たどるべき-15

東京都渋谷区 塚崎 義人

 

「かたよらないこころ、こだわらないこころ、とらわれないこころ、

ひろく、ひろく、もっとひろく〜〜〜」

薬師寺元管長・故高田好胤師

 

物質、生命、こころ、

どの世界にも同化できる善い考え

 

なにを、受けつぎ  過去(祖先は)

なにを、受けつがせ 現在(家族は)

なにを、受けつぐ  未来(子孫は)

                〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

社会的観照2・・・方法(進めかた)-4

 

  領 域 | 構 成              <国  家>

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

外  |対象   (色)  [ 安  全 ]  [ 国  民 ]  [ 人  権 ]

     |・・・・・・・・           ↑↓

部  |手段   (受)  [ 義  務 ]  [ 民  主 ]  [ 自  由 ]

・・・・・・・・・・・・・・・・          ↑↓

      |  |   |表  [ 文  化 ]  [ 社  会 ]  [ 精  神 ]

     |意 | 体 |象

  内  |  |  (想)・・・          ↑↓

      |識 | 制 |心  [  道  徳  ]      [  法  律  ]

      |  |   |象

     |・・・・・・・・・          ↑↓

  部  |無 |要素(行)  [ 経  済 ]  [ 教  育 ]  [ 政  治 ]

      |意 |・・・・・・・・        ↑↓

      |識 |基盤(識)  [        憲   法          ]

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(実体はなく、実体がないからこそ)

                     〜〜かたよらず、こだわらず、とらわれない〜〜

 

 

「憲 法」 ・識(しき):見きわめ、すべての規範の大原則

 

 *国家は、ほんとうのところ実体はなく、でも、それぞれの社会にはかならず、

実体がないので、そのよりどころは、憲法という姿勢(考えかた)に。

 

 *あくまで、国家の行動は、憲法の姿勢(考えかた)により、

    自由勝手、気ままには、なにも、することはできないはず。

 

 *国家が動けるのは、すべての法律の、根本の法律、憲法があるから、

    これ無しに、さまざまなルール、法規範(決まり)は、ありえない。

 

 *そして、憲法のよりどころの根本は「ひとの尊厳」、社会でもっとも大切なもの、

    生きものの社会も、そう、同じように「生きものの尊厳」があるはず。

 

 *尊厳(うやまう「大切に」)から、憲法の土台には、三つを基本に、

    国民(拠りどころ)と、人権(生まれつき)と、平和(生きる)が。

 

 *国民、人権、平和のため、国家は、その機能(はたらき)をフル回転させ、

でも、ほんとう? 疑いぶかく、社会は、いつもチェックしていないと。

 

 *国家がつくり定める、すべての法律は、憲法にもとづいているのか、 

    まじめに仕事をしているのか、いないか、その判断を、いつもできるように。

 

 *むかしから、国家がおおきな声で、音頭をとり、何かをすすめるようなら、

迷わず、その逆をするようにと、先人から聞かされていたような、気が。

 

 *たいせつな社会の、過去を受けつぎ、現在を受けつがせ、未来が受けつぐ、

日課(食=経済、齢=教育、創=政治)を、せっせと、はげまなければ。

 

 

「国 民」 ・色(しき):主権をもつ人びと

 

 *国民も、おなじように、まったく実体はない、まぼろしのような、

    社会のど真ん中で、国家が、国に属する国民、とよびかけているだけ。

 

*あくまで、実体がないので、国家、国民とか、いうものは、社会では重宝に、

    案外、とても便利で使いやすく、どうにでもなるものだから。

 

 *むかしから、国家像や、国民像が、さまざまにうまれ、消えを、くりかえし、

    いまも、これからも、いかような国家、国民が、社会に生まれるのやら。

 

 *国家、国民をうみだすのは社会、そうなら、その社会の人びとも実体がないのかも、 

人びとのすがた(仮装・私的・深層)は、さまざまに複雑な様相が。

 

 *人びとのすがた(仮装・私的・深層)は、あまりに多く、よく知られるのが、

    個人や、家庭人や、企業人や、社会人や、自然人とか、よばれていて。

 

 *さまざまな思わくで、絡みあっている、社会の人びとのことを、国民とよんで、

そうなら、社会の人びとの本質こそを、あからさまにしたほうがいいのかも。

 

 *国民とよばれる人びとの、おこないは、おおむね、はっきりしないことがあって、

ただ、おこなった結果は、はっきりと影響を、社会にあたえつづけ。

 

 *何らかの同じような属性の人びとが、集まり、こんな国家がひつようなんだと、

社会が、そう感じ賛同したとき、はじめて、社会から国民とよばれる人びとが。

 

 *永世中立国家・スイス、同じような属性の人びとの集まりではないけれど、

    その社会の地域特性から、とてもまれに、国民意識がうまれることも。

 

 *社会の中に、共通の考えという同胞意識をめばえさせるのは、いいこと、

    それは、おたがいで決めようという人びとを、それを国民というのであれば。

 

 *ただし、いったん国民と呼ばれるようになると、とてもとても制約が、

    国家に属性する人びとだけの領土という、限られた広がりの中だけでのものに。

 

*もともと、社会からうまれた国家、この枠の中での国民、となれば、

    どのような形の、国家や国民がよいのか、社会みずからが決めなければ。

 

*国家や国民、根本は実体のないもの、ある意味、変幻自在、まぼろしのような、

    あらわれ、消える、いつも社会が目を光らせてないと、とんでもないことが。  

 

*国民は、さまざまな制約を、国家から、でも、なるべくなら、その制約は、

なるべくないほうが社会は、でも人びとは群れなければ生きてはいけないので。

 

*国民は、食べものと、身をまもり、一生をすごす、社会の日課とおなじに、

    もっとも大切な、この権利を、だれからも制約されないようにすることこそ。

 

 

「民 主」 ・受(じゅ):主権は国民という

 

*国家に、何をさせようかと、すべての国民で決めることが、それが民主、

    その決定する権利を、どのように発揮させられるかが、ポイントかも。

 

*現代は、直接民主と、間接民主という、決定のしかたがシンプルに、

    ただ、どちらも、よい・よくない、点が、時代によって、あるようで。

 

*直接民主 :すべての国民が、一つの場所に集まり、論じ、多数決できめる。

  ・いちばん正確、50%の過半数以上で、さまざまな民意が反映される。

  ・おおくの課題に、直接タッチでき、当事者という意識を持ちつづける。

  ・ただ、社会の人口が増えすぎると、一か所で議論するには物理的に無理が。

  ・でも、情報伝達技術(インターネット)により、意外と可能になるかも。

 

*間接民主 :国民の権利を信任する人に、国家の運営(政治)を委託する。

  ・選任された代表は、運営を効率的に、社会の意思を間接的に反映させる

・代表は、複雑な課題を、専念して調査することが

・選任に問題がなくても、選任時公約と、あとでの言動の相違が、よくある

・社会人の当事者意識が希薄に、なので、無関心さや検証理解が不足する

・さらに、政治が職業化し、社会人は検証せずに、盲従するか、不信感をつのらせ

・社会の反映が薄まるので、間接民主は、ほんとうに正しさのかと、疑問が

 

 *その他に、決定する権利のやりかたが、むかしから、いまも、かわらずに。

  ・君主制 :ひとりが、権利を独占、社会を支配し、すべてを決定

  ・貴族性 :少数の特権階級が支配、決定 

  ・神権性 :ある宗教で束縛し、社会をまとめ、支配し決定

  ・独裁制 :ひとりか、一党だけで独占、支配し決定

  ・専 制 :権力を握った者たちが、勝手気ままに、独断で決定

  ・全体性 :他の政党を認めず、社会を高圧的に支配し、決定

 

 

「社会」 ・想(そう):おたがい関わり、影響しあう

 

 *生きもの、ともに、群れあつまり、おなじよう営みを、

    食べ(食事)、齢とり(年齢)、生きる(創造)、これが社会。

 

 *生きものの社会の中で、ひとの社会だけが、とても、違いがあるようで、

    同じように食べ、齢をとりますが、生きるというところが、おおきく。

 

 *生きものの社会から、どこかへ、それは、急速に離れていっているように、

    このことについて、ちょっと本気で、考えてもよいのかと。 

 

*というのは、ひとの社会が、生きものの社会と、まったく違う社会へ、

では、どんな社会へ、行こうとしているのでしょう。

 

 *そうはいっても、生きものの世界の頂点に立って、いまも、これからも、

    有頂天で、知る、知らぬにかかわらず、乱暴ろうぜきをしているだけ。

 

 *だから、ひとの社会は、国家・国民を、道徳や法律を、精神的な知性を、

文化の創造を、それぞれ、社会の特性をもって、高めようとして。

 

 *このことは、生きものの社会の、すべての生死にとって、とても関わりが、

    ひとの社会を高めていれば、たどるべきものへ、一歩も二歩も。

 

   なので、般若心経の姿勢(考えかた)を活用し、

     社会人、個人、家庭人、企業人、自然人、も、見つめられたらと。