次世代支援は産科・小児科医の増員から

                        東京都練馬区 板橋 光紀

 

 「学習指導要領」というのがあります。10年毎に見直され、文部科学省が法的拘束力を用い、小・中・高校の教育課程に関して国が示す基準を告示するものと理解します。教育現場に偏向した思想を標榜する学校や、教育者にあるまじき教師が居た場合、彼等に教育内容を好き勝手にきめられることのないようにする不可欠なシステムであるとは思います。

 

 ひところ「教育の個性化と多様化」、「選択履修幅の拡大」、「学校五日制」等、「ゆとり教育へ移行する弾力化」が次々に実施され、大変結構なことだと喜んでいましたが、最近になって「学力の低下に歯止めを掛けよ」が声高に叫ばれ、「履修基準の明示」、「補修の奨励」、「能力・学力主義」等の復活により、若者の全員を有名大学志望者に染め上げるが如き、昔へ逆戻りしているのは嘆かわしいことです。芸術やスポーツ、社会福祉や力仕事に捧げようと志す若者達への対応は不必要なのでしょうか。

 

 国民一人一人が各自のおかれた立場で夫々が違った「役割」が果たせるように、国の将来を託す次世代を健全に育成する目的で誰しもが必要最低限の基礎的教養を身につけることは重要です。しかし国が施す指導行為は小学校までとすべきです。物心が付いて、好き嫌いをある程度明確に意思表示出来、漠然としたものではあっても自分で将来の夢を描き始める年頃の中・高校生の履修内容にまで関与する制度は如何なものでしょう。どこを切っても同じ顔が出て来る「金太郎アメ」の製造システムみたいなものです。国は育ち始めた彼等の個性やフレッシュな冒険の夢を摘んでしまう恐れがあり、学問を得意としない若者にまで不必要な学習と競争を強いる訳ですから「落ちこぼれ」を増加させる可能性すらあります。

 

 何年か前のことですが中国へ出張した際に、家族旅行を兼ねて親子3人で福建、四川、広東の3省を10日間旅したことがあります。ツアーコンダクターなしなので、森羅万象自分の目で観察し、人々の生きざまを自前の感性で咀嚼するしかありませんでした。

 

 夕食のレストランで何度か同じような光景に出会いましたが、「7人連れ」の家族がテーブルを囲んでいるのを見掛けました。内訳は大抵3〜5歳位の幼児とその両親と思われる若夫婦、それにその若夫婦の両親と思しき二組の初老の夫婦。3世代そろって合計7人になります。

 

 これは1982年、華国鋒首相の号令で始まった人口抑制を目的とした「一人っ子政策」の弊害で、一人息子と一人娘が結婚して、そこへ一人っ子が生れると必然的にこの形になります。平均的な若夫婦は殆どが共働きですから、どちらかの祖父母がたった一人しか居ない「次世代」の面倒を見ている筈です。6人の大人に傅かれて「蝶よ花よ」と世話をやかれ、甘やかされて育っていれば、中国の都会に多い我儘な「小皇帝」になってしまっても「幼児」だけを責められません。

 

 この光景を見る度に私は周りに居る6人の大人よりも、近い将来自分の両親だけでなく4人の祖父母の世話までする立場に立たされるかもしれない「幼児」の方に同情してしまいます。今は無邪気な我儘が通用していても、間もなく物心がつき、善悪の区別がついてくると自身のおかれた立場を認識して来ます。両親や祖父母が自分に絶大な「期待」を寄せ、励まされればされるほど「重圧」が覆い被ってきます。たった一人の「次世代」が女の子である場合は何れ他家へ嫁に出すことになり、婿の来手でもない限り「お家断絶」も覚悟せねばなりません。

 

 自分が秀でた特技を持っているとか、学校で抜群の成績をあげる自信でもない限り楽観的な気分にはなれないでしょう。とりわけ大都会のコンクリートジャングルに住む人々にとっては、ただでさえ各種のストレスに苛まされ、学校や職場でちょっとした事故や失敗に直面するとよほど図太い神経の持ち主でない限り「落ち込んだり」、「方向を見失い」、「意欲を喪失」、そして「不登校」や「引き籠り」たくなる人も居ようと言うものです。中国でも若いニートやフリーターが多いと聞いています。

 

 現時点で「平穏無事」であっても、それは家族全員が健康で大病人が居ない。身体障害者も居ない。だれも交通事故に遭わなくて、自然災害も被らない。一家の大黒柱は勤務先が倒産したり解雇もされない等、多くの幸運が継続することを前提にしなければなりません。前提条件の一つでもが欠けると今の世の中、単に「勤勉で善良な市民」であるだけでは「家庭の平穏な将来像」は簡単に崩壊する砂上の楼閣に等しいと言わざるを得ません。

 

 中国で見た光景を「対岸の火事」と観ているわけにはいきませんでした。「少子化」と「次世代」の問題は日本でも深刻で、私自身の家を含めた多くの家庭に共通した「危機感」を投げかけていると思います。自分の家族の将来を決めるのは自分達自身ですから、国や自治体に支援を仰ぐつもりはありませんが、私達の選択を妨げないで欲しいとだけは強調しておきたいと思います。

 

 国や自治体が次世代育成を支援する意志があるとすれば、それはセーフティーネットの構築、若者がつまずいた時に立ち止まって考えたり、リフレッシュ出来るような「駆け込み寺」を構築すること。進路を間違えたと気ずいた若者が進路変更を可能にする風土を築くこと。各種学校の強化と、学校の格付けや差別の撤廃によって次世代の進路に幅の広い選択肢を与えること等が考えられます。

 

しかしその前に「産科医」と「小児科医」を大幅に増員する手立てを急いでくれないと「次世代育成」の話に入っていかれません。