患者個人が見た患者申出療養制度の本質

 

                        混合診療裁判原告がん患者 清郷 伸人

 

先ごろ安倍首相が「患者申出療養制度」(以下、新制度という)を創設すると明言した。これは現行の保険外併用療養費制度が難治患者の治療にほとんど寄与しない砂上の楼閣であることを認識した上での決断である。難治患者の治療にあたっている臨床現場からは、先進医療制度も保険外併用療養費制度も実際には使い物にならないという声が挙がっている。

これに対して新制度は、難治患者と医師が同意した治療効果の可能性がある自由診療を迅速な審査を経て、一定の規模とレベルの医療機関で堂々と行えるわけで、難治患者に真に希望をもたらすものといえる。決定的に重要なのは、その審査が患者の治療効果という観点から導入承認に基本的に前向きと考えられることで、先進医療制度や保険外併用療養費制度の審査のように患者の治療効果よりも薬事法などの法的観点や研究可能性を優先させて基本的に後ろ向きなのとは対照的であるということである。   

しかし新制度の概要が明らかになってみれば、市民感覚にはこんなことは当たり前であって、難治患者を縛り付けて斃死させてしまう今の理不尽な制度がまかり通っているのが異常なのである。ただ首相が明言したからといって油断はできない。来年の通常国会で新制度が改変されることなく法案として成立するまでは、狡知に長けた官僚によって骨抜きにされないよう監視しなければならない。

 

そもそも混合診療(新制度の実質)は個々の難治患者の生存への自己決定権の問題である。医師会や患者団体が情報の非対称性をもって患者を愚か者扱いするが、患者も家族も難治疾病に対して真剣に学び、考えるものである。標準治療である保険診療を投げ捨てて自由診療に殺到するほど患者は愚かではない。ただ生死を分けるような病勢、病状に至ればリスクを承知で先進医療に賭けなければならないこともある。リスクを取りたくない患者は保険診療だけで終わればよい。しかし自分がやらないからといって先進医療に賭ける患者の邪魔をしてはならない。個々人の治療選択の自由すなわち自己決定権は保障されるべきである。

日本難病・疾病団体協議会の水谷事務局長は新制度に対し「混合診療のなし崩し的な解禁は、憲法に基づき健康権を保障した国民皆保険制度の原理原則に関わる。本来、患者にとって必要なのは、混合診療原則禁止を堅持した上で、患者が支払う負担金が高額になったときに一部が払い戻される高額療養費制度の限度額引き下げと給付率の引き上げだ。現行制度を改善し、難病患者らの負担の軽減することが先決ではないか」と述べている。これは新制度の本質を理解していない発言である。新制度は健康権を保障した国民皆保険制度よりも難治患者の生存権の方が上位にあるとするものである。国民皆保険制度の本質は水谷氏の発言が示すように国民の医療への経済的保障であって医療そのものを縛る機能はない。従って患者が全額負担する自由診療は町にあふれている。そのような国民皆保険制度よりも難治患者の生存権の保障が優先するというのが新制度の本質なのである。その上で指摘したいのは、混合診療が国民皆保険制度を壊すというのは証明されていない仮説だということである。医師会も患者会もそれを念仏のように唱えるが、混合診療がどのようにして国民皆保険制度を崩壊させるかの合理的な説明に接したことはない。 

医師会や患者会は国民皆保険の崩壊の一例として医療格差が拡大するとか命が助かるのは金持だけになると指摘するが、現行制度は保険診療も自由診療も全額自費負担できる真の金持だけが先進医療の恩恵を受けられるようになっているのであり、新制度になると保険診療には保険が使えるので普通の市民もより安価にその恩恵を被ることができるわけで指摘はまったく的外れなのである。また先進医療は不当に高額であり、怪しい危険な治療であり、実験のモルモットにされるというならば受けなければいいのである。他の患者がそれを承知で受ける自由を阻止する権利はない。さらに混合診療を解禁すると先進医療がいつまでも保険に収載されなくなるという議論があるが、そもそもそんなリスクのある治療は収載されるべきでないし、リスクを覚悟で難治患者が受けた先進医療の有効性と安全性が確認されれば普及の声が高まり保険に収載されずに済むはずがないのである。医師会や患者会の反論にはこのように冷静なリアリズムが欠けており、偏った前提に基づいた想念を振りまいているようにしか見えない。 

新制度を潰したい勢力からは混合診療を求める患者の声が聞こえないという指摘があるが、医師会とか患者会という団体は思惑があって声が大きいが、個人の集まりであるサイレントマジョリティーは声を挙げないから当然である。しかし腎臓がんが骨に転移したため混合診療を受け、軽快と存命を得られた経験から混合診療解禁の訴訟を起こした筆者には、保険診療と自由診療で病院を分けるなどして隠れて混合診療をしている難治患者や主治医に内緒で免疫治療など自由診療医院に通っている進行がん患者、未承認薬を個人輸入している難治患者など混合診療を切望しているサイレントマジョリティが見えている。難治患者には混合診療が公に認められて保険医である主治医がやってくれたらどれだけ安全で精神的、肉体的、経済的負担が軽減されるか計り知れない。また医師にとってもその臨床データの蓄積が医療の進歩に寄与する可能性は大きい。

最後に、新制度においても難治患者に高額な医療を勧めるなど制度を悪用する医師は必ず現れるが、それでも大多数の難治患者にとってメリットははるかに大きいことを指摘しておきたい。少数の事故でワクチン後進国となり、圧倒的多数の子供や国民を危険にさらしている愚策を繰り返してはならない。

(医療ガバナンス学会 MRIC  No142 2014624日より)