「放射能」という言葉は使うな!

 

東京都文京区 松井 孝司

 

原発事故後6年が経過した今もなお福島から避難した人に対して放射線への無理解から子どもだけではなく、大人の間でもいじめが起きているという。

「放射能」という言葉が目に見えない放射線のえたいの知れない能力を連想させるので恐怖を拡大するために格好の用語になり、メデイアと反原発を叫ぶ人々が好んで繁用するようになっている。

「幽霊の正体みたり枯れ尾花」という言葉が示すように、えたいの知れない「放射能」も正体が判れば恐れる必要はない。メデイアが繁用する「放射能汚染」という言葉は「放射性物質」による「汚染」である。放射線を放出している物質の正体が明確になれば恐れる必要はなくなるのに正体が不明確な「放射能」という言葉でリスクを語ることが風評被害を拡大するのだ。

「放射能」という用語はウランとトリウム原子に特有の「性質」を発見したキューリー夫人の命名とされ、英語表現は「Radioactivity」であり日本訳は「放射活性」である。

日本国内ではRadioactivity(放射活性)とRadiation(放射)、Radioactive Substance(放射性物質)を専門家の間でも区別せずに使用することが多く放射線の正しい理解の妨げになっている。「放射線」という用語も放射線がエネルギーであることを理解するための障害になる。Radiation(放射)は光や熱エネルギーの放散を意味しているが空間を移動するエネルギーは「線」ではないからである。

福島第一原発の水素爆発で遠くまで飛散した放射性物質はヨウ素131とセシウム134137である。ヨウ素131は半減期が短いため殆どが消滅し除染する必要はなくなっている。放射線のリスク回避のため今なお除染が必要とされるのはβ線とγ線を放出するセシウム同位体であり、セシウム同位体が放出するβ線の正体は「電子」である。微小電流刺激が癌抑制遺伝子p53のリン酸化を誘導し活性化するので細胞内を移動する電子には人体への有益な効能が期待される。(J.Biol.Chem.,288,16117-16126(2013)参照)

原発事故を起こした福島の風評被害を根絶するには人体に取り込まれ易くβ線を放出するトリチウムの体内動態を明確にすることも重要であり、1000個の巨大なタンクにトリチウム汚染水を貯め続けていてはいつまでたっても事故は終息しない。β線のリスクの有無を問わない原発事故対策は膨大な税金の無駄使いをつづけることになるだろう。

 

大正時代から東大理学部の分析教室の人達によって使用されるようになった「放射能」という専門用語はラドン(ラジウム壊変ガス)を含む鉱泉の効能を計測するための用語でマッヘという単位を持つ。計測方法から鉱泉の効能はラドンのイオン化能によるものと理解されていたことが推測できる。大正初期に山梨県の増富温泉郷で12800マッヘの記録があるとされるが昭和1110月の測定では鉱泉水1リットル中のラドン含量は最大で16.1マッヘであったという。鉱泉のラドンの含量は一定ではなくわずか1020メートル距離を隔てるだけでラドン含量は激変し、同一場所でも時間の経過とともに大きく変動することが報告されている。(日本化学会誌第59101181頁参照)

増富温泉は山梨県北部の白亜紀に堆積した花崗岩地帯から湧出するラジウムの放射能泉として古くから知られ、大正4年(1915年)頃から温泉学者や地質学者により研究がつづけられてきた。がん、リウマチ性疾患、神経疾患、気管支炎、糖尿病など多くの疾患の治療に有効とされ、湯治を目的に今日でも増富温泉郷を訪れるリピーター客は多い。

増富温泉の鉱泉水はびんに詰めて販売されたこともあったらしい。平成2810月に現地を訪ねたところ今でも増富温泉では鉱泉水が飲まれておりリピーターの中には末期のすい臓がんを克服したと自称する人もいた。この人たちはラジウム壊変生成物の内部被爆による治療効果を人体で試していることになる。

ラドンから放出される主な放射線はα線であり、α線の正体はヘリウム陽子である。陽子のエネルギー量は大きく内部被爆によるリスクは大きい。リスクが大きければ治療効果も大きいことが期待できるが、残念なことはラジウム放射能泉の治療効果には信用できる臨床データが無いことである。

大正時代から研究がつづけられているのに臨床データが少ないのは放射能泉のラドン含量が一定せず治療効果がばらつき統計処理をすると有意な臨床データが得られず信用できるデータの蓄積ができなかったからだろう。

注目されるのは最近ドイツのバイエル薬品がα線放出医薬品「ゾフィーゴ」を開発し第3相臨床試験で有効性が確認され骨転移のある前立腺がん治療薬として製造販売の承認を取得し世界の40ヶ国以上で使用されるようになったことである。

「ゾフィーゴ」は有効成分として塩化ラジウム223を含む静脈注射用製剤であり、がん細胞を殺す高濃度の投与では血球減少などの有害事象が発現する。

増富温泉の鉱泉水と同程度のマッヘになるようにラジウム含量を薄めて低線量のα線を放出する治験薬を調製し、治験者の個人差を考慮した疾患別の臨床プロトコールを用意して経口投与し治験データを蓄積すれば放射線のホルミシス効果が信用できる臨床データで立証される可能性がある。

β線にもホルミシス効果が立証される可能性があり、トリチウム汚染水を人工放射能泉に利用できれば福島の原発跡地がメディカル・ツアーのためのリゾート地として蘇るかも知れない。

α線、β線だけではなくγ線の人体に対する影響を併せて検証することにより放射線が難病の診断・治療に有効であることを立証できれば「放射能」という言葉に対する恐怖が少なくなるだけではなく、衰退消滅の危機にあるハイリスク・ハイリターンの日本の原子力産業が見直され、偏見にもとづく反原発運動にも是正を求めることができるだろう。

原子核壊変で放出されるα、β、γ線エネルギーの人体に対する効能と有害事象の詳細が解明されるまで「放射能」という言葉は使用しないことを提案したい。

(放射線の正しい知識を普及する会ニュースレター第8号より転載)