南山の自然を残すために
東京都稲城市 井上 和代
4月号で南山の投稿文を掲載していただいた井上です。菊池和美さんには5月号で南山の実情や里山コモンズ案について詳しく解説していただき、どうもありがとうございました。20年も前から稲城の自然と触れ合う市民活動を展開され、緑地保全の働きかけを行ってこられたその実績は大変素晴らしく、開発にただ反対を唱えるのではなく、地権者の方たちに受け入れてもらえるような案を提案するという姿勢にとても共感を覚えました。ともに考え、正しい情報を共有して話し合い、協力することが地域をよくするために大切という意見には、全く同感です。
菊池さんの投稿文を読んで感じた意見を述べたいのですが、その前に、5月以降の南山関連の動きに関してご紹介したいと思います。まず、2日に国連平和大使のポール・コールマンさんが南山を訪れ、素晴らしい晴天のもと植樹イベントが行われました。ポールさんは世界39カ国4万4000キロを約20年に渡って木を植えながら歩いている方で、国連から「アース・ウォーカー」の称号を与えられています。また、17日にはスタジオジブリの高畑監督が参加されて、「平成狸合戦ぽんぽこ」の上映会とパネルディスカッションが地元稲城市で行われました。
お二人とも、南山が稲城だけでなく東京の宝であるという共通の認識を持っておられ、なんとかこの宝を後々の世代にも残したいと強く訴えていらっしゃいます。その様子は5月22日発売の週刊フライデーにも掲載されました。
これらのイベントには多くの人が参加され、市内の中学生が南山の作文を朗読したり高校生らがパネルディスカッションに参加するなど、従来とは違った若い市民の層にも南山問題が確実に広がりつつあるという印象を受けました。
菊池さんが何年も前から働きかけてきたその思いが、今、いろいろな形でたくさんの人々に波及しているのだと思います。
ところで、区画整理計画の中身ですが、南山の豊かな自然を残したいという思いから提案されたという里山コモンズ案を取り入れたにも関わらず、わずか18%の公園・緑地を確保するに止まっています。それとは別に広い民有緑地や生産力地が確保されているとのことですが、それによって現在の南山の多種多様な生物を保有する生態系が、とても保全されるとは思えません。長い年月をかけて育まれた生態系豊かな自然は、公園緑地や人口的な緑とは全く異なります。オオタカやノスリなど、翼を持つ生物たちはまだ良いでしょう。でも、タヌキやネズミたち、トウキョウサンショウウオたち、まして移動のできない植物たちは一体どうなってしまうのでしょうか。
先日、南山の中にあるお寺の横を日暮れ時に通りかかった折、住職さんとお話する機会がありました。タヌキが何匹も現れてびっくりしていると、「以前は4〜50匹も集まってきたものだ。それが周りの木が伐採されるにつれて次第に数が減り、今では20匹ほどになってしまった。」とおっしゃっていました。木の実や昆虫などの食べ物がなくなり、餓死するタヌキも見ているそうです。確実に南山の生態系は崩れつつあると思いました。
人間は生態系の一部です。生態系を破壊する行為は、人間自身の未来を破壊する行為にも繋がっていくのだと思います。自然は多種多様の生物が関わりあうことによってその生態系のバランスを保持しており、豊かな自然を残すということは、そこにある豊かな生態系、すなわち生物多様性を残していくということに他ならないのではないでしょうか。
地球温暖化や各地の自然現象の異変などが毎日のようにニュースで話題となっていますが、そのことに危機感を募らせている方もたくさんいることでしょう。CO2削減や様々な環境対策など、もはや地球規模の取り組みは避けられなくなってきています。時代の要請によって様々な法律やプロジェクトも近年新たに制定され、日本でも生物多様性基本法が制定されたのはつい去年のことです。また、折りしも来年、日本は議長国として生物多様性条約締結国会議を牽引していく立場にあるのは4月号でも述べたとおりです。このような時代の流れに沿って、南山の区画整理事業も早急に見直しをしていく必要があるのだと思います。
南山は私有地であるため、所有していない者が土地の活用の仕方についてあれこれ言える立場にないという意見もありますが、人間は誰もが自然の恩恵を受けているのであり、少なくとも市税や都税が南山の自然を破壊することに投入されるということについては声を上げていくべきではないでしょうか。
だからといって、もちろん地権者の方たちのことを無視して良いと言っているわけではありません。むしろ、地権者さんたちの賛同を得ないで進めるような解決策は有り得ないと考えています。大切なのは、地権者もそうでない人も、市民も都民も老いも若きも含めた多くの人々がこの問題を共有し、話し合って良い解決策を探るための知恵を出し合っていくことだと思うのです。
地権者の方の中にも、なんとか南山の自然を残してほしいと各方面に働きかけをしている方がおられます。先日のパネルディスカッションでは、そんな地権者のお一人が、「バブルの時相続した税金がまだ何億円も残っている。でも、自分はアパート暮らしをしてでも南山の自然を残したい」と必死で訴えていました。そのような方もいらっしゃるのです。
南山の現在の豊かな生態系が残せるような形で、尚且つ地権者の方たちに納得して受け入れられるような案を模索しなければなりません。人類は今まで様々な困難な問題を解決してきました。もっと多くの人が話し合い、知恵を絞っていくことで、南山の問題も必ずより良い解決策が生まれるはずだと信じています。
南山のことに関わるようになって驚いたのは、自然の中で元気に遊びまわっている子供たちが今でも多くいるということでした。南山を散策している途中で出会った高校生や中学生たち、彼らが中心となって「ちーむポンポコ」というグループができました。南山が大好きなメンバーの集まりで、南山の自然を残すために南山の魅力を広く発信していこうという趣旨のもと、初めて行った活動がポールさんの植樹イベントです。やがて、自分たちも体をはって南山のためにもっと何か取り組みたいという声が出てきました。そこで、別のグループに混じって山の下草刈りを行ったり、今度は自分たちで南山の清掃活動にも取り組む予定です。この清掃活動は、小さなゴミ拾いだけでなく、山の各地に不法投棄されている粗大ゴミも片付けてしまおうという試みです。
南山の自然を残してほしいと訴える子供たちの思いは強く純粋で、本当にハッとさせられるものがあります。その訴えにどう応えるのか、今、私たち大人の行動が試されているような気がします。