インフレターゲット政策に反対する
東京都世田谷区 武内 雨村
経済関係の政策はすべて完全雇用を目的とすべきである。金融政策は長期的に中立である。完全雇用達成の政策手段としては効果はない。
インフレターゲット政策を強硬に主張する一派がある。この一派はワルラス法則を援用して日銀白川総裁の答弁にミスがあるとしている。
ワルラス法則について自民党山本幸三議員と日銀白川総裁のやりとりで、白川総裁はワルラス法則への間違った認識をしていると浜田宏一氏一派は受け取っている。自民党山本幸三議員、浜田宏一氏は、次のように考えている。すべての市場とは、例えば、財の市場、資産の市場、貨幣の市場と考える。財と資産市場で需要が不足しているときは、貨幣市場で貨幣の供給が不足しているというのがワルラス法則を適用したときの帰結である、と。
ところが、実はワルラス法則には解釈がいくつもある。またワルラス法則そのものが滑稽な代物だという主張まである。
ワルラス法則では「あらゆる財の総需要」と「あらゆる財の総供給」は等しい、とする。
「あらゆる財の総需要」の「総需要」とは何か。もちろん「総供給」についても同じ疑問を持たなければならない。
{計画された「総需要」}と{実現された「総需要」}には別のコンセプトを付与しなければならない。この二つが別物とするのがクラウアー・モデルである。もともと{計画された「総需要」}しか考えていなかったワルラス法則、古典派の世界に対して{実現された「総需要」}という概念を導入したのは、ケインズの有効需要の理論に対応するようにしたのだ。白川総裁がワルラス法則の成立に完全雇用の有無を持ち出したのは、この理由である。
さらに小野善康教授の説がある。「ケインズ貨幣経済におけるワルラス法則」と「新古典派におけるワルラス法則」を区別している。(「貨幣経済の動学理論」小野善康著 ) ちなみに、この著書の副題「ケインズの復権」
金融政策が有効だとするマネタリスト・フリードマンと、財政政策に力点をおくケインズの後継者サムエルソンとの論争があった。財政政策を有効とするための「乗数効果」の確実性に信頼が低下した。( この理由で反ケインズ経済学なるものが生まれた ) 一方、金融政策には、PV=PQのV、つまり貨幣の回転回数が不安定という欠点がある。マネーサプライを増加すれば万事めでたしとはいかないのだ。例えば日本でも名目GDPが510兆円だった95年の日銀券発行残高は46兆円で、名目GDPが500兆円を切っている時点の日銀券発行残高は95兆円である。マネーサプライの増加がGDPとは無関係、PV=PQのVつまり貨幣の回転回数が低下している。( VはGDP÷日銀券発行残高で求める
)
榊原英資氏のインフレターゲット論批判の一部を ……「間違いだらけの経済政策」p204…流通する貨幣が多ければ物価は上がり、少なければ下がる」 など貨幣数量と価格の関係が安定的であることを前提としたモデルで現実を切ることは理論信仰という倒錯である。…いままでの理論、既成概念が通用しなくなってきている……。
そこでその変化について。こういう変化が現実に起きている。 ◆ 9月30日朝日新聞15面によると…ゼーリック世界銀行総裁は、9月29日の講演で米政府と国際機関が、発展途上国に米国的な政治・経済政策を押し付ける「ワシントンコンセンサス」が終幕を迎えているとし、「世界経済で地殻変動が起きている中で、思考の枠組みも変わらなければならない」と発言した。「ワシントンコンセンサス」とは米財務省、世銀、IMFなどが一致して「規制緩和」「貿易自由化」「財政規律」などの政策を途上国に推奨してきたことをさす。金融危機はこうした価値観を米国が世界におしひろめたことが原因という見方もある。
終りに、マネタリストとはいかなるものか。神野直彦氏(:経済セミナー2008年5月号)の記事から以下に要約‥‥。
1973年9月11日チリ大統領サルバドール・アジェンデがウガルテ将軍の指揮する反乱軍に暗殺された。この反乱軍は、後に明らかになったように、アメリカ情報機関CIAの関与があった。
アジェンデ殺害の日、経済学者宇沢弘文東大名誉教授が経済学の集いに参加しており、その場に悲報が届いたとき、マネタリスト、フリードマンの仲間は歓声を上げたとのこと。 ( 武内注 アメリカの関与は当時南米に共産党勢力が伸張することへの対策として、とのことである)
クーデターで成立した軍事政権はフリードマンに助言を求めたとのこと。ただし、これは噂だという説もある。
蛇足ながら神野直彦氏は当時東大経済学部教授で、「国債は次世代負担ではない」との講演記録を、武内が運営会議でお配りしています。