江口克彦著「地域主権型道州制」の要旨(9)

道州制実現推進委員会副委員長 岡部 俊雄

生活者通信2008年2月号でPHP研究所江口克彦氏著の「地域主権型道州制」について、道州制実現推進委員会の平岡委員長が感想を述べました。道州制実現の推進は当会の二大目標の一つであり、また、この本の内容は我々が持っている問題意識や、考えていることとほぼ同じです。皆様にはこの本を是非ご一読頂きたいと思いますが、お忙しい方のためにその要旨を10回くらいの予定で連載しています。

 

(9)住民密着の「地域主権型道州制」

民意をいかに取り込むか

 「地域主権型道州制」を導入することで、中央政府からのコントロールがなくなり、また財政的にも自立することになる道州・市はこれまで以上の経営能力が求められる。そのための重要な機能の一つは、民意をいかにうまく政策と経営に反映させるかということである。

 住民のニーズを吸収するもっとも基本的な仕組みが選挙である。「地域主権型道州制」が実現されたならば、以下に列挙する改革を断行する必要があろう。

(一)  投票しやすい環境をつくる

 現在の地方議会の議員をみた場合、一般に年齢が高く、また若年層の投票率が極めて低いという特徴があり、若年層の民意が自治体経営にほとんど反映されていない。

 こうした状況を改善するために、投票時間の延長、投票所としてコンビにや駅前の利用、電子投票の採用など、さまざまな工夫をしなければならない。

(二)  首長、議員の多選禁止

 首長も議員も多選を重ねると、いろいろなしがらみができて、必要に応じた大胆な政策を実施しにくくなる。したがって、多選を法律や条令によって制限する必要があるだろう。

(三)  議会を「討論の場」にする

 「地域主権型道州制」のもとでは、質問の事前通告や根回しをやめ、全員協議会を廃止し、本会議を議員と首長・執行部の真剣勝負の「討論の場」とする必要がある。そして、委員会を議員一人ひとりが具体的で内容のある審議が行える場にしていくべきであろう。

(四)  議会スタッフの充実と政策立案のアウトソーシング

 「地域主権型道州制」では議会スタッフを充実させ、政策立案や執行部の監視・批判能力を高めることとする。議会スタッフを充実させるのが難しければ、調査・立案機能に関して民間のシンクタンクにアウトソーシングするのもいいだろう。またいくつかの道州・市が共同で実施することも考えられる。

(五)  議会の規模や形態を変える

 「地域主権型道州制」では現在の議員数を大幅に削減し、それによって余剰となった経費で政策秘書や専門調査員を雇い、執行部の提出案件を充分調査し、みずから対案を提出させるなど、議員立法の増大をはかることも考えられる。さらに、経営の専門家に行政を依頼するといったシティーマネージャー制の導入も検討されてしかるべきだろう。

(六)  開かれた議会をつくる

 「地域主権型道州制」のもとでは、住民が自治に対してより多くの関心を向けられるよう、定例議会の一部を夜間あるいは休日に行うことを義務づけてはどうか。また住民に対し積極的な広報・公聴活動を行ったり、有識者や学者を交えたディベート方式の番組を提供したり、首長が直接住民に問いかける「住民会見」の番組をつくることも一案である。

(七)  住民投票の強化

 住民の意思を反映させる究極的な方法は住民投票であり、「地域主権型道州制」のもとでは、これについても検討がなされるべきである。しかし、住民投票には慎重になるべき問題もある。資金力のある団体が情報操作をしたり、ある種の誘導や熱狂によって結論が出てしまったりする恐れもあるので、こうした問題への対処方法も踏まえなければならない。

(八)  道州・市のなかにコミュニティ・ボードをつくる

 「地域主権型道州制」になると、地域住民から行政が遠くなるという懸念を持つ人がいる。それならば、例えばニューヨーク市のコミュニティ・ボードのような委員会制度が考えられる。こうしたコミュニティを活用すれば、政治行政は、現在よりもっと住民にとって身近なものになるだろう。

(九)  投票所の数だけ支所(行政センター)をつくってサービスと情報収集の拠点にする

 もう一つ提案したいのは、現在の国政選挙の投票所の数と同じだけの支所(行政センター)を設置し、そこを住民へのサービスの拠点とするとともに、住民の意見や要望を吸収する機能をもたせることである。

 

政策立案能力を高める

 自立が基本の「地域主権型道州制」が導入されたあとの道州、そして市には、これまで以上に政策形成能力を高めることが要求される。そのためにどのようなことが必要になってくるだろうか。以下、いくつかの項目をあげて論じてみたい。

(一)  新しいタイプの人材育成

 「地域主権型道州制」移行後の道州・市が必要とするのは、政策の目標と戦略を立て、それを実現していくことのできる創造性と実行力をもった「政策のプロ」である。道州・市も企業同様に人材育成に投資を惜しんではいけない。「完成された」人材を求めるのではなく、新しい行政にふさわしい人材を「育てていく」施策が必要になってくるだろう。

(二)  人材採用の改革

 人材育成のほかに、戦略的な人材採用を行うことも一つの方法である。現在の採用試験には知識偏重型の傾向がある。「地域主権型道州制」に移行すれば、まず、これを独創性や行動力をともなった人材を確保するように工夫する必要がある。

 さらに、道州の間、道州と市の間における職員・情報の交流を深めることも必要であろう。こうした交流が深まれば、政策に関するさまざまな発想が生まれてくるはずである。

(三)  業績主義の導入

 現在の地方公務員の人事管理制度は、「社会主義的」であり、創造的な仕事を行っても、それが高く評価されることはない。その結果、事なかれ主義や、「休まず、遅れず、働かず」という三無主義を引き起こす傾向がある。

 「地域主権型道州制」のもとでは、職員の人事管理に民間企業と同じような、誰もが納得する業績主義の導入が求められる。

(四)  シンクタンク機能

 組織として政策能力を高めるには、シンクタンク機能を持つことが肝心である。道州や市がみずから考えることによって、その地域がかかえる課題が徐々にでも解決されていくし、それが道州・市の独創性を高めていくことになる。

 より高い政策能力が求められる「地域主権型道州制」になれば、地元の知識人や専門家を組み入れ、なおかつ職員にとってはその活動が高く評価されるシンクタンク機能がいっそう必要となるのである。

経営能力を高める

 政策を企画立案し、それを事業として生産的に実行していくためには、高い経営能力が必要となる。経営能力とは、政策プロセス全体をコントロールする能力であり、いかにうまくそのプロセスを組織化し、運営し、良好な結果を生み出すかが問われる。

 経営の基本には「入るを量って、出ずるを為す」という原理がある。

 しかし、こうした当たり前の道理が、これまでの自治体には欠落していた。自主自立が原則の「地域主権型道州制」のもとでは、みずからの力で政策を立案すると同時に、事業体、経営体としてみずからの経営能力で、それを実現していかなければならないのである。そのためには、どのような条件が求められるだろうか。

(一)  経営感覚のある首長を選ぶ

 自治体の経営能力を高めるには、まず経営感覚のある知事、市長を選ぶことだ。知事、市長はその道州や市の行政の最高責任者であり、企業経営に求められるような手腕が必要となる。

(二)  主要部長は特別職にする

 能力のある知事や市長一人で道州や市の経営が成り立つわけではない。そこで、特別職を主要部長まで拡大し、ポストに見合った年俸制と任期制を導入すれば、特別職は求められる責任とリーダーシップを発揮できるようになるだろう。

 さらに、こうした特別職の創設によって、国、道州、市の間の人材トレードや民間からの人材導入も容易になり、道州・市の活性化が可能となるだろう。

(三)  公務員制度の柔軟な運用

 道州や市の経営能力を高めるためには、職員がいわゆるお役所仕事から脱皮できるような人事管理制度も必要である。ただ、業績主義を徹底したときに、最終的に解雇をどう考えるかという問題が発生する。

 厳しすぎるという議論もあるかもしれないが、民間のために存在する行政が、民間より甘い原則で経営されていいわけがない。

(四)  民間との連携のさらなる追求

 この数年間に、新公共経営(NPM)の考え方が浸透し、これによって地方行政のあり方がずいぶんと変わってきた。しかし、まだまだこうした手法を取り入れることが可能な事業はたくさんあるのではないか。またその際、地域の民間企業も、新たな手法の担い手としての積極的な取り組みを期待したい。

(五)  徹底的な情報公開と説明責任の明示

 道州や市の自立の度合いが高まっていけば、その経営の良し悪しが直接的に住民生活に影響をおよぼすようになり、情報公開への需要は急速に高まることは間違いない。こうした需要に応えるために、徹底した情報公開制度の確立と、その内容についてわかりやすく説明することが求められるだろう。

(六)  政策・事業評価と外部監査制度

 道州や市が行う政策や経営内容が明らかにされると同時に、それが客観的に評価を受けるというシステムも必要である。

 自己評価については、現在、多くの自治体で実施されているが、さらに客観化するために、その内容をダブルチェックする必要がある。

 

「日本を元気にする」政策とは何か

 道州、そして市が自己変革によって組織の効率化と活性化をはかること、それ自体が地域の経済活動を発展させる誘発要因となるのはたしかなことであろう。

 「地域主権型道州制」のもとにおいては、これまでの自治体という枠組みではなかなか行なえなかった大胆な活動を展開することによって、地域経済の可能性はさらに広がっていく。その基本となる戦略はいくつか考えられよう。

(一)  地域産業政策を打ち立てる

 「地域主権型道州制」のもとでは、道州と市が協力し合い、みずからの判断と責任で、きめ細かで効果的な地域の産業政策を立案し、実施していくことが可能となる。

 地域の産業政策を打ち立てる場合に重要となるのは、他の地域に対して比較優位をもつ産業分野に焦点をあてることである。

(二)  グローバルな地域経営を考える

 グローバルな地域経営とは、地域や企業が国境を越えて、ダイレクトに外国の地域や企業との交流を深めながら経済活動を展開し、地域の経営を行うということだ。

 「地域主権型道州制」では、道州が外国や海外の地域と直接協定を結ぶことも容易になるのであり、こうした企業の発展の可能性も大きく広がっていくだろう。

(三)  モノではなく、ヒトに投資する

 「地域主権型道州制」においては、グローバルな視野に立って、戦略的な地域産業政策を展開していかねばならない。そのためには職員の力だけでは不十分な面もあり、外部の専門家を活用したり、内部で専門家を養成するなど、新しい方法で人材の開発を行っていかなくてはならない。

 いまこそモノではなくヒトに投資する。これこそが、地域経済の活性化を実現するために、最も効率的な投資にほかならない。