東電料金を値上げし、消費増税は延期する
東京都小平市 小俣 一郎
東日本大震災で福島第一原発の事故が発生してからもうすぐ2年半になるが、ここにきて汚染水の問題が実に深刻であることが改めて明らかになった。被害者への補償の問題も先が見えていない。作業員の被曝の問題もある。福島第一原発の事故は「収束」には程遠い状況にある。
技術的な問題はもちろんだが、「カネ」をどうするかも大きな問題で、事故処理にはもちろん、汚染水対策にも、補償にもこれからまだまだ多額のカネがかかる。安倍首相は政府が前面に出ると言っているが、安倍さんは、何をどこまで、どのように行うのであろうか。
カネの問題を進展させるには、端的に言って、「電気料金の値上げ」か「税金=増税」の2つの選択肢しかない。東京電力が対応するにしても国が前面に出るとしても、結局は何らかのかたちで国民がカネを負担するしかないのである。
ならば、原発事故対処に使途を限定した「電気料金の値上げ」を選ぶべきではないかと私は考える。その方が住民の選択肢が増えるし、経済にも刺激を与えるからだ。税金だと国民はそれを避けることはできないが、料金の値上げであれば住民には対処を工夫する余地が残る。
そこで私は「東電料金を値上げし、消費増税は延期する」ことを提案したい。東京電力の料金を20〜30%、場合によってはそれ以上値上げして、その代りに消費税の増税を延期するわけである。例えば、来年26年の4月に東電料金を20%値上げし、27年の4月には状況によりさらに値上げをする。そして消費税の増税は28年以降に延期するのである。
その利点を整理すると、
1.東電料金を原発事故対処目的で値上げすることにより、被害者への補償等が格段に前進する
2.東電料金が上がることにより、自然エネルギーや他のエネルギー等との価格差が縮まり、必然的に他の需要が増加し、それは関連企業にも波及し、経済が活性化する
3.首都圏における電気の自給自足化が進み、災害にも強くなる
4.東電の料金のみを大幅に上げることにより、首都圏への人口集中の流れを止めることができる
5.消費増税を延期することで、東電管内の住民の負担も相対的には軽減される
等を上げることができる。
東京電力のHPに掲載されている業績を見ると、2013年3月期の電気料収入はおよそ5兆3千億とある。つまり原発事故対処目的で20%の料金値上げを行えば、およそ1兆円の対処費増が見込めるわけで、被害者への損害賠償等はかなりの速度で進めることができる。実際の料金の値上げは来年4月から行うとしても、それを前提に政府が資金を貸与すれば、すぐにでも、より範囲を広げて補償を行うことができるはずである。
現実問題として、福島第一原発周辺の土地は広範囲に買い取るしかないであろうし、各地に放置されている汚染された廃棄物等もそこに集めるより手立てはないのではないか。また帰宅可能地域であっても、放射能被害を恐れて故郷を離れる選択をした人々が多くいるが、その人たちにも補償の手を差し伸べるべきである。補償は徹底的に、範囲を広げて、しっかりと行うべきではないか。
事故で被害を受けた人たちはいまでも未来への展望が開けずに苦しんでいる。しかし東電利用者の多くにはそのような苦しみはない。ここは東電への怒りや不満はひとまず横に置いて、東電利用者はその苦しみを少しでも分かち合うべきではないだろうか。料金値上げという形ででも、まずは被害者の救済を急ぐ必要があるのではないか。
さて、東電料金の値上げは当然利用者に降りかかってくるわけだが、増税だと住民には選択の余地はないが、電気料金であれば「買わない」という選択肢が出てくる。ここが増税よりこちらの方が優れていると考える大きな理由の一つである。例えば、@自然エネルギー等を活用して電気を全部、あるいは一部自給する、A東京電力以外のところから電気を買う、B東京電力管内から引っ越す、といった選択肢が考えられる。もちろん、C節電という方法もある。
東京電力の料金が上がれば、人々は値上げによる損失をできるだけ少なくしようと自衛を開始し、いまよりさらに工夫を重ねるだろう。また他の発電システムの価格が相対的に下がることになるわけだから、間違いなくそれは新たな需要を喚起することになる。新規に太陽光発電や他のシステムを導入する人が増えれば、それを梃子に経済は活性化するのではないか。
一般企業も電気を東電に頼るのではなく、いま以上に自給する方向に向かうだろうし、余った電気を売ろうとする企業も増えることだろう。新たに発電業に進出するところもあるかもしれない。需要が発生すればいろいろと知恵を出してもうけようとする企業が続発するはずである。
自然エネルギーへの転換や新エネルギーの開発には誰もが、与党も野党も賛成する。しかし「補助金」以外の具体策がなかなか見えてこない。自然エネルギーや他のエネルギーの問題点は「高い料金」である。そこで発想を逆転させて「東電の値段を上げることで価格差を少なくする」ことによって他の競争力を高めるのである。その需要が増えれば技術革新も促進されるだろう。そうすれば、結果価格も安くなっていき、さらに広く普及していくという良いサイクルができるのではないか。
いま国民の多くは電気を原発に依存しないことを求めているが、具体的にどのような道筋を考えているのだろうか。自然エネルギーや他のエネルギーに切り替えれば当然いまよりも電気料金が高くなるわけで、東電料金の値上げはそれを前倒しに行なうことと割り切って考えることもできるのではないか。
自衛の究極の形は電気の自給自足だろうが、そのカギを握る蓄電池への需要も東電料金の値上げで間違いなく増えるだろう。蓄電池としての電気自動車の需要も増大していくことが予想される。
最近はいろいろなエネルギーを組み合わせた住宅が販売されており、電気効率のよい家が増えているが、それらもさらに増えるだろう。
電気の自給率が高い住宅が増えていけば、住宅の耐震化等と合わせて、それこそ多くの家が「城」のように強くなれるのではないか。個々の家が、ビルが災害に強くなれば、地域も災害に強くなる。
最近局地的な豪雨が非常に多いが、落雷等の原因も含め、停電するところが多くなってきている。もし各家庭が太陽光発電等で発電を行い、余剰電力を蓄電池に貯めることができれば、短期的には停電の心配もなく、災害に対してよりゆとりを持って対処できる。自然災害の多い日本においては、個々の家を、ビルを「城」化させることは災害低減化のための切り札になるのではないか。
この私の案のもう一つの大きなポイントは、電気料金の大幅な値上げをするのが「東京電力のみ」であるということである。
東電の料金が他よりも一段と高くなれば、相対的に他の地域の電気料金は安くなるわけで、電気を多く使用する産業は東電管内を離れ、他の地域に移る可能性も出てくるだろう。少なくともわざわざ電気の高い東電管内に引っ越してこようとはしないだろう。一般の人にも同様の現象が出る可能性がある。つまり、首都圏への一極集中の流れをこれにより止めることができるのはないか。
首都圏への一極集中の是正の必要性が叫ばれてから多くの年月が過ぎているが一向にそれが実現しない。この電気料金の差は、損得の観点から人を動かし、結果その改善策にもなるのではないか。
今年は関東大震災から90年である。首都圏にいつ大地震が起きてもおかしくない。その被害をできるだけ最小限にとどめるためには、いろいろな災害準備も必要だろうが、これ以上首都圏に、特に首都圏の中心部に人口を集中させないことが、いや減少させていくことが重要だろう。
消費増税を予定通り来年の4月から実施するかどうかが近く決定されるが、消費増税により経済が冷え込み、結果かえって税収が下がってしまうことも懸念され、反対の声も大きい。ならば消費増税は延期して、この東電料金の値上げによる経済活性化策を実行してはどうか。
電気料金が上がり、その上に消費増税では、首都圏の住民の負担は大きくなりすぎるが、消費増税が延期になれば、当面は家計から出るカネは消費増税よりは少なくて済む。もし28年4月から消費増税が行われるとしてもそれまでには自衛対策も格段に進むだろう。
日本の経済を活性化するためには、国内に眠るカネを動かす必要がある。この東電料金のみの大幅な値上げはそれを促す契機となるのではないか。強制的に差をつくることで、眠っていたカネが、首都圏に集まりすぎたカネが、人が動ごき出せば、日本経済は好転していくのではないか。
またこれは、力のある首都圏でこそ可能な「原発依存から脱するための壮大な実験」とも言える。
もちろん私の思惑通りには進まないかもしれない。しかし原発事故の被害者に対する補償は間違いなく、格段に前進する。それだけでも試してみる価値があるのではないか。