道州制は幻想か?

東京都文京区 松井 孝司


中央公論7月号で福井県知事の西川一誠氏は「道州制は、理想主義の色彩を帯びていながらも、観念的な期待感に満ちあふれているだけの議論に終始する幻想」と述べている。

西川氏は「道州制は一種の政治イデオロギー」と理解されているが、私は「道州制は中央集権制で派生する既得権益を解体するための手段」と理解してきた。

霞ヶ関の中央省庁とその出先機関の都道府県は、多くの天下り公益法人を抱え、税金を無駄遣いする既得権益の巣窟となっており、道州制はこの利権集団を解体するための有効な手段になると期待しているのである。

自治省出身の西川氏は長年にわたって築き上げたご自身の巣窟が道州制で解体されることを直感しているのではなかろうか?

西川氏が知事をつとめる福井県は関西経済圏に入っており、「北陸州」として新潟県と一緒にされることも現実的ではなく、西川氏が道州制を幻想で終わらせたい気持ちはよく理解できる。「北陸州」のように、諸々の条件が悪く経済力の弱い地域だけをまとめて自立を迫っても、経済の活性化は難しいだろう。

道州制への期待は幻想で終わるのだろうか?

小泉内閣が試みた北海道の道州制特区の殆ど何も変わらない現状を見れば、その通りかもしれない。

大前研一氏は、道州制を第二の「廃藩置県」と位置づけ、北海道だけではなく九州も含めて道州制特区として試行し、両者を自由に競わせることを提案している。

明治維新における「廃藩置県」の意義は幕藩体制がもつ既得権益の解体にあった。中央集権体制を確立するためには各藩がもつ既得権益を解体し、国のかたちを変革する必要があったのである。

しかし、国民を戦争に駆り立てるために有効であった中央集権制も、東京への一極集中など、肥大化した組織には無駄が多く制度疲労を起こしており、その弊害は極限に達している。今度は中央省庁に集中する既得権益を解体する必要が出てきたのだ。

「地域主権型道州制」を主張する内閣官房道州制ビジョン懇談会座長の江口克彦氏は、中央集権体制こそ諸悪の根源とされ、税財源が道州に完全移譲されれば、道州間で善政競争がはじまり、繁栄の拠点が分散化できると期待している。

政府の地方分権改革推進委員会も国の出先機関の廃止・統合を検討しはじめたが、分権反対派は道州制をもちだして、当面の改革を阻止しようとしているという。

守旧派が既得権益を保持するためにもちだす、エセ道州制も無いわけではない。

道州制を単なる行政区画の変更で終わらせてはならないのだ。

西川氏は経済界などは、道州制を論じるに当たって連邦制の国家をよく引き合いに出すが、これは近現代史を理解しないものであり、連邦制は国家の分裂を回避しながら、統一を作り上げるための窮余の策でしかないとしている。

この見解は世界の現実を見ず、歴史観も国家が成立した直後しか視野に入っていない。現代は価値観が多様化し、ソビエトのように連邦国家が簡単に崩壊する時代で、頻繁に小国が誕生し分離独立を繰り返した後、再び統合へと向かう時代である。

重要なことは多様な価値観を許容しながら、地域の統合を実現することで、連邦制は、人類の叡智が生んだ地方自治(Local Autonomy)実現の優れた手段といえる。世界の多くの民主主義国家が連邦制を採用するのは、窮余の一策ではない。

西川氏は「日本は文化的な同一性が高い国家」と述べているが、このような日本を創ったのは明治維新以後のことである。多様な文化を許さず、日本社会の画一化を強制したことが仇となって、地方経済は変化に対応ができず、独創性を発揮できなくなってしまった。

明治維新の功労者、西郷隆盛は明治4年に提出した「政治上の意見書」で、「政府の諸官員はその本藩に復帰せしめてその数を減らし、特に聡明なるものを再選する」、「法律、兵制の治権は、帝国の各州を通じて同一とし、兵隊の数は銭財の額により確定する」(マウンジー著「薩摩反乱記」)と述べており、米国に倣い連邦型道州制を考えていた可能性が高いのである。西郷が尊敬する島津斉彬は米国初代大統領のジョージ・ワシントンを知勇兼備の賢者と高く評価し、「ワシントンに比べられる人物は日本にはいない」(岩波茂雄校訂「島津斉彬言行録」)と述べている。

西郷の考えを強引に押しつぶしたのが明治10年の西南戦争である。それ以後日本は欧米の民主主義国家とは異質な有司専制の全体主義国家を築き、官僚が支配する上意下達の国になってしまった。

世界経済のグローバル化に柔軟に対応できるよう日本は国のかたちを創り変え、創造性豊かな国にする必要があり、連邦制の採用は、地域経済の自立活性化に加え、多様な文化の創造と海外との自由な交易を促進するための有効な手段になる。日本だけではなく、中国にも中央集権制の解体と一国多制度の連邦国家への変更を働きかけ、ゆくゆくはEUを凌駕するアジア連合の実現を期待したいものだ。