新型コロナウイルスの経済的リスクについて

東京都文京区 松井 孝司

 

コロナショックが経済に及ぼす影響

生活者通信第238号の「資本主義は持続可能か?」(メルマガ用修正版)と題する拙稿の中で民主制のもとで資本主義を持続可能とするための私見を「部分と全体の調和を!」のサブタイトルでまとめたが難解な仏教思想に係るため説明のための具体な事例を模索してきた。

 予期しなかったことではあるが2019年に中国の武漢市から感染が始まりパンデミック(世界的な大流行)となった新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は民主主義と資本主義の持続可能性を問う格好の具体的事例になった。

 

 COVID-19が早期に終息しなければ世界経済は1929年の世界恐慌、2008年のリーマン・ショックを超える大不況に陥り、金利で成り立つ資本主義は終焉または崩壊する可能性が大きいことが誰の目にも明らかである。

 オマハの賢人として著名な投資家ウオーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウエーは筆頭株主であったデルタ航空と米国エアライン大手4社の株式をすべて売却したという。COVID-19の感染拡大で株価は急落したのにバフェット氏は動かず、感染第2波の襲来で「世界は大きく変わる」ことを予見しているようだ。

バフェット氏が株式を売却した航空機産業のような公共性が高い企業は個人ではなく政府により救済され公的資金が注入されることになるだろう。

 

コロナショックによる日本国民の価値観の激変も驚異的である。日本の国会が与野党で議決した補正予算により国内に居住する人、全員に「特別定額給付金」一律一人10万円を給付する政策は新自由主義の提唱者として日本の多くの経済学者が批判の対象にしてきたミルトン・フリードマンが提案するヘリコプターマネーそのものである。

政府支出に税による財源確保を求めないMMT(現代貨幣理論)が説得力を増し、自国の通貨が暴落するリスクさえなければ中央銀行が増刷する貨幣を政府が全国民に無条件で支給することを肯定し、個人資産とされてきた貨幣に対する価値観を変え通貨を税収に代わる国民共有の公共財とすることを容認したのだ。

しかし、給付金の一律無条件の支給を繰り返すことは賢明な策とは言えない。国民の信用で支えられる公共財の分配は個人所得を正確に把握し、所得格差を是正するベーシック・インカムとして支給することが望ましい。コロナショックで倒産が危惧される中小企業従業員の雇用維持のための助成金給付と企業を存続させるための資金供与には条件をつけ生産性の向上など付加価値を生む未来への投資となるよう配慮すべきである。

 

金融資本主義の権化ともいうべき米国連邦政府も総額3兆ドル規模の経済対策を打ち出し、国債と民間が発行する債券の購入でFRB(連邦準備制度理事会)の総資産は6.5兆ドルに膨らんでいる。

世界的な金融緩和政策に出口はなく金利を上げたら国債の返済ができなくなるので世界の各国でゼロ金利が長期間定着することになるだろう。

 

資本主義経済の持続可能性は個人ではなく国家に依存することになり、個人の自由な行動を尊重してきた民主制の国家も中国の政府主導の資本主義を否定することが難しくなった。

問われているのは個人の権利を尊重する民主主義の理念である。新型コロナウイルスは変異しやすいので感染の第2波、第3波の襲来が予見される。個人の自由な行動を許していてはCOVID-19の終息は不可能であり、感染のリスクを減らすためには個人の自由な行動を規制し、社会全体の利益との調和を図らねばならない。

個人より国家の利益を優先する全体主義の中国がCOVID-19の終息に成功すれば、デジタル技術を駆使して国民の行動を監視する動きは民主主義国家にも広がるだろう。

「個人」と「国家」、「部分」と「全体」の利益を調和させるために個人情報を厳格な規制のもとで共有し、全体の利益のために活用できるよう法律や規制のありかたを改める必要があるのではないか。

 

新型コロナウイルスのリスク解消策

コロナショックは人類とウイルスの戦いの結果であるが、この戦いは自然界に存在する普遍的な原理にもとづくもので環境の変化に適応するための現象と見ることもできる。

人類もウイルスも環境との間に相互依存性、相補的関係を喪失した個体は生存できず淘汰される運命にあるからだ。

新型ウイルスが誕生するのは人類による大規模な自然破壊で生物の環境に相補的関係が無くなりつつあることを示唆しているのかも知れない。森林の破壊で野生動物が住いを無くしたためにコウモリなどの動物と共生していたウイルスが人間の世界に侵入してきた可能性があるのだ。

 

ウイルスの挙動を支配するミクロの世界の原理は普遍的なもので人体にも共通する。COVID-19ウイルスの正体はRNA(リボ核酸)であり、人体に侵入するウイルスRNAがつくるたんぱく分子と相互作用をする人体のたんぱくの分子構造は相補的な関係にあると推定される。

ウイルスは自分と相補的な構造をもつ特定の対象を選んで感染するのであり、感染後にウイルスと人体の両者に相補的関係が成立すれば異物を排除する免疫反応が起こることは無く、感染しても無症状または軽症で済む。相補的関係が成立しないと両者の間に戦いが起こり、感染の重症化は人体の免疫反応による戦いが過激になった結果なのだ。

 

2020年6月16日、厚生労働省は東京、大阪、宮城で不特定の7950人を対象に実施した新型コロナウイルスの抗体検査結果を公表した。コロナウイルス感染の有無を示す抗体保有率は東京0.1%、大阪0.17%、宮城0.03%であった。米国ニューヨーク州が実施した検査での抗体保有率12.3%、ニューヨーク市19.9%、英国ロンドン17.5%やスエーデンのストックホルムの検査結果7.3%と比べると日本の抗体保有率は著しく低水準であり抗体による集団免疫の獲得は難しいことが判った。

 

コロナウイルスは半月ごとに変異を繰り返し、大きく分けると3種類、細かく分けるとすでに17種類が存在するという。幸か不幸かSARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)に比べCOVID-19の病原体ウイルスは毒性が弱くなっており、感染しても無症状、軽症の場合が多い。ウイルスの立場からみれば弱毒化は人体に適応するための進化の過程であり、感染による人体の免疫反応も弱いことが予測され致死率が1%以下になれば通常のインフルエンザと相異はなくなる。

 

注目されるのは欧米のCOVID-19には小児の「川崎病」など血管の炎症にもとづく症状がみられ死亡者数が上昇傾向にあるのに対して日本を含むアジアの一部地域で居住人口当たりの死亡者数が少ないことである。人口比では100倍以上の差があり、シンガポールの致死率は0.1%以下である。致死率が低い原因は欧米とは異なる免疫学的因子が存在する可能性が高く、過去に流行したSARSウイルスなど強毒コロナウイルスの遺伝子または有毒成分がワクチンとして利用できる可能性がある。

その他、致死率が低い原因としてマスクの着用、握手・抱擁をしない生活習慣、住民の年齢分布、人種により異なる遺伝的要因、肥満、喫煙の有無、環境因子、BCG接種による免疫の有無などが推定されているが真偽は検証されていない。

 

厚生労働省はCOVID-19の治療薬としてレムデシビルを承認したが致死率の明確な改善は認められず、人体の過剰な免疫反応に起因する病態には効果が不十分であり致死率が改善されなくては感染のリスクが解消されることはない。

死亡するリスクが高い重症肺炎の治療には吸入ステロイド抗炎症薬「オルベスコ」やサイトカインIL-6に拮抗するモノクロナール抗体「アクテムラ」など免疫抑制作用を有する薬物、またはDIC(播種性血管内凝固)症状を改善する「フサン」(一般名ナファモスタット)など血液凝固阻害作用をもつ薬物を併用すべきであり、セリンプロテアーゼ阻害作用を持つ「フサン」は使い方によりコロナウイルスの感染を阻止する効果も期待できる。

既存の薬物で肺炎重症化の予防と治療が可能になればコロナウイルスによるパンデミックの第2波、第3波の襲来があっても恐れる必要はなくなる。

4月7日の非常事態宣言は5月25日に全面解除されたがコロナウイルスは無くなってはいない。高齢者や心血管系に持病を持つ高リスクの患者にはCT画像診断と血液検査による重症肺炎の早期診断と早期治療で致死率を下げ、感染の不安とリスクが解消されることを期待したい。

 

コロナショックはイノベーションの大チャンス

COVID-19の感染拡大を阻止するための外出規制、企業の営業規制による経済の低迷は著しく、人、モノ、カネの交流と経済のグローバル化による交易が付加価値創造の源泉であることを「論より証拠」で実証した。

 売上がないのに固定費の支出がつづけば企業は存続できない。再度の緊急事態宣言により外出規制をつづけたら日本経済は間違いなく崩壊する。

バンデミックの原因が人間の都市への集中にあることは明らかであり、リスクを避ける最も簡単な生活スタイルは過疎地で自然との共生を可能とする暮らし方であるが、人々の交流、交易を規制したらSDGs(持続可能な開発目標)、即ち経済成長による貧困の克服は望めなくなる。パンデミックが終息しなくても外出規制は解除し、都市への一極集中を改め経済の持続的成長を可能にする新しい生活スタイルを模索しなければならない。

 

コロナショックは日本人の価値観を変え生活スタイル、働き方を変えデジタルトランスフォーメーションを推進する契機になる。

学校の長期に亙る休校で時間と場所に制約されずAI(人口知能)に支援されるオンライン学習が始まったのはコロナショックがもたらした成果である。

2020年の世界大学ランキング順位で東大は36位、京都大学が65位で100位以内に入った日本の大学は2校のみであり、両校も世界順位では中国とシンガポールの後塵を拝するあり様である。コロナショック後、付加価値が大きい知識集約型産業を育成するために日本の教育システムは抜本的に改める必要がある。

市場経済の競争原理が求められるのは高等教育であり、世界標準となっている大学の9月入学に教育システムを改めるだけではなく、知識の陳腐化は早いので生涯学習を推進しすべての国民が平等に高等教育を受ける権利を行使できるようにミルトン・フリードマンが提案する教育バウチャーも検討すべきだ。

 

マイナンバーは「個人」と「国家」をつなぐ恰好のツールになる。個人の権利行使には銀行口座、証券口座などの個人情報とマイナンバーの紐づけをして納税のための所得申告、不動産登記や年金、健康保険と診療投薬記録、社会保障制度の運用などに活用すれば行政効率を飛躍的に向上させるだけではなく、蓄積される膨大な個人データを全国民の生活と健康維持のために活用することができる。

 

効率が悪い霞が関の縦割り行政は省庁横断的なオンライン行政に一元化して公文書の管理、納税、社会保障システム、会議、選挙システムなどのオンライン化で効率が悪い旧制度の破壊が実現できれば破壊的イノベーションの大チャンスが訪れるだろう。

 

 ウイルスの人体への感染は自然現象であり、自然現象には「善」も「悪」もない。人類の敵となる悪魔はウイルスの中に潜んでいるのではなく人間の中に潜んでいるのである。仏教の教えによれば「善」と「悪」にも相互依存性があり、善が存在するから悪が有り、悪がなければ善も存在しない。

日蓮は仏教が説く「善悪不二」の原理にもとづき「大悪起これば大善来る」と述べているが、人類に英知があればコロナショックがもたらす「大悪」は「大善」に変えることができるのだ。