日本経済の長期停滞と持続的成長−歴史は繰り返す!

東京都文京区 松井 孝司

 

資本主義は終焉するか?

水野和夫氏が著書「資本主義の終焉と歴史の危機」(集英社新書)で指摘するように金利ゼロでも投資が行われず、資本が利潤を生まない状況が常態化すれば資本主義は終焉を迎える。しかし、水野氏の主張とは異なり、低迷していた社会主義国家でも金融資本が経済を主導するようになり、中国は市場の競争原理を容認する国家になって社会は激変し、経済成長と世界経済のグローバル化が大きく寄与して短期間に日本を超える経済大国になった。資本家不在でも政府が主導する資本主義が存在するのだ。

円高で長期に亘り停滞していた日本経済も日銀による異次元の金融緩和で円安となり株価は上昇し、民間企業も遊休資本の活用に目覚めつつあるので日本の企業家に先見力があれば水野氏の指摘は当面杞憂に終わりそうだ。

日本が抱える最大の難題は1000兆円を超える巨額の公的債務の解消である。日本政府の債務は増税では返済不能の規模に達しており、巨額の累積債務を抱える政府にとって貨幣価値を下落させ借金を目減りさせるインフレ策は避けることができない政策である。金融緩和でハイパーインフレになると心配する人が多いが、2%のインフレ目標の設定はハイパーインフレを防止するための政策でもある。

しかし、高齢化による社会保障費の増大、少子化による人口減少により日本経済の停滞がつづき国内総生産(GDP)が増えず税率を上げても税収が増えなければ公的債務は無限大に向かって拡大し、いつの日かハイパーインフレを引き起こして財政破綻が顕在化する。財政破綻の回避には名目GDPを倍増させることが至上命令であり、GDP対比の債務比率が許容範囲に下がるまで金利、インフレ率を上回る「異次元の経済成長」をつづけなければならない。

水野氏は16世紀末から17世紀初頭にかけてイタリアでは銀がだぶついても投資先がなく利子率が著しく低下したが、21世紀になって世界中で資金がだぶつき同じ状況が生じているのは「資本主義の終わりの始まり」であるという。

歴史を振り返れば経済の高度成長が実現するときは社会の制度、価値観が激変し、既存の社会システムを創造的に破壊しイノベーションが実行されるときである。社会は停滞と成長を繰り返し、中世は経済的には長期停滞の世紀であった。長い間人びとの生活と価値観が変わらなかったからである。19世紀以降化石燃料の発見で人びとの生活と価値観が激変し、科学技術によるイノベーションで社会の近代化が促進され経済の持続的成長が可能になった。20世紀以降は経済のグローバル化で交易による経済成長が促進される一方で貧困層が世界経済に巻き込まれて経済格差を拡大しているが、国民の価値観が激変するとき破壊的イノベーションによる経済の高度成長が期待できる。

コーネル大学ジョンソンスクールのスチュアート.L.ハートは「未来をつくる資本主義」(英治出版刊)の中でグローバル企業の持続可能な成長には創造的破壊とボトムアップ型イノベーションが重要であることを指摘し、BOPBottom Of Pyramid=貧困層)のピラミッドを底上げする新しいビジネスモデルを提案している。このモデルはシュンペーターの経済思想を具体化するもので民間企業だけではなく、政府、地方自治体にとっても有用なモデルになると思われる。

貧困層は経済成長にとって排除すべき存在ではなく、経済格差と貧困は経済成長の原動力になるのだ。経済のグローバル化は世界の貧困層を我が国経済に取り込むことになり、日本経済の成長にも大きく寄与する。資本が生む利益により貧困層の生活の質を高めることは文化的に多様なコミュニティーを構築し持続可能で環境に優しい新ビジネスを生み出す契機になる。貧困層を底上げする新ビジネスの育成には既存のシステムを創造的に破壊し、破壊的イノベーションを実現する新しいアプローチが必要だ。

 

道州制は破壊的イノベーションの手段になる!

日本が19世紀末期に近代国家として奇跡的な経済成長を実現したのは幕藩体制と非生産的な武士社会を創造的に破壊し、明治政府が高給でお雇い外国人を採用して科学技術による破壊的イノベーションを断行したからである。明治維新は江戸幕府と各藩の武士が持つ既得権の解体であった。幕藩体制を破壊し税収を一本化して国内の富を集中させる中央集権化は「富国強兵」策を墜行するための手段であった。

19世紀後半から20世紀前半は戦争の世紀であり、世界中で戦争による創造的破壊を繰り返し、敗戦国でも焦土の中で経済の復興を果たし貧富の格差を是正しながら経済の高度成長を実現している。第一次世界大戦は敗戦国ドイツの奇跡的成長を促し、日本でも輸入品を国産化する契機になり軽工業から重化学工業へ日本経済の質的転換を促進した。

第二次大戦後も大規模に破壊されたドイツと日本が世界の自由主義国家群の中で経済成長の模範生になった。中国が社会主義市場経済で高度成長を実現できたのも毛沢東と紅衛兵による文化大革命の大規模な破壊活動が先行したからである。

戦争直後の日本は戦争で破壊された産業の振興に資本と資源を集中させる必要があったため中央集権制が有効に機能してきたが、産業の再興を果たした現在は肥大化した政府が地方経済自立の阻害要因になっている。日本政府の巨額債務の累積も中央集権制が東京への一極集中を促し地方交付税などで地方経済を弱体化させた結果である。

日本経済が過去20年間低成長をつづける原因は付加価値を生まない政府主導の資金循環と中央集権制の国家のシステムにあり、破壊すべきターゲットは1000兆円の借金を抱え既得権益化した大きな政府の仕組みである。道州制は140年以上経過し制度疲労を起こしている日本国家の中央集権制の仕組みを戦争以外の方法で創造的に破壊し、平穏裏にイノベーションを実現する具体的な手段になる。

明治維新における中央集権制は明治4年の廃藩置県、明治5年の学制改革と明治6年の地租改正のシステム改革で達成された。したがって平成版システム改革の主な対象も行政改革、教育システムの改革と税制の改革になる。税制は国民の意識と価値観を変え国民の行動を変える。少子高齢化に対応できる財政の健全化が最重要であり、金融緩和で投機によるバブル経済を再現しないように付加価値を生まない資金の流れを規制するなど不合理税制の改革で税の自然増収を図らねばならない。

中央政府と地方自治体がさまざまの規制により創り上げた既得権を道州制により解体した後、持続的な経済成長を可能にするイノベーションの具体策も提示しなければならない。赤字続きの旧国鉄が地域分割と民営化で蘇ったことは道州制による破壊的イノベーションの先行モデルになる。都市中心部から離れた生産性の低い地域こそ再生可能エネルギーの利用に適した地域として大きな可能性を秘めており、未来志向の持続可能な生活スタイルを構築できれば新しい消費需要を開拓できる。

1912年にシュンペーターが刊行した「経済発展の理論」は資本主義の本質を語るときに欠かすことができない見解であり、ケインズの主張とは正反対の理論である。米国が大不況であった1930年代にハーバード大学教授であったシュンペーターは受講生に向かって「不況を心配することはない。資本主義にとって不況は適当なお湿りなのです」といったと伝えられる。シュンペーターによれば不況は新しい結合(イノベーション)を生むための動的過程であり、不況は生産過程の創造的破壊とイノベーションにより動的に克服されると考える。価値の創造とは新しい結合、新しい関係性の創造であり価値観を改めれば付加価値の創造に終焉はない。貧者と冨者または政府(貨幣発行者)を結合して相互依存関係を構築することは新しい付加価値の創造により貧富の格差を是正し経済成長を促進する。

シュンペーターは価値の媒体となる貨幣を発行する銀行の信用創造を重視する。投資を行う銀行家こそ真の資本家であり、イノベーションに成功した起業家が銀行に利潤の一部を支払う利子率の変動も資本主義の動的過程の一つと考える。ICTInformation & Communication Technology)の進化で40年前には存在しなかった無店舗で高効率の銀行が誕生し、国境を越えた電子商取引が行われるようになり、利子率が低迷するなかで膨大なマッチング・ビジネスが誕生していることは動的変化の一例である。

本年度のノーベル経済学賞を受賞したプリンストン大のアンガス・ディートン教授は貧困層の研究から「幸福感は収入の増加に比例して大きくなる」ことを明らかにした。収入と幸福感は不可分の関係にあり貧困からの脱却を否定する人はいないだろう。

日本の利子率低迷、BOP(貧困層)の存在と長期に亘り停滞する日本の地方経済は新しい価値創造の源泉になる。駅前のシャッター街、廃墟になる寸前の空き家、処理に困る産業廃棄物や耕作放棄地など遊休不良資産とBOPの新結合は新しいビジネスの誕生と日本経済を成長に導く契機になる。

BOPにチャンスを提供し新結合を促進するためにマイナンバー制度が利用できるかも知れない。政府の新戦略推進専門調査会マイナンバー等分科会はマイポータル/マイガバメント(仮称)を開設して官民の情報連携サービスを実現するという。

プライバシーの不当な侵害を許さないようにマイポータル/マイガバメントの管理は政府、自治体から独立した非権力非営利のICTセキュリティ専門のクラウド組織に担当させ、個人情報が権力者や悪人に悪用されないよう罰則を強化するなど万全の措置を講じた上でチャンスを求める人は個人情報を積極的に公開することが望ましい。個人情報の公開を拒否し、社会から逃げ隠れする人にチャンスは訪れないからだ。

「価値創造」は新しい結合を創りだす知力さえあればいつの時代でも可能である。過去に囚われることなく発想を転換すればイノベーションは繰り返され持続的な経済成長が可能になるのだ。

水野氏が指摘するような「資本主義の終焉」を迎えるときは経済成長がマイナスになっても肥大化した国家のシステムを創造的に破壊する勇気を持つ政治家が現れず、国民に中に新しい価値を創造する知力を持つ起業家がいなくなるときである。

 

参照:異次元の経済成長を!(生活者通信メルマガ版115号)

http://www.seikatsusha.org/merumaga/101-120/vol-115.htm