21世紀の資本主義 −金融資本主義vs.国家資本主義−

東京都文京区 松井 孝司

 

トランプ新大統領は金融資本主義の権化

米国のトランプ新大統領は「中国や日本は何年も市場で通貨安誘導を繰り広げている」と中国と日本の金融政策を批判し、米ドル安を実現させて米国の貿易赤字の削減に向け圧力を強めようとしている。

アベノミクスの指南役、内閣官房参与の浜田宏一エール大学名誉教授は「日本経済はここ1〜2月晴れ間だったが、これから嵐になる」とプラザ合意の再来を危惧されている。1985年のプラザ合意はその後の超円高によるバブル発生とバブル崩壊後のデフレ経済で日本経済を狂わせ長期停滞の原因になった。プラザ合意後の理不尽な円高を再現させたら日本経済は再び混迷を深めてデフレ脱却は難しくなり、株価は下落して企業収益は激減し税収減により財政破綻が顕在化するだろう。

1971815日、ニクソン大統領は米国の貿易赤字削減のため金とドルの交換を停止する経済政策を発表し、戦後1ドル360円に固定されていた為替交換レートを変動相場制に移行させたが、変動相場になっても米国の貿易赤字は減らなかった。

日本の金融操作はプラザ合意後1ドル250円であった為替レートが1ドル80円に高騰した超円高に対応するための苦肉の策であった。プラザ合意の影響は日本と中国では大きく異なり1987年から1996年の間に日本の一人当たりドル換算ベースのGDPは米国を抜き世界で一位になったが実体は産業の生産性の向上ではなく為替レートの変動に過ぎなかったため円高の進行が止まったら日本のGDPは増えず、競争力のある物づくり産業は海外に移転して地方の空洞化を促進し日本経済は20年以上低迷することになった。

一方中国の人民元は20057月までドル・ペッグ制の採用で実質的にドルと元の為替交換レートが固定されたためドル安に連動する有利な為替レートで中国は世界の物づくり生産基地となり2000年以降ドル換算ベースのGDPを飛躍的に増やし日本を凌ぐ世界第二位の経済大国になった。

プラザ合意への対応を誤ったため日本経済は長期低迷したが、米国経済は産業の質的な転換に成功しICT革命によるさまざまのイノベーションを実現している。1980年代前半は世界的不況で米国の金融業も不況産業化していた。しかし、投資銀行やヘッジファンドなどに新しい動きがでてきて金融イノベーションが米国の産業構造を変えてしまった。金融工学という言葉まで誕生し、停滞していた米国の金融業は息を吹き返しハイリスク・ハイリターンの金融操作により市場で新しい付加価値の創造を可能にした。通貨は金との兌換性を失って信用さえあれば通貨から派生する金融商品を際限なく発行できるようになり、物づくりをしない金融業が米国経済をリードするようになった。金融資本主義で米国は蘇ったのだ。

新しい金融資本主義の特徴は世の中に存在する何らかの弱点に着目し、弱体化を加速させ是正を促す点にある。金融のグローバル化とM&A(企業合併)やLBO(レバレッジ・バイアウト)などの手法により倒産寸前の企業を立て直して産業を活性化し、米国は金融支配、投資家重視の経済に変貌した。ジョージ・ソロスは英国ポンドの過大評価に目をつけカラ売りを仕掛けて大儲けをした。アルゼンチンのように財政破綻をした国家、ギリシャのような破綻寸前の国家はヘッジファンドの格好の餌食になる。ヘッジファンドがハゲタカ、ハイエナと呼称される所以である。

日本の金融機関はヘッジファンドの目からみたら弱点だらけで通貨管理、金融政策の盲点を虎視眈々と狙っているに違いない。日本政府、日銀が金融操作、為替管理を誤り円高を許したらその弊害は計り知れない。日本国民の巨額の金融資産を預かるGPIF(年金基金)もヘッジファンドにとっては格好の餌であり、為替レートや株価の乱高下は餌に喰いつくチャンスをつくる。

プラザ合意後の30年間金融の拡大はつづき最初の20年間は金融の肥大化もなく金融資本主義の弊害は少なかったが、最近の10年間は金融が肥大化して実体経済と遊離したマネーゲームで少数の富裕層に富が偏在するようになり貧富の格差拡大やEU(ヨーロッパ連合)におけるソブリンリスクの高まりなど弊害が目立つようになっている。

米国の政治家は巨額の資金を動かすウオール・ストリートの金融資本家の影響下にあり、巨額の政治献金を受け取る不動産王のトランプ大統領も例外ではない。リーマン・ショックのような金融危機を回避するため金融規制を強化するドッド・フランク法を緩和・廃止しようとするトランプ大統領は金融資本主義の権化なのだ。

金融資本主義にとって敵は金融規制をする国家資本主義である。英「エコノミスト」誌(2012121日号)は中国、ロシア、ブラジルを今日の国家資本主義の代表としているが、ロシアとブラジルは財政破綻でヘッジファンドの餌食になった。政府が賢明でないと国家はヘッジファンドの餌食になる。今のところ世界で金融資本主義に唯一抵抗しているのは中国である。開発独裁モデルとされる中国経済は試行錯誤による政策変更が多く弱点も目立つが金融規制を緩めたらヘッジファンドの餌食になることに疑問の余地はない。

 

中国の国家資本主義はどうなる?

米国の貿易赤字の47%が中国に対するものであり、注目されるのはトランプ大統領の中国批判に対する中国の対応である。

中国経済は「社会主義市場経済」を理念として掲げる国家資本主義である。中国の資本主義は政府が強力な権限を持ち市場を支配する経済システムである。土地と通貨は公有とするが市場では株式制度の確立、財政、金融政策を利用したマクロ・コントロールを実施している点で欧米の資本主義市場と変わりはない。

このような資本主義は日本の明治政府が採用した経済システムでもある。明治初期に日本の民間資本の蓄積はなく版籍奉還で土地は天皇の公的所有となり通貨は政府が発行する硬貨と紙幣に依存していた。GHQによる財閥解体後の1945年〜1960年代の日本経済も政府が市場を支配する国家資本主義であった。

中国は1978年に改革開放政策を始めてからWTO加盟を果たし、外国企業に税制を優遇して誘致し、債務超過に陥った国有企業と合弁させて債務を株式、債券に転換するなどの巧妙な手法で企業価値を高め中国経済の急速な発展と高度成長を実現した。

中国の市場競争の担い手は官僚であり、地方政府や中央政府で昇進できたのは経済成長に成功した官僚である。日本の無責任な官僚とは異なり、中国の官僚は競争原理に晒されるため官僚の力量、識見がきびしく問われる。官僚のなかには不正を働き腐敗・汚職で検挙される者を続出させているが習近平政権は「虎もハエも叩く」政策で排除するという。

官僚が支配する資本主義の弱点は放置すれば大きな政府になり経済効率を低下させることである。中国の李克強総理はその弱点をよく理解しており国務院が持つ1700余りの行政審査許認可事項を3分に1以上削減して「小さな政府」にする。規制緩和を大胆に行い市場に民間活力を導入しようとしているのである。

 

トマ・ピケテイが指摘するように21世紀の資本主義はグローバル化や貧富の格差拡大など多くの難題を抱えているが、多様化する資本主義の中で存続の可能性が高いのは経済規模で世界の一位、二位を占める米国の金融資本主義と中国の国家資本主義である。21世紀は米国と中国が経済システムの優劣を争う世紀になるのではないか?

中華思想による世界制覇を夢見る中国が正義と価値観を異にする米国といつの日か激突することは歴史の必然である。

レーガン政権が旧ソビエト連邦を崩壊に追い込んだようにトランプ新政権が通商貿易政策で中国経済に深刻な打撃を与え軍拡競争に引きずり込み共産党による一党独裁体制を崩壊させることを予測する論者もいる。

トランプ大統領はドル安にして米国の貿易赤字を解消することを意図しているが、世界の覇者となることを夢見る中国にとってドル安元高は歓迎すべきことである。米国のヘッジファンドはトランプ大統領の意図とは逆に中国の国内に大規模な反乱や暴動が起これば元安を仕掛けて中国を餌食にするだろう。当面の争いはトランプ新政権と習近平政権による通貨安をめぐる通貨管理、為替操作などで外交力を駆使する知恵比べの戦いになるが多くの弁護士を抱えグローバル化した米国の金融資本は世界各国の法律を知り尽くしており短期決戦では中国に勝ち目はない。

2000年の歴史をもつ中国は孫子の兵法などの古典や日本と世界の興亡の歴史に学び「戦わずして勝つ」長期戦略を模索しているに違いない。