JALは日本の縮図

東京都文京区 松井 孝司


倒産して会社更正法の適用を申請したJAL(日本航空)は日本国家の縮図である。

JALは親方日の丸の既得権益に守られ、政官業癒着の典型的な事例として赤字を垂れ流しながら今日まで存続してきた。

JALの負債総額は2兆円を超えるとされるが、日本政府と地方自治体、公的年金の過去債務が抱える負債総額は1000兆円をはるかに超え、約300兆円の債務超過となっていながら、さらに累積債務を増やしつつある。

JALが倒産するのに日本政府が倒産しないのは、国債を発行して新たな資金を調達できるからである。平成22年度の国家予算では、埋蔵金の発掘では足りず約44兆円の国債が新規に発行されるという。国債の金利が低く抑えられているので、日本政府の破産が顕在化しないだけで実態はJAL同様、破綻状態とみるべきだ。

日本には1400兆円の個人金融資産があるので、政府の巨額の国債発行は問題ないとする意見があるが、その個人資産の内容がくせものである。

銀行の預金通帳に数字は残っていても、手付かずのお金ではなく、すでに国債やコンクリートに化け、コンクリートで造ったダムや道路が付加価値を生んでいなければ、JALに融資した資金同様、個人資産は不良債権化しているのである。

過去20年間に巨額の公共投資が行われたのにGDP(国内総生産)が500兆円前後で低迷しているのは、投資が付加価値を生んでいないなによりの証拠だ。

JAL倒産の原因は「放漫経営」とされているが、言葉を変えれば「付加価値を生まない事業」に資金を投入してしまったことが原因で、日本政府が付加価値を生まない事業に税金や国債で調達した資金を投入し続けていることと何ら変わりは無い。

JALの再生には従業員のリストラとJALが抱えるレガシーコスト(企業年金の過去債務)の解消が課題となっている。付加価値を生まない資金循環が問題なのだ。

JALの企業年金受給者は年金の減額に同意し、JALは銀行からの借金が棒引きされ、公的資金が注入されたので、リストラで残った社員が給料以上の付加価値を創造できる人間に変身できればJAL再生の可能性はある。

しかし、日本国家の再生には300兆円の巨額債務の解消とJALの従業員よりはるかに巨大な2つの既得権益集団の同意を必要とするので、その困難はJAL再生とは比較にならない。巨大な既得権益集団とは議員を含む国と地方の公務員と公的年金の受給者である。

この両者には日本国家の一般予算に匹敵する年間約80兆円の税金と公的年金の積立金が使われている。これらの付加価値を生まない巨額の経費が財政破綻の主要な要因となるのである。

民主党は国家公務員の総人件費を2割カットすることをマニフェストで約束しているが、すべての公務員と公的年金受給者にJALの従業員、企業年金受給者と同じ運命にあることを自覚させなければならない。

ソビエト崩壊後、国家の財政破綻で最も苦しんだのは公務員と公的年金受給者であった。既得権益で守られる公務員と公的年金受給者に意識改革が求められるのだ。

財政破綻は、国債金利の急上昇とハイパーインフレーションとなって現われる。

2月12日に政府が公表した家計の純資産額は1063兆円とされ、公的債務残高との差額は減少しつつあり、国民の金融資産を当てにした低金利の国債は発行が難しくなる。

日本の財政は危機的状況にあることを認識し、菅財務大臣がデフレ宣言をしたように危機感の乏しい国民の意識を変えるために財政破綻宣言をするのも一案だ。

具体的には、国債の金利上昇を防止するために必要となる額の貨幣(金利ゼロの国債)を新たに発行して予算不足を補い国債の償還を行うことを国民に宣言するのである。

発行する貨幣が投機に向い信用膨張をもたらさないように国債償還の窓口となる銀行は日本政策投資銀行や、ゆうちょ銀行など規制しやすい公有の銀行に限定する配慮は必要だ。

貨幣の増刷は人為的に貨幣価値と金融資産の目減りを引き起こす操作であり、増税をすることなく財政破綻を回避するための方策であり、緩やかなインフレーションを引き起こすことと同義である。貨幣の増刷は国民にとって増税と同義であるが、国民の同意が無くても実行は可能で苛酷な増税より国民の抵抗は少ないだろう。

日本経済に大混乱をもたらすハイパーインフレーションは回避しなければならないが、緩やかなインフレーションなら日本の高度成長期に経験済みで対応は容易である。金融資産の実質的な目減りは裕福な人は困るが、生活保護の保障があれば、貧乏人は困らない。インフレーションは現代版「徳政令」であり、国民の所得格差の是正にも寄与する。

財政破綻宣言で大きな心理的経済効果が期待できるのは為替が円安に向うことである。

対外的には巨大な債権国である日本の円が暴落する心配は当面無いし、1ドル200円位の円安になれば日本のデフレ経済は一挙に解消し、日本の物つくり立国の伝統がよみがえり製造業は苦境から脱出して雇用は増え、円安効果で観光客の日本への誘致も容易になり、内需拡大に貢献するだろう。資金不足のアジア諸国にとっても円安は望ましく、経済成長が著しいアジア諸国との交易拡大にとっても好都合だ。

円安による経済効果に加えて、緩やかなインフレーションが進行すれば名目GDPが増える。デフレ効果の増税より波及効果は大きく、GDPが増大すれば税率を変えなくても税収は増え、政府債務の相対比率は減少するので財政破綻は確実に回避できる。

言うまでもなく、日本国民にとってはインフレーションではなく新しい付加価値を創造することによってGDPを増大させることが望ましい。

昨年末に民主党は2020年までにGDPを650兆円に引き上げる成長戦略を発表したが、巨額の累積債務を解消するにはGDPを倍増しても足りないくらいだ。民主党が目標とするGDP年3パーセントの成長を不可能とする政治家や経済学者がいるが、これは「価値とは何か?」が判らない人間の言うことである。

量から質への転換で価値の内容は無限に拡大することができるが、付加価値の創造は誰にでもできることではないし、今の日本には時間的余裕もない。

JAL再生を京セラの稲盛名誉会長に託したように問題解決力を持つ民間人を政府内に取りこむ必要がある。

明治維新後、はじめて誕生した脱官僚内閣が成果を残すためには民間の叡智を政府に結集する必要があり、世界的視野を持つ有能な人材を広く公募して政府を賢者の集団に変身させることが、倒産寸前の日本に課せられた最大且つ緊急の重要課題である。