経済成長のための戦略特区

−原子力産業特区の提案−

東京都文京区 松井 孝司

 

アベノミクスが成功するための条件

アベノミクスの金融政策で日本経済はデフレ脱却への期待が生まれているが、アベノミクスの成長戦略で困難が予想されるのは縦割り行政が生む既得権の解体と付加価値の創造である。

TPP(環太平洋パートナーシップ協定)は交易を拡大し経済成長を促進するための手段となるだけではなく、TPPが求めるルールは参入規制で守られる医療、農業、教育など日本経済の様々な分野に存在する既得権を解体するための有力な手段になる。

TPPは一党独裁国家の法制度を変えるカードになる可能性もあり日本は米国の主張に便乗して中国外交を展開するのも一案だ。歴史を振り返れば日本経済は米国に巧みに順応できたとき発展し米国を敵に回して自滅している。TPPの外圧を利用して自ら変わることが難しい日本の縦割り行政の仕組みを変えることができれば幕末に米国から来た黒船が日本を大きく変えたように、日本のグローバル化と経済規模の飛躍的な拡大を可能にするだろう。

注目すべきは土地が狭くても単位面積当たりの土地の付加価値が大きく、住民の高所得を実現しているシンガポールやスイスの経済発展の事例である。いずれの国家もグローバル化を経済成長の糧としており、その実例研究が大前研一氏の近著「クオリティ国家という戦略」に詳しく紹介されている。

大前氏は日本という一つの国に複数の「道州制クオリティ国家」の存在を認める新たな国家モデルを提案されているが、安倍内閣は東京、大阪、愛知の3大都市圏に「アベノミクス戦略特区」を設けるという。付加価値の創造を都市部に求め国からの補助金に依存しない日本の都市部で規制緩和を行い企業が活動しやすい環境を整えようとするのは賢明な戦略であり、愛知県が有料道路運営の民間委託を目指しているのも賢明な策と思われる。収益を期待できる事業はすべて民間に託し政府自治体が税金を使って実施する必要はない。

海外からの投資を呼び込み国内企業の海外への流出を食い止めなければならないが日本国内での企業活動を阻害する要因は土地の高価格にある。土地はエネルギーと共にすべての経済活動の原資となるので土地の価格が高くては付加価値を増やすことが難しい。日本が明治維新や第二次世界大戦後に経済的大発展を成し遂げることができたのは土地の既得権が解体され土地価格が下落したからである。土地私権も経済発展を阻害する要因の一つであり解体すべき既得権なのだ。

バブル経済崩壊後に200兆円を超える膨大な国家予算が公共事業に投入されたにも拘わらず日本のGDP(国内総生産)が増大しなかったのは公的資金の大半が使用されない道路などの土地収用のための資金として消え付加価値を生まなかったからだ。

日本が世界でも稀な長期間のデフレを経験したのは円高と資産デフレの相乗効果によるもので小出しの金融緩和は全く効果が無かった。異次元の金融緩和で円高と資産デフレは止まっても土地への投機が再開されたら1980年代のバブル経済が再現し「黒田バズーカ砲」も空砲に終わる。

米国でサブプライム・ローンやリーマン・ショックによる金融危機を招いたのは1933年に制定されたグラス・スティーガル法による金融規制を骨抜きにしたからである。投機がなければ資本主義は成り立たないとする見解もあるが、投機は付加価値を生まずゼロ・サムゲームで勝者と敗者を創るだけだ。ヘッジファンドによる投機、税金の無駄遣いなど付加価値を生まない資金の流れを断つことがアベノミクス成功の条件なのだ。

 

原子力産業特区の提案

 日本国内で唯一急速な土地価格の下落が期待できるのは爆発事故を起こした福島第一原発周辺の土地である。放射性物質の汚染で立ち入り禁止となる土地を売りに出せば価格は大幅に下落するだろう。

放射性物質で汚染された土地は政府がすべて買い上げて公有地とし原子力産業特区とすることを提案したい。災害補償を含め正当な対価を払って汚染地を買収し住民を移住させることができれば放射性物質を除染するための経費が節減できるし、放射性廃棄物の保管場所の確保、原発事故からの復旧も容易になる。

原子力産業特区を創設するのは原子力関連技術者の海外への流出を防ぎ、科学技術の総力を結集して原発事故を早期に終息させるためである。特に重要視すべきはトリウムを併用して放射性廃棄物をすべてエネルギーに変換し消滅させるための技術開発だ。放射性廃棄物は捨てずに放射性物質のマイナス価値をプラスの価値に変えることができればその付加価値は計り知れず「原発はトイレの無いマンション」という批判に応えることができる。

原子炉に残る放射性物質の処理には高度の化学と核物理学の知識、無人ロボット技術などが必要になるが、放射性核種の変換や放射線を遮蔽制御する技術は他産業への波及効果も大きく核兵器廃絶への道にもつながる。

有望視されるのは放射線の医療への応用である。すでに多くの病院で放射線は病気の診断や癌の治療に活用されているが、放射線を利用する医療機器を放射線の管理、使用方法も含め医療システムとして一体化すれば核種の異なる放射性物質のパッケージ輸出が可能になる。

放射性物質の核種、線量を変え個人差、生活環境を踏まえ多様な臨床プロトコールを用意して低線量放射線によるホルミシス効果を検証すれば難病の治療に有効性が立証される可能性もある。

コバルト60などの人工放射線によるホルミシス効果は細胞レベルや小動物で多くの基礎データが蓄積さているにもかかわらず人に対する臨床データが少なく病気の治療に活用されてはいないが、ラドン自然放射線による温浴効果は古くから知られておりオーストリアのバドガシュタイン、日本の玉川温泉や三朝温泉にはリウマチなどの難病の治療を目的にリピーターとなって訪れる人は多い。ラドンなどの自然放射線は線量の制御が難しく放射線を放出して崩壊した後、鉛となって体内に残るが人体から排出されやすい核種またはガンマー放射線で同様の効果が期待できれば安全性も高いと予想される。

人体に蓄積されない放射性同位元素による人工環境を創り、放射線が人体に及ぼす臨床データを蓄積すればバイオマーカーの変動からリスクがあっても予防治療が期待できる疾患名と低線量放射線の有効な使用方法が明らかにされるだろう。放射線が病気治療に利用できると判れば原子力に対する恐怖心も払拭できる。

使用済み核燃料にトリウムを併用して小型で安全な原子力発電システムを開発し、発生する熱と放射線を利用して人工温泉を創れば原発事故で廃墟となる筈の不毛の土地がメディカル・ツーリズムの拠点に変わり健康長寿に役立つリゾート地となって蘇るかもしれない。