TPP交渉参加について

東京都文京区 橋 聡

 

201112月号のBT(ブレイクスルー=「生活者主権の会千葉」の機関紙)巻頭言でもTPPに関する内容としていました。その時から1年半も経ってやっと交渉参加とは2011年末には思いもよらぬことである。

なおかつ、TPP参加に向けた前向きな議論が国民のレベルで全くできていないことにも驚きである。自民党政権の方が抵抗勢力の医師会、農協、漁協の支援団体を抱え込み進展しにくいので、民主党政権でTPP交渉参加できると考えていたのであるが、全く逆の展開で驚きである。

政権交代時の民主党も選挙のために、既得権益の集票獲得のためにかなり無理したために、自民党時代と同様のロビー活動に影響を受けていたとも考えられる。そんな中、民主党側にあった浮動票を獲得して衆議院選で大勝した安倍政権は、簡単に農協・医師会を切り離すことができたのであろう。

 

1.21世紀のアジア経済共同体

かつて大前研一氏が提唱していた、統一通貨「アセア」を導入したASEAN中心のアジア経済共同体が最終目的である。通貨は別として、北米、EUに対抗するアジア共同経済領域の構築に向けて、TPPでの経済交渉は避けては通れない道である。

東日本大震災やタイ洪水であらわになったのは、機械や電機、自動車などの製造業でいかに国際水平分業が進展していたということである。東北やタイでの電子部品、自動車部品、の生産が途絶えた途端、欧米やアジアなど世界中の完成品生産に影響が出た。今や一国で部品から完成品まで垂直生産されるケースは少なく、さまざまな国が生産工程別に分業し、中問部品を輸出入し合う生産ネットワークが構築されている。

こうした新しい国際分業では欧州や中南米より日本を含む東アジアが突出している。そしてこの分業を支援するためには関税引き下げだけでなく、各国での投資の自由化、ジャスト・イン・タイムに向けた貿易手続きの円滑化、知的財産保護などが重要な要素になってくる。

日本が並行して交渉を進めているRCEP(東アジア地域包括的経済連携)や日中韓FTAを材料にTPPで戦略的な交渉を進めることも可能である。特にRCEPASEAN(東南アジア諸国連合)と中韓インドなどが参加しており、国際生産ネットワークへの対応では実はTPPより効果が大きく、日本にはTPPのほかにも選択肢があるということである。

また、日本は経済的にも、中国、米国とは切っても切れない関係で有り、米国との通商において、TPPは必要不可欠となってしまった。中国とは日中韓FTAで経済交渉を続けており、TPPでの合意事項が中国に対しても交渉材料となり有利である。中国は今になってTPP参加の用意があるような揺さぶりを掛けて来ているが、WTOの時のような反対で会議を壊す戦法はとれない。入口論として、共産党主導の国営企業の存在がハードルとなり、参加は困難である。

 

2.TPP交渉参加のメリットとデメリット

日本にとってのメリットは第一に、東アジアを主力とする日本企業が国際分業でさらなる進化を遂げ、グローバルな競争力を強化できることである。これは日本企業の国内雇用のTPP日本のシナリオ安定につながる。もう一つは、TPPに参加すれば企業の立地誘致競争で有利になり、国際生産ネットワークにしっかりと組み込まれることである。逆にいえば、TPP不参加なら日本は国際分業から取り残され、空洞化が加速しかねない。

但し、製造業の生産効率(物的労働生産性)は企業の生産技術によって決まる。そのため、どの国でも最新工場を建設できるなら、結局はコスト競争力のため人件費の安い国での生産が選ばれる。日本が相対的に高賃金国であるかぎり、TPPに参加してもこの海外生産シフトの流れまでは止められない。いえるのはTPPには空洞化の進行を遅らせる効果はあるということである。

デメリットとしては、第1に農業である。聖域とされる5品目(コメ、麦、牛肉・豚肉、乳製品、砂糖)を見ると、農家の親模や経営効率化の状況、輸入比率や外国産との価格差などの競争環境は品目ごとに大きく異なる。大規模化が大いに遅れている。また、コスト競争力に差がある一因はトウモロコシなどの飼料代で、日本は飼料を輸入に頼っているため、特に最近の円安進行が農家の経営を直撃している。

畜産と対照的なのが、耕地面積の制約を受けるコメや麦、砂糖などの土地利用型農業である。動物相手に24時間365日休む暇もない畜産農家と異なり、コメ生産の担い手には兼業農家が目立つ。ただ、畜産にせよ、土地利用型農業にせよ、いずれの品目も、担い手となる農家が減少し、高齢化が続いている点で共通する。

一方で、コメの消費量は863万トン(2011年度)に落ち込み、ピークをつけた1963年の6割強にすぎない。1世帯当たりの食料支出金額は11年にパンがコメを上回り、めん類も含めれば日本人の主食はもはやコメではなく小麦になっている。消費者のコメ離れの一因は、価格の高騰である。60kg当たりの平均価格は、10年度産米12711円、11年度産米15215円に対し、12年度産米は16567円と高値で推移している。

こうした状況から、日本も価格操作や関税を縮小・撤廃したうえで農家に所得補償を行うWTO対応の補助金政策に改めるべきという議論が根強い。高価格維持による「消費者負担」から、補助金による「納税者負担」に移行すべきというわけである。

しかし仮に日本で関税を撤廃すれば、新たに必要となる所得補償は兆円単位のべらぼうな金額になる公算が大きい。競争力の弱い作物であればあるほど、生産費が国際市場価格を大きく上回り、補助金は膨張するからだ。となれば、補助金の財源を賄うため消費税を数%上げるという話になるだろう。

民主党政権が10年から導入したコメの個別所得補償制度だ。同制度では10アール当たり15万円、毎年1500億〜2000億円がつぎ込まれ、生産調整に協力した農家には耕作規模を問わず、全国一律で面積に応じて均等におカネをバラまいてきた。その結果、兼業農家中心の零細農家が温存された。専業農家だけにしなかったことが間違いであった。

農業の行く末を占う手掛かりの一つが、兼業農家が引き続きコメを作り続けるのかどうか。現在、農業就業者の平均年齢は658歳。あと5年−10年もすれば、農業そのものから引退してしまう。「片手間で生産している兼業農家に退出してもらう必要がある」(農業に参入した大手企業)という声は根強いが、笛吹けども踊らず。農地の集約、大規模化はなかなか進まない。

しかし、クールジャパン、未来世紀ジパング等でTV放映されているように、健康ブームに乗って、日本の食文化が世界で注目されている、緑茶の輸出もこの10年間で10倍に躍進している。明治時代では生糸に並ぶ輸出産業であった歴史もある。日本食に合う日本の野菜も現地生産を含めて海外の日本食レストランと契約することで輸出産業として農業が大成する可能性を秘めている。株式会社化した農業経営企業に対する規制の緩和政策が急務である。

また、遺伝子組み換え食品の非表示問題があるが、日本の消費者団体が1つに纏りNGOとして消費者は遺伝子組み換え食品を非表示にする輸入業者・販売業者からは購入しないと公表するだけで解決する。消費者の購買思考は条約でも縛ることはできない。日本政府が賠償責任を問われることもない。但し、消費者団体が日本で1つに纏まらなければ意味を持たない。こうゆう時こそ、現野党女性議員が超党派で協力し、全国の消費者団体をNGOとしての組織化を支援すべきである。

 

3.非効率産業団体の敗者の論理

TPP反対論は最初から国民の賛意を得られそうにない「敗者の論理」に立脚していた。敗者の論理とは何か。農業も医療も、業界を競争にさらせば、消費者に弊害が及ぶという競争悪玉論である。競争を拒絶することで、非効率を温存しようとしたのだ。「農業がなくなってもよいのですか」という環境人質論や、「アメリカの陰謀なのですよ」というささやきは、それこそ業界自体に非効率を打開する対案がないことを自ら告白したものである。

かつて花形産業であった、パソコン、テレビなどは、コモディティ化していくと自前主義をやめて外部に生産委託するほうが有利になる。ところが、わが国のメーカーは経営資源を組織内に抱え込み、外部の資源をいかにうまく活用するかというオープン化へ発想を転換できなかった。

そうこうするうちに、AV機器、ゲーム機、パソコンというハードの市場自体がスマホに食われてしまった。「いい品質の製品を作れば売れるはず」という神話に閉じこもり、売れる仕組みを作る闘いでも敗北したのである。

経営者の力量は、他社や他業界のアイデア・技術の真贋を見抜き、自社に取り込むことができるかどうかで決まる。何を捨て、何を選ぶのか、を判断しなければならない。

農業でも製造業でも、「何を捨て、何を選ぶのか」周到な検討がTPPを生かせる。

(BT2013年6月号より転載)

 

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環太平洋戦略的経済連携協定(ウィキペディアより

1 概要

環太平洋戦略的経済連携協定は、2006528日にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国で発効した経済連携協定である。

200611日に加盟国間のすべての関税の90%を撤廃し、2015年までに全ての貿易の関税を削減しゼロにすることが約束されており、産品の貿易、原産地規則、貿易救済措置、衛生植物検疫措置、貿易の技術的障害、サービス貿易、知的財産、政府調達(国や自治体による公共事業や物品・サービスの購入など)、競争政策を含む、自由貿易協定のすべての主要な項目をカバーする包括的な協定となっている。目的の一つは、「小国同士の戦略的提携によってマーケットにおけるプレゼンスを上げること」である。

 

 1.1 環太平洋パートナーシップ協定への拡大

20103月から拡大交渉会合が始まり、アメリカ、オーストラリア、ベトナム、ペルーが交渉に参加し10月にマレーシアが加わった。201011月に開かれた2010年日本APECで、TPPは、ASEAN+3(日中韓)、ASEAN+6(日中韓印豪NZ)とならび、FTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の構築に向けて発展させるべき枠組みと位置づけられた。ASEAN+3ASEAN+6は政府間協議の段階にとどまっているのに対し、TPPは交渉が開始されている。2011年アメリカAPEC(英語版)までの妥結と結論を目標にしていたが、大枠合意にとどまり「2012年内の最終妥結を目指す」と先延ばしされている。

拡大交渉中のTPPについて、加盟国・交渉国に日本を加えた10か国のGDP(国内総生産)を比較すると域内GDP91%を日本とアメリカの2か国が占めるため、実質は日米のFTAだとする見方もあるが、あくまで原加盟国4か国間で発効している環太平洋戦略的経済連携協定の拡大 (Expansion) である。

 

2 原協定

環太平洋戦略的経済連携協定 (Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement, TPSEP) は、その名の通り、環太平洋の国々における (Trans-Pacific) 戦略的な (Strategic) 経済連携協定 (Economic Partnership Agreement) である。 200563日にシンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4か国間で調印し、2006528日に発効した。

当初は、Pacific Three Closer Economic Partnership (P3-CEP) として知られ、2002年にメキシコのロス・カボスで開かれたAPEC首脳会議でチリ、シンガポール、ニュージーランドの3か国間で交渉が開始された。20054月に開かれた5回目の交渉会合で、ブルネイは完全な交渉当事者として加わった。 この成立の経緯から、この貿易圏を構成する原加盟国4か国は Pacific-4 (P4) と呼ばれるようになった。

拡大交渉中のTPP協定と区別するために、原協定 (original agreement) は、P4協定 (P4 Agreement) と呼ばれることがある。

条文は、ニュージーランド政府サイト上で公開されており、日本語への私訳も複数存在している(日本政府からは、農林水産省から第3章の仮訳が公開されているのみである)。

 

 2.1 原協定の構成

 主文 (Main-Agreement) 序文 (PREAMBLE)

 1 設立条項 (INITIAL PROVISIONS)

 2 一般的定義 (GENERAL DEFINITIONS)

 3 物品の貿易 (TRADE IN GOODS)

 4 原産地規則 (RULES OF ORIGIN)

 5 税関手続き (CUSTOMS PROCEDURES)

 6 貿易救済措置 (TRADE REMEDIES)

 7 衛生植物検疫措置 (SANITARY AND PHYTOSANITARY MEASURES)

 8 貿易の技術的障害 (TECHNICAL BARRIERS TO TRADE)

 9 競争政策 (COMPETITION POLICY)

 10 知的財産 (INTELLECTUAL PROPERTY)

 11 政府調達 (GOVERNMENT PROCUREMENT)

 12 サービス貿易 (TRADE IN SERVICES)

 13 一時的入国 (TEMPORARY ENTRY)

 14 透明性 (TRANSPARENCY)

 15 紛争解決 (DISPUTE SETTLEMENT)

 16 戦略的連携 (STRATEGIC PARTNERSHIP)

 17 行政および制度条項 (ADMINISTRATIVE AND INSTITUTIONAL PROVISIONS)

 18 一般的条項 (GENERAL PROVISIONS)

 19 一般的例外 (GENERAL EXCEPTIONS)

 20 最終規定 (FINAL PROVISIONS)

 

3 拡大交渉

原協定の第20 最終規定の第1条および第2条において、「別段の合意が無い限り、この協定に投資に関する章と金融に関する章を盛り込むことを目的として、この協定の発効(2006528日)から遅くても2年後までに交渉を開始する」と定められている。 これに従い協定の拡大交渉会合が開かれており、現在も続いている。

 拡大交渉に伴い、拡大交渉中の協定は 環太平洋パートナーシップ協定 (Trans-Pacific Partnership, TPP) と表現されるようになったが、内容は、環太平洋戦略的経済連携協定 (Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement, TPSEP, P4) の拡大である。