小さな政府で大きな公共サービスを(2)

東京都文京区 松井 孝司


前回の総選挙で小泉政権が日本国民の絶大な支持を集めたのは、増税を否定し「小さな政府」の実現を約束したからである。少子高齢化に向う日本には「小さな政府」しか選択肢がないことを賢明な国民は直観しているのではなかろうか?

しかし、既得権の壁は厚く「小さな政府」の実現は容易なことではない。小泉内閣の約束を引き継いだ安倍内閣、福田内閣は途中で挫折し、「小さな政府」を目指した筈の自民党は、予期した通り財政赤字を意に介さない「大きな政府」志向の政党に戻ってしまった。

政府の「大小」は税率(国民負担率)ではなく、税金の使われ方、財政規律で判定すべきであり、税率は高くても政府が政府自身を維持するために税金を消費せず、税収の多くを国民に還元すれば、大きな政府とみるべきではない。

北欧の国家は付加価値税などの税率は高いが、税金の多くが国民の保健医療や教育、福祉向上のために還元されている。フィンランドでは市民が様々の非営利事業体(NPO)を組織し、自治体や社会保険院から委託を受け、公共サービスの提供者としての役割を果たしているという。このように市民が公共サービスを担う国家を「大きな政府」と考えるのは間違いであろう。

日本のように税金の大半が国民に還元されず公務員の給料や公共事業、天下り公益法人の資金に消える国家こそ、北欧とは異なる「大きな政府」とみるべきだ。

日本では税金だけではなく、公的年金や雇用保険、簡易保険、特別会計の資金の一部も政府の非効率事業によって付加価値を生むことなく消えていたことが露見している。

日本政府が抱える巨額の累積債務と日本経済の長期に亙る停滞は明らかに付加価値を生まない「大きな政府」がもたらしたものである。

資金の流れに、何故このような違いが生ずるのだろうか?

日本は官僚が支配する「大きな政府」が健在で、自立する市民が支える真の民主主義国家になっていないからである。

日本では霞ヶ関の中央政府が国民から遠い存在となっていて、縦割り行政による規制が生む既得権益と膨大な資金の流れを国民が監視できていないのに対して、北欧の国家は殆どが人口1000万人以下の小国であり、政府の規模が小さく、政府が国民の身近な存在となっていて政府に対する国民の監視の目がよく行き届くのである。

政府の規制と助成を受ける民間NPOの存在も注目すべきである。

利潤の追求を許すと弊害が大きい銀行、医療介護や教育、街づくりなどの事業には、利潤追求を目的としないNPOの形態が相応しい。

民間NPOには「政府の失敗」、「市場の失敗」を是正する役割を期待できるからである。

米国発の世界大不況と金融危機も、銀行の規制を緩めたことが発端となった。

世界恐慌の経験から1933年に「銀行と証券会社は分離しなければならない」と定めたグラス・スティーガル法を、1999年に「金融サービス近代化法」を発効させて骨抜きにし、銀行の資金を投機に使用し、利潤を追求したことが裏目に出たのである。

シテイバンクなどは証券業務に手を出さなければ、優良銀行として世界に君臨できたのに、金融規制緩和の犠牲となり大損害を蒙った。

シテイバンクには公的資金が投入され、政府の監視下に置かれることになった。銀行には国民の信用と政府の保証が欠かせないが、経営者には臨機応変の知力を備えた民間人が求められ、「公有民営」は銀行に相応しい経営形態といえる。

同様に医療介護、教育などの事業も政府自らがサービスを提供するのではなく、民間のNPOが担い、政府が決める画一的なサービスではなく、選択の自由を許し、民間の多様なサービスを許容することが望ましいと思う。

市場経済の競争原理によりサービスの内容と質の向上が期待できれば医療、教育も付加価値の高い産業として国内総生産(GDP)の増大にも寄与するだろう。

わが国でも特定非営利活動促進法(NPO法)が施行されて10年を経過し、さらに縦割り行政で許認可の対象となっていた公益法人の制度も改正され、民間人による非営利の一般社団法人や一般財団法人の設立が容易になった。

残念ながら、医療介護、教育事業には縦割り行政の規制が生む参入障壁がいまだ残っており、一部のNPOが介護、教育事業に進出しているが、大半のNPOは資金力もなく弱体で期待される成果を挙げていない。

NPOに対する税制優遇措置が遅々として進まない中で、平成20年度以降、ふるさと納税制度として自治体への寄付が税額控除の対象になったのは注目すべきことである。

自治体が「公設民営」のNPO事業の母体となれば、二地域居住で住民登録をしていない住民も自分が希望する自治体のNPO事業への寄付を税額控除の対象にできる可能性が出てきたのだ。日本国憲法には「公務員は全体の奉仕者」と定義されており、奉仕を義務とする公務員は公共サービスを担うNPO事業に適した人材である。

「公設民営」の協働事業(Public/Private Partnership)で、自治体はNPOに既存のハコ物施設と人材を提供し、運営には1500兆円と試算される個人金融資産を呼びこむことができるように、自治体が政府の役割ではなくNPOの役割を買って出れば、税金を使うことなく公共サービスを拡大できる。

自治体が限られた予算の中で大きな公共サービスを提供するには、税収から余剰資金を捻出する必要があり、行政組織を簡素化し税金の無駄遣いを根絶することが最も重要且つ困難な課題となる。

中央省庁の縦割り行政と都道府県と市区町村にまたがる二重行政の無駄を「道州制」の導入とICTInformation & Communication Technology)技術を活用して解消し、政府・自治体が共有すべき情報の電子化とデータの統合管理、ネットワーク化によるデータの相互利用を可能にすれば、個人認証用IDカードの発行でネットワーク端末さえあれば住民票や印鑑証明の発行は不用となり、明治以来続いた紙による戸籍の管理も廃止できる。

行政の簡素化は業務の効率化、透明性の向上に加え、公共サービスの質が向上するだけではなく、住民の自治体への参加意識が推進され、公務員の意識改革と定型業務に携わる人員の大幅な削減が期待できるだろう。

日本でも電子政府・電子自治体の実現を名目にして、すでに巨額の投資が行われているが、行政の簡素化を伴わないコンピュータへの投資は、旧制度を温存した住基ネットのように利便性を向上させることにならず、ハコ物公共事業と同様の「大きな政府」による税金の無駄遣いに終るのだ。

少子高齢化社会に対応できるように、税制と公共サービスの内容についても抜本的な見直しが必要である。

高齢者には所得が少なくても資産を持つ人が多い。税金による公共サービスを享受した高齢者が巨額の個人資産を相続人に残せるような税制は不合理である。資産課税を増やすか、または相続税の基礎控除は減らし、税率を上げるべきだ。

公共サービスの内容も、過去への補償になる高齢者支援より、未来への投資となる子育て支援、教育支援への配分を大幅に増やすことが望ましい。

NPO民間非営利事業セクターへの資金供与により、小さな政府で大きな公共サービスを提供することができれば、大増税と財政破綻を回避し、地域住民の福祉が大きく前進するだけではなく、地域経済、日本経済の再生にも大きく貢献できるのである。