アベノミクスは成功するか?
東京都文京区 松井 孝司
第二次安倍内閣は発足早々アベノミクスで円安、株高が実現しつつあり、緩やかなインフレによるデフレ経済の脱却と貨幣で計量される国内総生産(名目GDP)の増大の期待が生まれ順調な滑り出しをしている。
貨幣増刷による円安誘導は日本の富を減少させる愚策だとする批判もあるが、貨幣は価値と信用の媒体に過ぎず貨幣の量が日本の富ではない。日本国内の土地と人材が生む生産力と信用力こそ日本の富の源泉であり悪性のインフレを防止できれば貨幣量の増加は気にしなくてもよいだろう。円安誘導で国内の生産力が海外に流出することを阻止することが重要である。アベノミクスの成否は国債発行額を上回るGDPの増大を達成できるかどうかに懸っている。
インフレは貨幣価値を減少させるので公務員や年金受給者、現金を所有する高齢者にとっては不利であるが既得権に守られる官民格差、世代間格差を是正する効果が期待できる。しかし、インフレで資産価格が増大すれば資産を持つものと持たざる者の格差が拡大し、土地や株式への投機でバブル経済が再現する危険性がある。短期間での土地、株式の売買による収益には累進課税で投機的取引を規制し信用膨張を防止するのが賢明な策と思う。
インフレによる国債金利の上昇がアベノミクス最大のリスクともいわれているが、金利が理不尽に上昇したら国債発行を中断し金利ゼロの貨幣を増発すれば金利の抑制は可能だ。日本には紙幣の増発で歳入不足を補った前歴があり、明治の初期過度のインフレを招くことなく政府紙幣と金札公債を担保にして国立銀行紙幣をダブル発行した実績がある。明治15年に発足した日本銀行は西南戦争で乱発した紙幣を回収して松方デフレを引き起こしたが、インフレ抑制は日本銀行の得意とするところでバブル経済崩壊後の平成のデフレ不況でもその遺伝子が今日も引き継がれていることが実証された。
アベノミクスで危惧されるのは積極財政のつもりの歳出が放漫財政に化けてしまうことである。巨額の投資をしても付加価値を生まない公共事業の増大が心配だ。交通量が少ない道路の建設や政府や自治体が実施する農林業の育成を忘れた耕作放棄地での補助金漬け太陽光発電などはその典型例である。
農林業再生のためにも円安誘導は不可欠であり、円安になれば巨額の補助金を農林業に投入しなくても日本の農産物が海外の安い農産物と競争できるようになりTPP(環太平洋パートナーシップ協定)を徒に恐れる必要はなくなるだろう。
GDPは領海も含めた日本国内の土地が生む付加価値の総和でありアベノミクスを成功させるには人口ではなく土地の単位面積当たりの付加価値を増大させる視点が欠かせない。中国のGDP増大は沿岸部土地の付加価値の増大が可能にしたのであり内陸部との経済格差を拡大させてきたが、今後内陸部での付加価値が増大すればさらに経済成長はつづくだろう。都市部住宅投資の経済波及効果は大きく消費税25%のスエーデンでも住宅に対する消費課税はゼロである。日本も地震による災害が危惧される木造住宅密集地の区画整理や省エネ型街づくりなど付加価値を生む都市環境整備のためのインフラ投資は積極的に推進して内需を喚起し、人口減少を放置せず労働力不足を補うために優秀な若い人材を海外から誘致できればGDPの倍増も可能だろう。
アベノミクスの3本の矢とされる金融政策、積極財政と成長戦略のうち成長戦略が最も重要であり且つ実現が困難な課題だ。GDPの増大に欠かせないのが安価なエネルギーと海外との交易の拡大である。エネルギーコストはすべての経済活動の原価を構成する。経済成長の可否を決める最大の要因であり、円安でエネルギー資源の輸入コストが増大すれば日本経済の競争力が低下し成長は望めない。円安を志向するアベノミクスにとって成長戦略を成功させるために克服しなければならない最大の難題だ。
産業のエネルギーコストを下げるためには発送電事業を分離し電力事業に競争原理を導入することが重要になる。独立採算の電力事業には過剰な規制を加えなくても事故を起こしたら採算が合わない原発システムは価格競争で自然淘汰されるだろう。発電事業は完全に自由化し、送電事業は地域独占の私的利益を回避するために半官半民の企業(例えば公的資金が投入された東京電力など)に担わせ電力の安定供給を義務付けるべきだ。
短期的な戦略としては原発の安全性を早期に確立して再稼働させ、プルトニウムを含む核廃棄物を処理するための技術開発を急がなければならない。完成の見込みが無い高速増殖炉「もんじゅ」の開発に巨額の資金を投入するような愚行をつづけていては駄目である。捨て場が無く処理に困るプルトニウムを安全に再利用する知識集積と技術開発を早急に開始する必要がある。
プルトニウムの再利用に最も有望視されるのがトリウム原発である。現行の軽水炉原発を潜水艦用に開発したワインバーグ博士は米国のオークリッジ国立研究所で航空機用にトリウム溶融塩炉の実証炉を完成させ、安全性が高く小型化が可能なトリウム原発の採用を中曽根首相にも働きかけたといわれるが実現しなかった。最近になって米国、中国、インドなどでトリウムが再度注目されるようになった理由はトリウムがレアアースの副産物として豊富に存在し、プルトニウムを中性子源として利用することにより核燃料として燃焼、消滅させ核廃棄物を激減できるからだ。
原子力安全革命をめざしてトリウム原発を推進すべく故古川和男氏は孤軍奮闘されたが、高速増殖炉「もんじゅ」の研究開発を否定されたためか古川氏は原子力村から村八分にされ日本でのトリウム原発の研究は諸外国に大きく遅れをとってしまった。しかし、日本はトリウム原発を実現するために必要な電気化学技術の先進国である。安全なトリウム原発で安価なエネルギーを獲得するためにレアアースとトリウム資源を確保し、プルトニウム核廃棄物の処理を急ぎ一日も早くトリウム原発の実現に取り組む必要があるのではないか?
アベノミクスは長期にわたり低迷してきた日本経済を再生させるための最後のチャンスといわれる。安価なエネルギー資源の獲得に失敗すれば物価だけが高くなるスタグフレーションで日本の経済成長は難しくなり、無知な大衆に迎合する衆愚政治に陥れば財政の健全化は望めず、悪性インフレの発生で日本の財政破綻が現実となりアベノミクスは失敗する可能性が高い。