税金の効用と副作用−消費税とマイナス金利
東京都文京区 松井 孝司
消費税の実態は法人税−中小、小規模事業者を弱体化する!
アベノミクスが期待通りの経済効果を生まないのは金融緩和と財政出動というアクセルを吹かしながら消費税の増税というブレーキを踏んでしまったからである。アクセルとブレーキを同時に踏んだら前進することはできない。
減税を行ってデフレ経済を克服すべき時に「社会保障と税の一体改革」と称して納税の実態を調べることなく机上の計算にもとづき消費税の増税を決めたのは間違いであった。生活保護、障害者支援以外の社会保障は受益者負担を原則とし必要経費は保険料で充当すべきだ。
消費税の納税は事業者が毎年確定申告を行って納税義務を果たしているが、消費税は消費者負担分の預かり金という名目で強引に徴収されるので収益の少ない弱小の事業者には耐えがたい過酷な税制になっている。
消費税を導入した1989年(平成元年)以降、日本経済は迷走をつづけ消費税は増収になっても国内総生産(GDP)が増えないため税収総額は減少の一途をたどり、政府のGDP比債務残高は249%に拡大してしまった。(2016年度 IMFによる推計)
消費税の実態は中小、小規模事業者を弱体化する法人税であり、従業員の給料を上げるどころか消費税滞納に対する追徴課税のために倒産する事業者もある。年間約6000億円の税金滞納額の50%以上が消費税の滞納であり、地方消費税を含めた消費税の累積滞納額は数兆円の規模に達するのではないか?
小規模事業者が過酷な消費税の徴収を容認しているのは売上1000万円以下の事業者が納税義務を免除されているからである。売り上げ5000万円以下の事業者も「みなし仕入れ率」で消費税の確定申告に曖昧さが許され「ねこばば」しやすい税制になっていることが救いなのだ。
注目されるのは非製造業を対象とした中国の税制改革である。中国では企業の売り上げにかける「営業税」を廃止し、粗利にかける「増値税」に一本化したという。(日本経済新聞2016年5月2日朝刊)
領収書発行の専用機器が必要になるため企業の事務負担は重くなる。しかし、不動産の場合税率は「営業税」3%から「増値税」11%に税率は上がっても実質的には減税になり、税制改革による減税規模は3000億元になるとされる。
サービス業など輸出がなく仕入れが少ない非製造業の場合、日本の税制では収益が売り上げの10%以下で売上の8%課税は粗利に対して80%以上の税率になり、納税で利益は吹き飛び弱小企業を債務超過に追い込む。2015年の倒産件数8812件に対して休廃業や解散した企業は26699件もある。アベノミクスで倒産は減ったようにみえるが2000年と比べれば事業継続を断念した企業が6割増え、倒産件数は3倍に達する。
日本の企業総数約390万の99.7%を占める中小、小規模事業者の収益が増えなければ日本経済の成長は無い。資金循環の不合理が日本企業を弱体化させ日本経済を迷走させるのだ。
安倍内閣が国民の消費、産業活動に悪影響を及ぼす税率10%への消費増税を2年半延期することを決断したのは賢明であった。2年半の延期期間を消費税納税の自動化、ICT化(コンピュータ化)を促進してインボイス方式の消費税(=付加価値税)に変更する準備期間に当て納税事務の簡素化と効率化で事業者の負担を軽減し、付加価値が少ないサービス業、農林業などの事業に対しては消費税の税率ゼロまたは5%の軽減税率を導入し、売り上げ1000万円以下の小規模事業者にも収益に応じた税負担を求める税制に是正すべきだ。
2020年度までに名目GDP600兆円を達成し基礎的財政収支を黒字化するには減税を含む合理的な税体系の確立が不可欠である。
マイナス金利はメリットが多く副作用の少ない金融資産課税である!
マイナス金利は元日銀マンの深尾光洋氏が2001年刊行の著書「日本破綻」(講談社現代新書)でデフレを脱出し財政破綻を回避するために提案した処方箋の一つであり、強力な実物資産の買いオペで量的金融緩和を行っても効果が不十分なときデフレが継続する期間だけ政府が保証する金融資産の残高に課税する政策である。
マイナス金利政策は金利で稼ぐ銀行には不利だが借金返済に苦しむ中小、小規模事業者にとって減税と同等のメリットがある。約1700兆円の個人金融資産を貯蓄から消費と投資にシフトさせ日本の経済成長を促進する効用も期待できる。
深尾氏によればデフレスパイラルの行き着く先は止めようのないインフレであるという。デフレはお金の価値が上昇させるが税収を減らし財政赤字の削減と国債の償還を困難にして財政破綻のリスクを高める。デフレ不況と財政破綻は表裏一体の経済現象なのだ。
深尾氏が提案する課税方法は毎年発行する日銀券の色とデザインを変更し、古い日銀券を新しい日銀券と交換するときにマイナス金利に該当する手数料を徴収して納税に当てるという手法である。
新しい貨幣を発行するために相当の費用がかかる上にATMや自動販売機のソフトウエア変更で大混乱が予想されるが、この方法なら銀行預金だけではなくタンス預金にも課税できるし、マイナス金利の税率を高くすれば確実にデフレから脱出できると期待される。
ケインズは著書「雇用・利子および貨幣の一般理論」の第23章で貨幣の利子率を引き下げるための処方箋としてシルビオ・ゲゼルの印紙(スタンプ)付き貨幣を紹介している。流通する貨幣に新しい収入印紙を添付する方法で課税するのも一案である。
証紙付き貨幣や新貨幣の発行は終戦直後のハイパーインフレを克服した手法でもあり、デフレ脱出だけではなく財政破綻時の預金封鎖にも役立つ。
2016年2月に日銀が導入したマイナス金利策は日銀口座に各金融機関が持つ当座預金残高の一部に−0.1%の金利をつけるもので、このような銀行の収益に配慮した微縫策でデフレからの脱出は難しい。
マイナス金利は政府により保証される金融資産の名目価値をカットする貨幣価値の削減策である。日本政府の債務残高がGDP比200%を超えても金利負担が増えず、ゼロまたはマイナス金利が実現するのは資本主義が変質して社会主義化し金融システムが政府主導となり価値の媒体となる貨幣が兌換性のないバーチャルな存在になって信用さえあれば際限なく発行できるようになったからである。
貨幣の価値は国民の政府に対する信用で維持され政府・日銀が発行する円は国民共有の資産とみなすべき存在になり、返済不要の現金をばら撒くヘリコプター・マネー策が提案されるようになった。安倍内閣が実施を予定する低所得者対象の一人15000円の現金給付はヘリコプター・マネーそのものだ。
マイナス金利が実施されると課税される金融資産から非課税資産へと資金運用のシフトが起こる。非課税の外貨資産へのシフトが起これば円安になる。非課税資産に付加価値を生む国内資産を選定すればゼロ金利で滞留する預金717兆円が収益を生む資産にシフトして日本の経済成長に大きく貢献し税の自然増収も期待できるだろう。
GPIF(政府年金投資基金)が2015年度5兆3098億円の評価損を出したため年金基金を株で運用することを一部のメデイアと野党は批判しているが投機筋の思惑による円高・株安を許してしまったことが損失発生の原因である。ヘッジファンドなど投機筋の金融操作による円高を許していてはさらに評価損が拡大する。
1ドル360円の超円安の為替レートが戦後日本経済の高度成長を実現し、1ドル80円の円高が日本にデフレをもたらし税収を減らす一因になった。アベノミクスで年間の税収総額が50兆円を超えるようになったのは量的金融緩和で1ドル120円の円安を実現させたからである。1ドル80円の円高に戻したら元の木阿弥だ。
為替レートの乱高下を阻止するには政府・日銀の臨機応変の対応が必要であり、円高を阻止する金融操作こそ知力と外交力を必要とする平時の戦争なのだ。
世界で最も高率のマイナス金利を実現しているのはスイス国立銀行で現在−0.75%のマイナス金利が導入されているが、目的はスイス・フラン高を阻止するためである。円高阻止のために先例となるスイス国立銀行が実施するマイナス金利の利率と金融操作を検証し参考にしなければならない。
マイナス金利の実施はデフレと通貨高に苦しむ国家と特定の期間のみに許される特権であり、いつでも実施できるものではない。デフレ経済がインフレに変わり通貨安が定着したらマイナス金利政策は中止しなければならないが、量的金融緩和に比べれば出口戦略は容易だろう。インフレ・ターゲットを設けて常時監視しデフレやインフレの兆候に応じて金利の利率を随時変更するだけで金融市場が反応し、日銀が買い入れた巨額の実物資産を売却する困難な金融操作を必要としないからである。