アベノミクスの本質
千葉県柏市 峯木 貴
1.リフレ宣言
去る平成24年11月17日、自民党の安倍総裁は、熊本市内で講演し、脱デフレ対策に関し「やるべき公共投資をやり、建設国債を日銀に買ってもらうことで強制的にマネーが市場に出ていく」と述べ、次期日銀総裁の人事については「インフレターゲットに賛成してくれる人を選んでいきたい」と強調した。
その直後、日経平均株価は急上昇し、現在に至っている。
私はこの発言を聞いたときに、正直耳を疑った。夢なのか、とも思った。それは、この発言そのものが「リフレ理論」そのものだったからである。リフレ理論とは、通貨を増やしてインフレにすることにより不況を脱出するというものである。
私は、この単純な理論が面白いと思い、2年ほど前から注目していたのだが、なかなか普及はしなかった。当時もデフレ下だったのだが、マスコミをはじめとして経済界も、インフレターゲットを設けると「ハイパーインフレ」になる、とか国債が暴落する、など慎重論がほとんどを占めていたからである。
リフレ派の経済学者も出る幕がなかった。その後もデフレは進み、日本の経済は疲弊していった。それでもリフレは流行らないだろうと思っていた。それは「お札を刷って経済を回復する」という楽観的な政策は、勤勉な日本人には向かないし、よほど力のある政治家が政治生命をかけない限り実現できないからだ。
そんなことを思っていた矢先の安倍総裁の発言であった。
2.アベノミクスのブレーン
驚いてばかりいてもしょうがない。これで、やっと経済停滞という長いトンネルを出ることができる、と考えると同時に、リフレ論を安倍総裁に持ちかけたのは誰か? と考えた。
「浜田宏一(はまだこういち、1936年1月8日 - )。経済学者。東京大学名誉教授、イェール大学経済成長センター教授」であることが分かった。彼はリフレ派といわれている。また、ケインズ政策(公共事業による有効需要の創出)を支持している。また、面白いことに彼の教え子に、あの白川日銀総裁がいる。白川総裁は浜田教授と全くと言っていいほど反対の考えを持った人である。
多分、教授は安倍総裁の耳元で、「お金を刷れば、デフレや円高から脱却できますよ。」とささやいたのかもしれない。
安倍さんも、こんな簡単なことで経済が復活できるのか、と目から鱗が落ちたのだろう。
3.世界の不況を一手に引き受けた日本経済
リーマンショック後、世界中でデフレの悪夢が襲った。1929年の世界恐慌の再来であるかのように。しかし、この当時の教訓が生き、アメリカをはじめとしてEUは無制限緩和といって多量に通貨を供給した。中国でさえも多額の通貨を供給した。もちろんデフレを回避するためである。
しかし日本だけが出遅れてしまった。日本の通貨が相対的に少なくなり、円の価値があがった。それが円高の原因である。国内でも通貨が足りなくなった。それがデフレの原因である。経済は無情なもので、弱いところが徹底的に攻撃される。日本はリーマンショック後、世界中の不況を引き受けたといわれている。
4.なぜデフレ、円高が解消されるか
ここ、なぜ通貨を多発するとデフレや円安が是正されるかを説明する。
デフレとは、別に不況であることを説明する言葉ではなく、市中の通貨量が少なく、その結果、モノの価値が下がっていくことを示す言葉である。逆に言えば通貨の価値が上がってしまうことである。これが続くと、物価の恒常的な下落につながり、ひいては失業率の増加につながる。
また、対海外通貨に対しても通貨の価値が上がっているため、「円高」になる。
単純すぎる説明かと思われるが、それが本質である。
それならば、通貨を増やせば、デフレや円高が是正されるのか? これがリフレ理論といわれるものである。
現在の日銀も、円高が行き過ぎた場合、何十兆円という通貨を市中に流すことで金融緩和したこともあった。例えば、短期国債を引き受けて(お金を市中に出す)、ほどなくして市中で逆に売却することがある。しかし、この対策だと一瞬は円安に振れるが、すぐにまた円高に戻ってしまう。しかし、国債を引き受けてそのまま「塩漬け」にしておけば、お金が市中に出回ることになる。
買い取った国債を再び売却する政策を「不胎化介入」といい、通貨が増えることはない政策である。
逆に、買い取った国債をそのまま放置しておく政策を「非不胎化介入」といい、通貨が増え、インフレ、円安になる。
後者の「非不胎化介入」こそがアベノミクスの本質である。
よく、経済政策に対して一時しのぎのために「カンフル剤を打つ」と表現するが、これは短期国債の一時引き受けによる一時的な景気高揚に対する批判であると思う。しかし今の日本の経済は瀕死の重傷で、通貨という血液が足りない状況である。リフレはそれに対する輸血であるといえる。
5.もう一つの本質
通貨が増えて、デフレ、円高から脱却できればリフレ派の目的は達成することはできるのだが、アベノミクスはそれとは別の経済政策もとっている。発行した通貨を使ってもらわないといけないからである。
市中銀行は、リスクの高い民間企業に貸すぐらいなら、リスクの低い国債で運用しようとする。また、民間企業もデフレ時では収益が上がらないため、本来の製造等への投資は控えてしまう。それでは、市中に回った通貨が使われなくなり、再び経済が疲弊してしまう。そこで、政府が公共投資ということでそのお金を使うことになる。政府の使い方は主に補助金ということで、一般的には半分ほど補助することになる。残りの半分は市中銀行から調達することになる。
ケインズは、有効需要を創出するため、政府が財政出動して「穴を掘って、それを埋めて」も効果がある、と言っていた。しかし、それでは一時しのぎになってしまうため、効果的な投資をする必要がある。それが、東北の復興支援やインフラの補修である。それにより経済を発展させ、日本を強くする、というのがもう一つのアベノミクスの本質である。
第一の本質であるリフレ理論のことはあまり強調していないのは、やはりお札を刷って経済を高揚させることは、禁じ手と考えている人も多いためなのだと思う。財政政策を説明したほうが国民受けするのかもしれない。しかし、デフレの続いた現在リフレ理論は必要であると思う。血液(通貨)が足りない場合は輸血(造幣)しなければならないからだ。
6.アベノミクスのアキレス腱
これらの経済政策により、インフレ基調となり、経済は復活すると思われるが、この復活により、一時的に大きな経済格差が生まれてしまう可能性がある。
つまり、すぐに効果が出るのは投資家などの富裕層であり、逆にインフレにより打撃を受けるのが年金暮らしの人などの経済弱者といえる人々であるからだ。これらの人たちに半年、一年ぐらい我慢してくれ、日本経済は復活するから、といっても駄目である。経済弱者ほど短期的なことでますます生活が困窮してしまうからである。
アベノミクスの最大の課題は、経済弱者への対策である。