「八ッ場ダム、どうするの」

東京都練馬区 板橋 光紀

時々生活者主権の会の会員MLの投稿に目を通していますが、久し振りに河登さんと吉井さんの文章を見て、「八ッ場ダム」について少し論戦に参加してみたいと思い、一部の会員諸氏には重複する内容ではありますが下記の通り主張する次第です。

 

話は小渕首相が急死した頃に遡ります。

台湾の旧友から「こんにゃく」を買わないかとのオファーを受け、親しい顧客の一つで関東地方を地盤とする中堅スーパー「マルエツ」へ売り込みを開始したが、輸入手続きを確認させていた通関業者から「こんにゃくは輸入禁止状態です」とのショッキングな報告が来た。輸入関税が990%だと言う。

 

私は貿易を仕事として50年。世界中のどの先進国を見回しても輸入税率と言うのは大抵5〜8%。それが10%を超えると「輸入制限的」で、取り扱いを躊躇する。20%を超えれば「輸入禁止的税率」と看做して取り扱いを断念するのがこの業界の常識だ。

日本の農産物に高い関税がかけられ、「農家」や「食料の自給」を護ろうとする政策には同情しないでもないが、

小麦に    252%

バターに   360%

豚肉に    340%

米に     778%

こんにゃくに 990%

等のクレージーな関税がかけられていると聞いて、同じ仕事に拘る外国の友人と農産物や輸入税率の話をする度に、貿易立国の日本が途上国にすら見られない桁違いの高関税を課している品目がある現実に赤面していた。とりわけ「こんにゃく」の990%は論外で、100円の貨物に990円の関税がかけられて陸揚げコストが1090円になることを意味する。

 何かの間違いだろうと東京税関と大蔵省へ出向き、再確認したところ990%は事実だった。しかし、超高税率である理由は黙して語られず、担当係官から「こんにゃく製造業組合へでも行ってみたら高関税の経緯は解かるかもしれないよ」とのやや親切なアドバイスを受けた。

 

 東京・神田にある組合事務所を探し出し訪ねると、「東京出張所」の看板が目に入った。本題に入る前に「なぜ東京が出張所なのですか?本部事務所はどこですか?」の問いに、「組合の本部事務所は群馬県高崎市です。日本のこんにゃくの80%近くが群馬県西部で採れて、この地域住民の50%近くがこんにゃくの生産に関する仕事に携わっていますから」との答えに殆どの謎が解けた。

 

 群馬県西部は選挙区で言うと「群馬5区」。「八ッ場ダム」のある長野原町はその中心に位置する。中選挙区時代の群馬5区(旧3区)は定数4人。常に自民が3人で野党が1人当選する「無風」に近い状態が続いていたのは世間であまり気に止められなかったと思う。私個人としては、自民党候補3人の選挙結果だけを見るとロクの選挙運動をしないのにトップ当選が常に福田赳夫で、2位がいつも中曽根康弘、選挙期間は常にハチマキを巻いて野党候補者と同様にシャカリキに戦っているのに3位は必ず小渕恵三と決まっていたのが不思議だった。

 

 福田さんが引退し、小選挙区制になって、中曽根さんは比例区に移る。群馬5区の小選挙区議席は小渕恵三の指定席となるが、間もなく小渕首相は急死。その後継者を小渕優子と決めたのは自民党というより、輸入税率を決定できる福田赳夫大蔵大臣の時代から、選挙を利用して「地元の特産物」に特別な過保護政策を強いてきた有権者の50%で組織する「こんにゃく組合」であったと見る。小渕優子を「組し易い人材」と見たものだろう。

 

 小泉さんの時代になって中曽根さんは引退を迫られる。勲一等、世界の中曽根は地元選挙区の農産物に990%の高関税を課してまで保護する不公正さに耐えられなかったものと思われる。中曽根さんに引退の意思は無く、小泉さんの引退勧告を「テロだ」とさえコメントしたテレビ報道を記憶している人は多い。「自民党公認の小渕優子」に対決して、無所属で出ても「世界の中曽根」は勝てると見ていたのは私一人ではあるまい。しかし、自民党の公認を受けられず群馬5区でこんにゃく組合に支持されない中曽根さんは結局引退を余儀なくされる。

 

 長野原町を含む群馬西部の住民だけが選挙や政治を左右出来るわけではないだろうが、「990%の輸入税率」を継続させている「こんにゃくパワー」は偉大というより異常である。昔から群馬西部の土地が急斜面すぎて、米が採れないどころか野菜畑にも出来ない場合、桑を植えて蚕を飼い、絹織物に活路を求めたのは大変結構。殆どの農家が僅かな土地でも生かすためにこんにゃく芋を栽培し、少しでも所得を上げようとする根性は「農家の鏡」と言って良い。しかし990%の高関税を背景にしてやっと維持できる「群馬のこんにゃく」なら我々消費者は支持しない。この近くには似たような地形でも、ハンデ無しで立派に成長、農業の優等生と尊称できる「下仁田のねぎ」もあることを想起して欲しい。

 

 日本では現在ダムの建設中と計画中は500件、トンネルは2000箇所もあると言う。我田引水の風土は残念ながら日本全国どこにでも見られる悪弊ではあるが、民主党が金銭的な犠牲をはらってでも八ッ場ダムの計画中止を断行し、悪弊を断ち切る「象徴的な民主党政治」を示してもらわねば公共事業に依存する地方の体質は変えられない。

 

 同じくこんにゃく産地の群馬4区では福田康夫が組合から恫喝されて引退を許されない。議席を民主党に奪われた場合、FTAやTPPへの加盟を目指す現政権に「990%の高関税」は必ず取っ払われてしまう筈だからだ。世界の趨勢は「ゼロ関税」の方向へ向かっているのだ。先進国が途上国を支援するために汗をかき、南北の格差を縮小させることは国連の最重要課題の一つでもある。

 

八ッ場ダムの計画が復活する場合、同じ群馬県西部の有権者から強要されている「こんにゃく産業過保護」の方も継続されるのではなかろうか。私の市民運動へのモチベーションはますます下がってしまいそうだ。台湾産こんにゃくは国産こんにゃくと同様に美味であることを最後に付け加えておきたい。