八ッ場ダムの現状と今後について
埼玉県所沢市 河登 一郎
4月26日、上田埼玉県知事に「八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会」として下記の手紙を出しました。手紙は主として私が書きました。八ッ場ダムに関しては最後の手紙になるかもしれませんが、民主党衆議院議員時代、中央官庁を舌鋒鋭く批判しておられた上田知事に語り掛けました。
埼玉県の問題ですが、これまでも八ッ場ダムについて何回か投稿させて頂いていたので、今回も投稿させて頂きました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
埼玉県知事
上田清司 様
2013年4月26日
八ッ場ダムをストップさせる埼玉の会
代表 藤永 知子
冠省 八ッ場ダムの現状と今後について:
はじめに:
○首記に関しては今までにも何回か意見を申し上げました。
その後、民主党による政権交代、その実質的な破綻、東日本大震災と福島原発事故、自民党による政権奪回と日本社会は目まぐるしく変貌し、八ッ場ダムを含む多くの従来型コンクリート公共事業が続々と復活し、「国家強靭化法」で更に増強される見通しです。
○本件に関する知事のお考えを重々承知の上で、私たちは社会情勢が大きく変化した現時点で問題を整理し、ダム本体の建設を中止することこそが、県民への配慮を優先される知事のお考えの延長にあると考えるに至りました。以下、現時点での問題点を整理して報告します。
○知事及び(又は)ご担当職員と私たちが話し合う機会を作って頂けないでしょうか。私たちは、「河川整備計画」の策定に際して、本件を超えて、「絶滅危惧種」に指定された日本ウナギやヤマトシジミの復活と地域おこし・川の活性化についても情報を提供し建設的に話し合いたいと願っています。
1.
完成時期は大幅に遅れます:埼玉県の参加条件より10年以上遅れる可能性が非常に高くなりました:
(1)八ッ場ダムの完成時期については今までに3回延長されましたがさらなる遅延は避けられません。
@ 1回目(2001年):完成予定時期が2000年から2010年に延長されました。
A 2回目(2008年):2010年から2015年に延長されました。6都県合同調査チームは「2010年度完成が本事業参画の判断材料。完成が遅れればダム参画は不要」と2004年に強く要請しています。
B 3回目は2011年秋、国交省は工事の遅れで更に2015年から2018年以降に延長すると公表しました。しかし、下流都県の反対で表面上は工期延長をあいまいにしましたが、現実にはさらに遅れます。
(2)2012年2月、民主党政権下でダム工事再開を決断された前田国交相は、国会答弁で「本体工事入札公告から試験湛水が終了して貯水開始まで7年はかかる」と明言されました。現在の見通しではすべてが順調に進んだとして(但し最低でも更に数年遅れる可能性が高い=後述)完成時期は2021年になります。
(3)さらに遅れる要因としては、
@ 新川原湯温泉駅前整備事業用地買収の見通しがまだ立っていないこと;
A 試験湛水中の地すべりによる工期延長;周知の如く、ダム予定地の地質は非常に脆弱なため、奈良県大滝ダムや埼玉県滝沢ダムのように、試験湛水後の地滑りや岩盤亀裂対策で工期が大幅に延長される可能性が高いと考えます。(大滝ダム:10年、滝沢ダム:5年)
(4)一方、日本の人口は既に減少を始めており、八ッ場ダム完成後ダム寿命の半分にあたる50年後2071〜75年の埼玉県人口は約420〜450万人と予想され(人口問題研究所の推定値を延長)水需要が大幅に減少することは確実です。埼玉県の場合、暫定水利権の問題があることは承知していますが、もともと「暫定水利権」は農業用水需要が激減する冬場だけの問題で、国交省がダムへの参加を強制するために作った「虚構」です。冬場だけの「暫定水利権」は他地域にもありますが、渇水時に水の供給が「暫定」を理由に減らされた実例はありません。この問題は簡単な制度改正で消滅します。今後の人口減少/水余り時代への移行に伴ってますます意味のない制度になります。
2. 工事費総額が大きく膨れ上がります:埼玉県の負担も大幅増が予想されます:
(1)建設費総額予想の2,110億円が、2004年には4,600億円に大幅増額されたことはご高承の通りです。
(2)埼玉県は「これ以上の増額は受け入れない」と明言され、その後も何回も繰り返し確認されています。県民の税金を預かる県として当然の主張だと思います。
(3)国交省は昨秋、追加地滑り対策及び代替地の安全対策のための追加費用等として183億円の増額を公表し、下流都県の強い反発で増額予想を表面的には取り下げましたが、上記増額が不要になったわけではなく、私たちの試算では上記以外に代替地整備追加費用及び東電への減電補償を含めて数百億円は不可避、試験湛水の結果によっては更に巨額の追加工事の可能性は高いと判断しています。
(4)奈良県大滝ダムでは、試験湛水後に発見された地滑り対策で308億円もかかりました。埼玉県の滝沢ダムでは地割れや崩落が試験湛水のつど発生し、5年と145億円の追加経費がかかりました。
(5)戦後70年間に全国で建設された道路・鉄道・港湾・空港・トンネル・橋梁・ダム・学校・官庁庁舎その他膨大な公共施設が老朽化しています。車の通らない高速道・有害無益なダム・無用なリニア新幹線などへの新規投資は止め、既存設備の老朽化対策を公正な競争入札を通して優先すべきです。
(6)埼玉県の負担は、国費を除いて八ッ場ダム事業だけで574億円、水源地域対策2事業を含めると起債利息を除いて808億円(利息を含めると1,212億円)の巨額に上りますが、今後の増額で更に負担が加わります。その上埼玉県は、八ッ場ダムで冬期水利権を得ることになっている農業用水転用水利権(埼玉合口二期事業と利根中央事業)の取得で既に698億円も負担しており、八ッ場ダム参加は二重負担になります。
(7)工事が進んだ基礎インフラの多くは周辺住民のライフラインとして有効に活用されます。ダム本体の建設が中止になれば、国交省との交渉次第で百億円単位での節約/返金が可能になります。
3. 地滑りや岩盤崩落で大災害の可能性が高い:多くの学者や専門家が強く警告しています:
(1)ダム周辺は有史以前から繰り返された浅間山噴火による溶岩や泥流が大量に積み重なった地層と岩盤ですから、現在でも地滑りや岩盤崩落が頻発しています。そういう脆弱な地層がダムで浸水すれば大規模な地滑りや崩落が発生する可能性は非常に高く、多くの専門家や学者が真剣に警告しています。
(2)移転代替地の異常な盛土についても同様の危険があります。
(3)万一、私たちの警告が現実に発生して、人命喪失を含む大災害に遭遇したとしても、現在の中央集権官僚制度の下では「想定外」で責任者は誰もいない構造です。実例はいくらでもあります。「責任」を問われない行政が、「省益と云う私益」を優先する仕組みは抜本的な改革が必要です。
4. 水没すると永遠に失われる埋蔵文化財の豊富さは想像を超えます。世界遺産に登録できれば、地元活性化の観光資源としてダムとは比較にならない価値があります:
(1)縄文時代は約1万年続いたと云われ、全国にその遺跡は多数散在していますが、八ッ場ダム周辺には、何層にも重なっており、全国的にも珍しい貴重な遺跡です。
(2)その上層には、弥生時代から現代までのいろいろな遺跡が多数未調査で残っています。
(3)圧巻は、「天明の浅間山大噴火」(1783年)の遺跡です。大量の泥流が一瞬にして襲ったため、住民は逃げる暇がなく、壺に入った梅干・煙管に詰めたタバコ・転がった下駄・繭や酒蔵など、想像以上に豊かな当時の生活実態がほぼそのまま残っており「東洋のポンペイ」と云われる貴重な遺跡です。
(4)あの広い地域全体が遺跡の宝庫で、未発掘・未発見の遺跡が多く残っていると思われます。このまま水の底に沈められれば永遠に失われてしまいます。
(5)かかる貴重な遺跡を世界遺産として登録できれば、コンクリートの塊であるダムより遥かに魅力的な観光資源になります。
5. 国交省の違法な行政について:省益と云う私益のためには手段を選ばない。
この問題は、八ッ場ダム建設是非の次元を超える重要なテーマとして上田知事に共感頂けると思っています。知事が衆議院議員時代に繰り返し主張しておられたように、現在の中央官僚主導による国政の実態は血税浪費体質そのものです。その典型的な実例が本件です。
国交省では「ダムを作って巨額の予算を獲得し省益と云う私益」を図ることが目的化しており、そのためには「手段を選ばず」「なりふり構わず」法律違反の行政を強行しています。
(1)「公文書偽造」:国交省担当課長は、虚偽内容を含む公文書を作成し、裁判資料としてさいたま地裁に提出しました。ダム建設のために公文書まで偽造していたのです。私たちの告発状はさいたま地裁に受理されました。
(2)裁判資料の捏造:国交省が日本学術会議及び裁判所に提出した利根川推定氾濫図及び推定氾濫水量は捏造でした。物理的に氾濫するはずのない山の氾濫やや実績の8倍に誇張した水量。終戦直後のはげ山と現在の豊かな森林とで、雨の保水力が変わらないという虚偽の分析で国交省にお墨付けを与えた学術会議の報告書もこれに類します。
(3)独禁法違反:群馬県での八ッ場ダム関連工事の発注/落札内容を克明に調査分析した結果、事実上の談合が行われていたことが多くの状況証拠で明快に指摘できましたので、私たちは公正取引委員会に「措置請求」しました。「証拠不十分」で採択されませんでしたが、談合現場の録音や談合結果のメモなどの直接の証拠を入手することは不可能です。
(4)河川法違反:改正河川法の規定により、ダム建設に先立って「利根川水系河川整備計画」の策定が義務付けられています。この水系は日本1の流域だけに、5つの支川ブロックがあり、治水・利水両政策判断のために全ブロックの水需給及び流量の確認が不可欠ですが、今回は利根川江戸川本川だけで八ッ場ダムは必要との結論を急いでいます。国交省が提案し日本学術会議が学問の歴史に汚点を残して認定した基本高水22千㎥/秒が正しければ、利根川上流にあと10基近いダムを設置しないと治水対策が完結しないという無謀な計画です。利根川水系全体への配慮を無視してまで八ッ場ダムだけ急ぐ中央官僚の誤った政策に下流都県として従うべきではないと強く考えます。
○おわりに:
今年3月に東京高裁が八ッ場ダムストップ東京控訴人団に対して下した判決は、地方自治体の独立性を認めず、国(中央官庁)が出した納付書に都県は従わなければならないという時代錯誤の趣旨でした。しかし、法的にも手続き上もそれは正しくありません。国交省から完成時期延期と工事費負担増額通知があった時点で、知事と議会が了承しなければ良いのです。県民のために正しいご判断を期待します。この点についてもご担当職員への情報提供と建設的な話し合いを切望しています。
本書に対するご回答を5月17日(金)までに頂きたく、お願い申し上げます。
以上