が増え有保険患者の市場規模が縮小しつつあるため、病院はメディケア、メディケイド患者を無視できなくなっている。米国では企業、高所得者が自己負担する民間医療保険とメディケア、メディケイド患者に対する医療費の公的負担が医療産業を潤し、医療技術の質的向上と米国経済の発展に大きく寄与しているのだ。

GDPに占める医療費の割合は米国が突出して高く15.3%、2002年度の医療費に占める割合は、民間医療保険が48%、公的保険は44%だった。日本の医療費がGDPに占める割合は僅か8%、約80%が公的負担である。

日本のGDPが長期に亘って500兆円前後で低迷する原因は、医療だけではなく日本経済全体が公的支出に依存する割合が高く、付加価値を生んでいないからである。

使い道に迷う1500兆円の国民金融資産を税金や国債、保険料として取り上げ、付加価値の少ない政府事業に注ぎ込むより、巨額の金融資産の一部を大きな付加価値が期待できる医療などの知識集約産業で活用する方が賢明と思われる。

米国の医療制度の悪いところは捨て、良いところは積極的に取り入れ、大学や医療機関を米国流のNPOにして、配当を求めない投資や寄付に対する税制優遇措置を設け、ボランタリー精神を持つ志の高い人材を募って医療の質を向上させることができれば、国民がその成果の恩恵を受けるだけではなく、医療産業はその高付加価値によって日本経済の発展にも大きく寄与するだろう。