2回高裁審理―非公開の準備手続

〈裁判ドキュメント─7〉

神奈川県藤沢市 清郷 伸人

1.弁論準備手続


200837日午前11時半、東京高裁第7民事部書記官室で控訴審の第2回弁論が開かれた。準備手続というそうだが、裁判長を挟んで当事者のみによる口頭での質疑応答である。裁判所からは裁判長1名、控訴人の国からは代理人弁護士を務める法務省訟務部検察官2名と厚労省担当官4名、被控訴人の当方は私と本田弁護士、田村弁護士、田中弁護士の4名である。

最初に裁判長から、本手続においてはなんでも自由に話してよい、質問にすぐ答えなくてもよい、ここで話したことを後で訂正してもよい、記録は取らず、裁判の証拠にもしない旨の発言があった。

私はこのような展開となって、今回から弁護士を頼んでつくづく良かったと思った。予想通り私は法律家、行政官と対面して口頭でやり取りをするのである。自分一人では不利なのは明らかである。それだけではない。裁判官や相手方が私に確認したり、たずねたり、文書を要求する内容が、素人一人の手に余るものであることもわかってきた。最高裁まで一人で闘った旭川杉尾訴訟の杉尾さんは本当にすごい人だと思う。

前回のドキュメント6で、私は法律事務所あすか代表の本田俊雄弁護士に代理人を依頼しようと記したが、前回審理から一週間後の226日、私たちは正式に代理人委任契約を交わした。本田氏は事務所の総力をあげて取り組む、報酬はまったくいらないといった。このことを報道記者たちに次回審理予定の通知とともに伝えたが、そのような弁護士もいるのですねと感心していた。私は自分の好運に感謝したいと思う。

さて裁判長はそのように話してから私に向かって聞いた。私の裁判は公法上の確認訴訟になる。抽象的な確認請求は認められないから、具体的な確認請求の限りで認められる。私のがん治療とくにLAK治療の経過と現状を述べよ。私は次のように答えた。2005年までがんセンターで保険治療と保険外のLAK治療を併用していたが、週刊誌の記事でLAKが中止になった、がんセンターで私のLAK治療費の負担はなかった、その後もがんセンターで保険治療を続け、8カ月後にがんセンターのLAK担当医が他病院で再開したので主治医の同意のもとそれを受けた。しかし昨年10月でそれもやめた。理由は健康状態と家計を考慮した結果である。だが健康状態が悪化したり、病状が進行したら再び受けたいと思う。

これらはすべて事実である。この事実を明らかにすることは訴訟上不利かもしれないが、嘘をいって裁判を続けることはできない。それに誰でもLAK治療だけを他の専門医院で受けられることは周知の事実である。私だけでなく必要な患者は保険医療機関とは別の病院でLAK治療を受けられるが、これは厚労省によれば明らかに混合診療に該当するのである。しかしこの併用の事実がわからなければ当局の制度違反による摘発はない。だから実際は水面下でコッソリと混合診療は可能であり、広く行われていると思う。だからといってそれなら裁判を起こす意味がないとはいえない。私の求める混合診療とは信頼する保険主治医や病院において保険医療とたとえばLAKのような保険外治療を同時に受けることであり、国が患者の保険給付権を奪うことによって混合診療を禁ずることは間違っているといいたいのである。現状のままではがんセンターも私も制度違反行為によって、当局による摘発が行われ、保険医療機関の指定停止や保険返還請求がありうるわけで、このような不合理で非人道な法制度を正したいのである。

次に裁判長は国に向かって述べた。保険外治療の現行制度の扱いだが、平成18年9月厚労省告示574号でLAKが先進医療から外れた書証を提出してほしい。現時点での評価療養についても。裁判所は現行制度での法律関係に基づいて判断する必要がある。現行の評価療養ではLAKはどのような扱いになっているのか。国は次のように答えた。平成184月の医療制度改革で特定承認保険医療機関はなくなり、一定の要件を満たした病院が国の認めた先進医療を保険医療と併用して行うには単に届ければ可能となった。LAKについてはその後有効性に疑問が出て先進医療から外れたが、より有効な免疫治療が導入された。本田弁護士からがんセンターは平成17年の事件(清郷注:週刊誌記事の件)がまだ調査中で、先進医療については資格を欠いており、実施できないのではという発言がなされた。

ここで裁判長は以上の話を聞いて、私が療養の給付そのものでないにしても、現在認められている先進医療は受けることができるのだから、請求の趣旨がこのままでいいか考慮の余地があるのではと述べた。私が今までうまくいっていたLAK治療を続けたいのであって国から治療を指図される必要はないと反論すると、裁判長はこの裁判は混合診療が是か非かというわけにはいかないから、考慮の余地はあると述べた。

そして裁判長は国に対し次のように述べた。控訴理由の組み立てが健康保険法は混合診療を禁止しているという大原則を持つということだが、立法者意思として当初からそういう趣旨なのであればその文献を出すべき。混合診療の判例として平成元年2月の東京地裁がある(清郷注:混合診療禁止について法律の明文規定はないが、行政として混合診療を禁ずることは妥当であり、違法とはいえない)が、本件はそれとは異なる部分がある。健康保険法の立法時は保険診療と保険外診療を併用する混合診療による差額徴収も認められていて、その後その弊害が問題となって昭和59年に法改正が行われ、一部でのみ差額徴収が可能になった経緯がある(清郷注:健康保険法立法当初は広く混合診療が認められ、病院は患者から保険分との差額徴収もできた。しかし患者負担の増大という弊害が出て、昭和59年に法が改正され、差額ベッドなどの一部の保険外診療のみ混合診療を認める特定療養費制度が創設された)。このことを考慮すると、立法当初から混合診療を禁ずる大原則の趣旨があったという主張には無理があるのではないか。この発言に対し国から反論や意見はなかった。

ここで裁判長は私に向かいたずねた。現在では有効性を否定されているLAK治療を受ける必要はあるのか。私は有効性に関しては見解の相違である。今までうまくいっていたものを辞める理由がない。主治医は3年ごとに変わるが、この病院で続けたいと答えた。本田弁護士は混合診療禁止か解禁か、どちらが正しいのかという根本命題があると発言した。

裁判長は非常に大きな問題であると述べた。  

続いて裁判長はお互い聞きたいことがあるかとたずね、国は私が本訴訟で具体的に何を請求しているのか正確にせよといった。控訴理由書の5頁以下で触れているが、保険医療と保険外のLAK療法のどの部分について保険受給権の確認を求めているのか、治療を細分化して答えよと迫った。私が答える前に裁判長が述べた。LAKは評価療養から外れたが、代わりの先進医療があって、それは混合診療が認められて保険診療部分は保険が利くのだから、その質問には意味がないのではないか。このため答える必要はなくなったが、私の答えは一審の明解な判決(保険外治療に相当する部分だけが自費、それ以外はすべて保険診療に相当する)のとおりである。本田弁護士が国にまだ質問を維持するか聞いたら、するというので次回答えることにした。

最後に裁判長は次のように述べた。この裁判の行方は世間も注目している。ためにする訴訟であってはならない。そこで被控訴人の私がどういう風に請求の趣旨を立てるかが問題だろうと思う。確認請求の利益との関係に留意してほしい。混合診療の是非について正面から答えることもあるかもしれないが、そうでないかもしれない。また国は混合診療禁止の原則でいいのかについて、混合診療の弊害がいつ、どこでどういう弊害が出たのか、いうべきである。

次に日程の話となり、前回私から提出された準備書面(6)は今日陳述されたが、逐一反論になっていないから控訴理由書にそって法律的観点から反論してもらい、次に国がやるということにする。反論は五月雨式でなく、まとめて4月末までとし、次回は5月12日本会議室とする。


 

2.番外編


20083月最高裁は薬害エイズ裁判上告審で、厚労省薬務担当課長に刑事責任を認め、業務上過失致死罪で有罪の判決を示した。行政官が、与えられた権限の不作為、怠慢で刑事罰を受けるのは初めてのことである。最高裁の判決理由の要点は次のようなものである。「公務員の不作為、怠慢によって起きた国民の身体、生命への危害が重大であれば犯罪となりうる」。薬害エイズ事件では、行政の不作為によって600人以上の死者が出た。そして今回、行政実務の課長に刑事罰が科された。(上位の責任者は不問である)

ならば逆に行政の作為で同様におびただしい死者が発生したらどうなるのだろうか。ある不合理で強力なルールを行政が医療に振り下ろすことによって、必要な治療を受けられず、望む医療を選べずに死に追いやられる難病、重病患者の群れ─それは行政が行う未必の故意による殺人といえるのではないだろうか。

混合診療禁止制度はまさにそのような犯罪なのである。厚労省がこうして何度も国民に加えてきた理不尽な生命への危害、損傷の究極ともいえるものが、混合診療を患者の保険給付権剥奪によって禁ずる医療制度である。

2008/3/14