未来志向のエネルギー戦略を!

東京都文京区 松井 孝司

福島第一原発の爆発事故は、原発に対する国民の意識を大きく変えてしまった。

日本だけではなく日本から遠く離れたドイツやスイスの国民の意識まで変えドイツとスイスは国策として「脱原発」を決めた。日本製原発システムの安全性を信じて海外への輸出を推進しようとしていた人達まで「脱原発」を口にするようになったが、「羹に懲りて鱠を吹く」のは無知な人間のすることである。

爆発の原因を徹底的に究明し、今後の事故に備えた対策を講ずることこそ賢明な人間がとるべき道だろう。核エネルギーの本質を正しく理解して対処しないと日本経済の未来に致命的な打撃を与えることになる。

「失敗は成功のもと」であり、失敗を授業料と考えて無駄にせず生かす智恵があれば「災いを転じて福とする」ことができるのだ。

大津波の被害を受けながら女川原発や福島第二原発が大事故とならなかった事実は重要である。大事故とならなかったのは震災直後に炉心冷却用の外部電源が調達できたからである。早急に日本国内のすべての原発について大地震、大津波が襲来しても外部電源が遮断されないよう対策を講ずる必要がある。

爆発の原因は高温となった原子炉でジルコニウムと水が反応して発生した水素によることが明かにされている。水素が発生しやすく爆発の危険があるシステムの安全性の保証は難しい。爆発で大気中に放射性物質が飛散したら遮蔽は難しく、放射性物質が遠くまで飛ぶので被害が拡大しやすいことも容易に想定できたが、これが現実となってしまった。

今から振りかえれば水素が発生しやすいシステムの設計思想に問題があった。

現行の巨大な軽水炉型原発は最終的には採算がとれない欠陥システムであり、地震大国の日本での増設は取りやめた方が賢明だろう。ナトリウムを使用する高速増殖炉も水素爆発の危険性が大きいので開発は中止した方がよい。

現行原発システムのもう一つの問題点は使用済み核燃料の廃棄処理を難しくしていることである。テロ集団の武器となる核燃料の拡散防止も重要課題であり、ウランを核燃料とする原発には問題が多すぎる。

しかし「脱原発」の声に応えて、すべての原発システムの研究開発と新設まで中止するのは早計である。

新興国の経済成長に伴うエネルギー需要の増大で化石燃料の価格高騰が危惧されるし、ほぼ無尽蔵の核エネルギーが人類の未来を託すエネルギー源であることに変わりはないからだ。

検討に値すると思われる原発の一例は古川和男氏が提唱する小型トリウム溶融塩炉型原発である。トリウム溶融塩炉は「腐食に問題あり」として不当に弾劾排除されてきたそうであるが、核兵器の原料となるプルトニウムの生産を優先するためではなかったのか?

古川氏が指摘される通り原子炉は化学反応装置であり、物理的に制御することは難しい。

チェルノブイリ原発の事例のように爆発破損した原子炉を石棺にして放射性廃棄物を閉じ込めるなどという処理方法は国土の一部を永久に廃墟とすることを意味する。国土再生にはメルトダウンした炉心を化学的に処理する以外に方法は無いだろう。

古川氏によれば「トリウム溶融塩核エネルギー協働システム」を採用すれば放射性廃棄物もエネルギー源として燃焼消滅させることができるという。放射能汚染で立ち入り禁止となり廃墟となる可能性が高い福島第一原発で、トリウム溶融塩協働システムの安全性を試してみてはどうだろう。

福島第一原発の跡地を核廃棄物の貯蔵所とすると同時に、処理に困る放射性核廃棄物をエネルギー資源として再利用することができれば、放射能物質を蓄える廃墟が高付加価値の国土となって蘇るかもしれない。

放射線の本体はエネルギーであり、太陽光も放射線である。風力などの自然エネルギーも、元を糾せば太陽から出る核エネルギーが変換されたものである。自然界は放射線に充ち溢れており、言葉を変えれば自然界は核エネルギーの宝庫なのだ。

原子炉から出る放射線が有害なのはエネルギーが強過ぎるからであり、太陽光の危険性が少ないのは放射エネルギーが弱いからである。

太陽光発電が代替エネルギーとして注目されているが、太陽の放射線の多くはオゾン層などで遮蔽されるため地上に到達する単位面積当たりの放射エネルギー量が少なく発電効率は悪い。補助金を付けたり発生する僅かな電気を高額で買い取らなければ発電パネルが普及しないようではパネル製造の付加価値も少なく、メガソーラーと称して大規模発電用パネルで国土を覆うのも貴重な土地の付加価値を高めることにはならないのである。

降雨の少ない砂漠のような不毛の土地、または大気圏外での太陽光発電なら採算が合うだろうが、日本のように太陽と水に恵まれる国土では太陽光発電より、同じ土地で有用な植物を育てた方がはるかに付加価値は大きい。

太陽光発電は電気しか生まないが、植物は衣食住の素材となるだけでなく、炭酸ガスを吸収して酸素を供給しバイオマスとして熱源、発電用の再生可能のエネルギー源にもなるからだ。

農林業を自然エネルギー利用の未来志向の戦略産業に位置付け育成強化すべきだが、農林業の付加価値を帳消しにし、農林業を衰退させているのは円高である。

円安誘導は農林業だけではなく日本経済の再生にとって不可欠の重要戦略だ。円高を許容し農産物や化石燃料が安く輸入できると喜ぶのは近視眼的で戦略不在と言わざるを得ない。

有史以来、人類は自然への適応能力によって放射線によるDNA損傷を修復しながら進化し、放射線によって多様化された生物群と共存してきた歴史的事実を直視すべきである。

有害な放射線の遮蔽、制御技術を確立し、徒に放射線を恐れることなく核エネルギーの有効活用を推進して低炭素産業革命を実現することこそ未来志向のエネルギー戦略だ。