異次元の経済成長を!−民主党政権の失敗に学ぶ−
東京都文京区 松井 孝司
民主党政権で官房長官、経済産業相を歴任した枝野幸男氏は「脱近代化」を提唱し、経済成長期の政治の役割は「富の再分配」だったが、低成長の時代に入った日本はコストやリスクを公平に分担する「負の再分配」の時代に入ったとして「成長幻想や改革幻想といった夢から覚めて、その現実に向き合わなければならない」と主張したが、このような認識では民主党への期待を失うのも当然だ。民主党政権はマニフェストで公約した公務員制度「改革」を実施せず、マニフェストに無かった消費税を増税する「負の分配」政策で国民の信頼を失ったのだ。
民主党は2030年代までに原発をゼロにする「脱原発」政策を推進しようとしたが、原発ゼロで最も喜ぶのは日本の弱体化を歓迎する中国と韓国だろう。原発をゼロにすれば化石燃料の輸入増加で年間3兆円以上の富が海外に流出するだけではなく、太陽光発電など効率が悪い再生可能エネルギーの拡大のためには約100兆円の巨額の資金を必要とし、コスト高で国民総生産(GDP)は50兆円近く落ち込み、失業者は200万人増加するという試算もある。
1000兆円を超える巨額の債務を抱えながら年間約1兆円の社会保障関係費が増大する日本の財政健全化にはアベノミクスが目標とする名目GDP 3%の経済成長では不十分であり4%以上の異次元の経済成長でGDPを倍増させなければ財政の健全化は難しい。化石燃料資源が乏しい日本が4%以上の経済成長を実現するには付加価値の大きい原子力エネルギーを活用する以外に選択肢はなく「脱原発」を推進すれば日本の財政健全化も幻想で終わるだろう。
先の総選挙と参議院選でアベノミクスを批判し「脱原発」を唱えた政党が伸び悩んだことは日本にとって幸いであった。デフレ脱却を目指すアベノミクスの延長線上にしか日本再生の道は残されていないと思われるからである。国会議員が激減した民主党にとっても組織再編と優秀な人材を公募するチャンスになるかもしれない。民主党には幹部を総入れ替えする解党的出直しが必要であり、自治労、日教組に依存しない組織への再編と先見力と問題解決力を兼ね備えたキャリア官僚OBの取り込みを勧めたい。
日本の人口減少も海外から人材を受け入れるチャンスである。シンガポールの移民政策を参考にして人材受け入れのための法制度を確立すべきだ。日本が4%以上の経済成長を実現するためには人口減少を放置せず新しい制度と付加価値が大きい新技術を積極的に採用して低成長から脱却しなければならない。旧制度・旧技術を創造的に破壊し、新制度・新技術のリスクを取る勇気とリスクを回避する知力が求められるのだ。
本年5月24日に「マイナンバー制度」の関連法が成立し、2016年1月から運用が開始されることになった。「国民総背番号制」などと呼んで反対する人もいるが、マイナンバー制度を利用して電子政府、電子自治体を実現すれば行政コストの大幅な削減が可能になる。リスクを恐れ「問題を起こさない」ことを優先させて複雑なシステムを作っていては駄目である。法律で決められた定型業務はコンピュータに任せた方が正確で処理も早い。効率化のためには多少のリスクは許容することが肝要だ。マイナンバー制度を日本に長期滞在する外国人にも適用し株式取引、銀行口座に使用を義務付ければ所得税収の改善に大きく寄与するだろう。「個人情報流出のリスク」を煽る政党やマスメディアは無視して、課税制度も簡素化し付加価値を生まない行政コストは極限まで減らし税金が少なくてすむ小さな政府実現の必要性を国民に辛抱強く説得すべきだ。
福島第一原発の事故で風評被害が拡大したのは民主党菅内閣の事故対策の拙さと低線量放射線のリスクを正しく伝えず国民の放射線に対する恐怖心を増幅させたマスメディアの無責任な報道によるものであるが、原発の停止が電力会社の財政基盤を弱体化させ地域独占の日本の発送電システムを創造的に破壊するチャンスとなった。
福島の放射線汚染地を年間被ばく線量1ミリシーベルトまで除染すると5兆円以上かかると試算されている。この除染経費は東京電力の力量を超えることは明らかで除染事業に巨額の税金を投入しては財政の健全化にも逆行する。
年間放射線被ばく線量1ミリシーベルト(=自然放射線のレベル)と「直線しきい値なし(LNT)仮説」の提唱は1958年の国連科学委員会で出された「放射線はどんなに少なくても危険」とする遺伝学者の意見によるものである。現在では生化学や医学、薬学分野の研究者による細胞レベル、小動物の実験から遺伝子(DNA)損傷と修復のメカニズムが解明され、多くの動物がDNA修復酵素と障害をうけた細胞をアポト−シスで除去する機能をもち放射線に抵抗力をもつことが判明している。人体も放射線に対して適応反応を示す閾値をもち、低線量ではLNT仮説が成立しないことが明らかにされている。(Radiology,2009
April;251(1):13-22参照)
専門家は視野が狭い上にこだわりが強く専門バカになりがちで先見力に欠けることが多い。専門家の意見を参考にすることは重要であるが、政治家に求められるのは問題解決力である。
原発事故による風評被害と住民の避難生活を早期に終息させるために最新の研究成果と放射線被ばく事例の疫学データにもとづき個人差、年齢差、放射性物質の体内動態も考慮して核種ごとに許容できる放射線の上限の線量基準を早急に決める必要がある。動物実験から推定すればガンマー放射線による外部被ばくなら年間100ミリシーベルトの線量でも実害は少なくホルミシス効果でむしろ健康に良いとする俗説も嘘ではない。
事故を起こした原子炉が核分裂反応を停止した後も発熱をつづけるのは放射線の放出が止まらないからである。長期に亘る放射線の放出が廃炉処理を困難にしており、現行の原子炉は爆発事故を起こしたら採算が採れないことも実証された。水蒸気だけでタービンを回す巨大な原発はエネルギーの熱利用効率も悪く前世期の恐竜や20世紀前半に活躍した蒸気機関車のような存在で近い将来廃炉により消滅する運命にある。軽水炉型原子炉は現在世界の80%以上のシエアを占めているが技術革新の余地は大きい。
原子炉が放出する放射線の本体は太陽光や宇宙線と変わらない空間を飛ぶエネルギーである。エネルギーが強すぎるため人が直接浴びればリスクは避けられないが化石燃料とは異なり大気の汚染が少なく環境にやさしいクリーン・エネルギーである。用途も多岐にわたり発電のためのエネルギー源となるだけではなくガソリンに代わる水素の製造、医療分野、農作物の育種、食品保存など多くの産業分野での有効活用が期待できる。
高付加価値の新産業を創るために放射線のリスクを回避できる安全な原子炉の研究と技術開発を推進し、高速増殖炉「もんじゅ」で蓄積した技術と軽水炉原発が残す核廃棄物を再利用して低コストの小型原子炉を開発し、遠距離送電の必要がない高効率の地域分散型発電システムを実現できれば、「禍は転じて福」となり新しい付加価値の創造で日本の経済成長に大きく貢献するだろう。