自然を守る里山コモンズ案の提唱

南山の自然を守る会世話人 菊池 和美

この度、稲城市の南山の保全に関して投稿文を掲載する機会を頂きました。皆様とともに現代の里山の実情を知りその保全の方策を探ることができれば幸いです。   

 住所 206-0802 稲城市東長沼236−6 電話 042−377−5653


1、南山とは

南山は稲城市南部に位置する標高約120mの丘陵で、京王線から見える崖のある山といえば思いあたる方もいるでしょう。開発の進んだ多摩地域にあっては緑の多い貴重な里山です。全体面積は定かではありませんが、今回開発が計画されているのは南山全体の約2/3にあたる87haです。南山の中には農地がたくさんあり、農家の人々が坂道を登って畑へ通う姿を見かけます。昔は山の木は薪や炭や生活用具の材料として役に立ったそうです。化学肥料が普及する以前は山の堆肥は農業に欠かせないものでした。稲城は今も昔も農業のさかんな町で、梨やぶどうは特産品として有名です。

 

2、南山の自然を守る私たちの活動

私は20年余り前、子ども達とともに稲城の自然や農業と触れ合う市民活動を始めました。

南山は私たちの大切なフィールドで、自然観察会や、体験農業、また農業支援や山の清掃などさまざまな活動を行ってきました。活動の中で南山の豊な自然は地元の農家の方々が里山を守ってきたことや里山を維持することの大変さを学びました。

活動を開始した昭和62年当時すでに南山には144haに及ぶ区画整理計画があり、私たちは南山の豊な自然を残したいと、緑化基金条例制定運動や緑地保全を願う陳情署名活動を行いました。その後地主さんの足並みがそろわず南山全域の計画は立ち消えました。

しかし平成13年に89haに規模を縮小して「南山東部土地区画整理事業案」が発表されました。私達は再度市民に呼びかけて、「南山の自然を守る会」を結成し当初計画で14.4%残る予定の緑地をできるだけ増やして欲しいと運動を始めました。環境アセスメントへ意見者を2万通提出し、議会へも約1万通の陳情署名を提出し主旨採択となりました。まちづくりマスタープランへの参加、都への要望書など事業の進展に合わせてできる限りの運動を展開しました。そして私たちの活動は次第に里山問題を探り里山保全策を模索する方向へ進展してゆきました。

(前号の井上さんのお気持ちは丁度私たちが活動を始めた頃と同じなのだと共感を抱きながら読ませて頂きました。)

 

3、南山の抱える問題

南山の自然を残すために市民に何ができるかと模索する中、私達は現代の里山に横たわるさまざまな問題を知りました。

@高い税金

南山を守ってきたのは地元の農家の方々ですが、暮らしの中で山の利用が減る反面税金が重くのしかかるようになりました。2百数十名の地主さんが支払う年間固定資産税は約1億円に上ります。相続税に至っては更なる負担でしょう。山を維持する為に生活の糧である農地を手放さざるを得ない事態もあると聞いています。

➁危険な崖

南山の切り立った崖は地主さんが山砂を業者に売った為にできたものです。業者が余りに無謀な採掘をしたために崩落事故や昭和57年には死亡事故さえ発生し、地元の方は非常に不安を感じて、都に安全確保を求めて何度も足を運んだという事です。安全策として山際に大きな溝を掘り、地震などで山が崩れた際の土砂流を防止する措置を施しましたが、それも今ではほぼ埋まりつつあります。

B市街化区域編入と繰り返された開発計画

新都市計画法が制定された昭和45年に、南山は都の素案では開発を抑止する市街化調整区域となる予定でした。しかし住民の間で開発を求める運動があり議会が都へ要請して市街化区域になった経緯があります。

それ以降さまざまな開発が計画されました。昭和40年代には公団一括買収計画が起こり、昭和50年代・60年代には大手不動産会社が土地買収を開始し先に述べた144haの区画整理を計画しました。しかしそれらは地主さんの足並みがそろわず実現しませんでした。

C乱開発の危険

このような開発への動きの中で、地主さんが個別に土地を売却した結果虫食い状態で開発され、整合性のない宅地化が進んで行きました。またごみの不法投棄が激増し困り果てた地主さんが自費で処分せざるを得ない事態も生じました。

さらに老齢化と後継者不足のため里山の管理がおろそかになり里山は荒廃しました。本来里山は人間が定期的に伐採することで維持される自然で、放置すると里山特有の豊かな自然は消えてゆくのです。

 このような多様な問題を解決するため地主さんらが集まって区画整理を計画したのです。

 

4、区画整理の仕組み

市民の一部にはこの事業は地主さんが大企業に土地を売却して宅地開発して儲けるものだという誤解があります。

区画整理事業は地主さんが集まって法人を作り、自分の土地を減歩として提供して、まちづくりを行う事業です。減歩は公園緑地や道路(公共減歩)と、事業費捻出のための減歩(保留地減歩)に分けられます。そしてその残りが地主さんのものとなるのです。南山は現在全てが私有地ですから、山を散策するのは地主さんの容認によるものです。もし地主さんが土地を売ってしまえばこの自然は次々に消えてしまうのです。

区画整理事業に対して東京都や稲城市に多額の費用を負担して頂くことは事実ですが、崖を修復し、区画整理事業で計画されている緑地を稲城市が独自で買おうとしたならば、何十倍もの税金がかかるでしょう。市民は少ない負担で公園緑地を確保することができるのです。また市税を投入することで民間事業である南山の区画整理をよりよいものに誘導することも可能です。区画整理事業は確かに目の前の山に手を入れますが大きな恒久的緑地を市民のために残す手段でもあると考えます。

 

5、里山コモンズ案の作成

里山保全策を模索する中、私達は知恵を出し合い専門家のご協力も頂いて「里山コモンズ案」を作り上げました。南山を緑豊かな場所にする為には開発に反対するのではなく、市民の共有財産である南山の自然を多く残す区画整理計画を提案して、地主さんに理解してもらうことが必要だと考えたのです。

緑の公有地化は財政的に困難な状況にありますし、里山保全は誰かに任せるのではなく自分がどう関われるかを考えることから始まります。私有や公有が無理ならば気持ちを持つ人々が共有という形で里山を残そうというのが里山コモンズ案なのです。現在、地主さんの努力や私たちの提案などの成果で公園緑地の面積が18.2%に増えました。またそれとは別に広い民有緑地や生産力地が確保されました。さらに現存地形を残す努力や緑地をつなげて残す努力がなされています。それに加えて住民・市民・地権者・企業・・・みんなで緑地を共有(コモンズ)することで更なる緑地を守り育てようという提案です。里山コモンズのメニューには里山付き住宅、コーポラティブタウン、市民トラスト、緑化協定、地区計画など多様なバリエーションを考えています。

 

6、自然を守る里山コモンズ案の提案

私たちは平成14年に自主的にオオタカの棲息調査を開始しました。

オオタカは国の絶滅危惧種の為、その営巣が確認された場合保護策をとらなくてはなりません。専門家の協力も得て調査を継続、結果を都へ報告しました。そして私たち市民団体や区画整理組合、専門家、行政も入ったオオタカ検討会を作ることが決まりました。

そしてその中で里山コモンズ案を提案したところ、紆余曲折はありましたが地主さんたちの賛成をいただいて、平成18年には組合と「里山コモンズのまちづくりにこれからも協力しあう」主旨の協議書を交わすことができました。

その後稲城市長が里山コモンズ案を支持したこともあり、里山コモンズ案に向けた稲城市や組合、事業協力者との話し合いは現在も継続中です。南山の地主さんや関係部署は本当に私たち市民の声を聞く努力をして頂いたと感謝しています。

緑豊かな南山を実現するためには確保する緑地面積の大小だけでなく、その配置や質、管理団体や管理手法など市民が主体的に計画し関与しなくてはならないことがたくさんあります。市民も地主さんも同じ稲城に住むもの同士です。そしてできるならば自然を残したいという思いは同じなのです。ともに考え、正しい情報を共有して話し合い協力することが地域をよくするためには大切だと思っています。

 

○最後になりましたが、今私たちは里山コモンズ基金を募集して南山の自然を少しでも買い支える活動を始めました。また昨年末には「南山の生きものたち写真集」を出版しました。是非ご覧下さい。写真集の売り上げの一部は里山コモンズ基金に寄付します。


 

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(紹介の理由)                               

   紹介者 埼玉県所沢市 河登 一郎


「南山の自然を守る会」に長い間かかわってこられた菊池さんの寄稿を紹介した理由は以下の通りです。

4月号に「南山開発」について投稿された井上さんの「自然を残すため開発に反対」というご意見を会のMLで読み、素直に反応して複数の団体に転送しましたが、そのうちの一つから「同じ環境保全を重視する立場から長年現場で苦労され別の解決策を進めてきた方がいる」との連絡を受けました。

そこで、私は「別の解決策」についても主張の機会を提供してはと提案し、改めて菊池さんから寄稿を頂いた次第です。ものの見方には常に複数の視点があることと、各論の重要性を改めて実感しました。