<Vol.4>
━━━生活者通信メルマガ版━━━━平成17年2月14日 Vol.4━━
中国の人件費はそれほど安くない
生活者主権の会 板橋光紀
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「中国で造れば日本で造る半値で出来る」とか「1/3の価格で
出来てしまう」等の会話を聞くことがある。これらは全く乱暴な決
め付け方だ。農産物や手織りのペルシャ絨毯のように原材料費に殆
ど金がかからない、コストが人件費のかたまりのような品目ならと
もかく、エレクトロニクスやメカニカルな製品までをも対象とした
ものであるとしたら、それらは殆ど「誤り」であると言ってよい。
しかも安く造れる主たる理由に「人件費が安いから」を挙げるに及
んでは「暴論」と言わざるを得ない。
「人件費が安いから、高い機械を入れて生産するより、大勢の人
による手作業の方が安くつく」も間違いだ。欧米や日本の企業は製
品のコストもさることながら、「商品の均一性」を非常に重要視す
る。手作業によって品質にバラツキが出ることを極端に恐れること
から、日本のメーカーの場合、日本の本社工場よりも、むしろ中国
工場の方が機械化率が高くなっている所の方が多い。
私が中国へ入って香港資本の中堅エレクトロニクス工場で本格的
に仕事を開始したのは今から20年前の1984年。当時の中国に
はそれらしき「素材」を生産する工場のいくつかが存在してはいた
が、欧米や日本の客先が指定して来る品質基準に合致した商品に仕
上げるには、いずれも「使いものにならない」ものばかりで、印刷
済み化粧箱から段ボールを含めた原材料のほぼ100%を香港から
中国工場へ運び込み、同じく日本や欧米から買って来た工作機械や
工具類を使って商品を完成させていた時代であった。
過去20年の間に、中国各地の「特区」内外で各種の周辺産業が
育ってきた。台湾の素材産業も今では中国の工業化に欠かすことの
出来ない存在だ。日本の家電や自動車メーカーも下請け部品工場を
引き連れて進出して来た所も多い。台湾人や日本人の手を経ずに出
来る中国産の素材に依存したくないからなのだ。
毎日何千台ものトラックが国境を越えて香港と中国とを往復して
いるが、ガソリンの価格が半値なのに中国側で給油する香港人運転
手は少ない。「中国製のガソリンは精度が劣り、エンジンを痛めて
車の寿命を縮める」ことを知っているからだ。
今でこそ中国は全石油消費量の30%を輸入に依存、世界的に
「石油価格不安定化の元凶」呼ばわりされているが、1980年代
の中国は逆に近隣の友好国へ原油を輸出出来ていたわけだから、精
製技術と設備の性能はともかく、原油の採掘からガソリン精製に到
るまでの工程は全て中国で賄えたことになる。しかし最終製品のガ
ソリンに欠陥があるとすると、ガソリンが完成する前段階で出来る
「ナフサ」の品質にも問題があるわけだ。殆どのプラスチック素材
がガソリンと同様に「ナフサ」から造られるとなれば、中国産のプ
ラスチック素材は全て、接着剤の効能に到るまで「安かろう、悪か
ろう」である可能性が強い。
一般論だが、日本に限らずどの国の企業でも、平均的な工業製品
を生産する場合には、先ず客先の要求する品質基準に添って部品等
全ての素材を書き出し、仕入れ先を選定、小数点以下下四桁までの
緻密な仕入れ価格を算出する。全素材の調達に費やす金額は工場出
し販売価格の70%前後を占めるのが普通だ。残りの30%の内訳
は、10%位を固定経費と呼ばれる税金、株主配当金、役員報酬、
家賃、地代、工場設備投資の償却費、保険料、光熱費、金利、特許
使用料、宣伝費等にとられる。更に10%を企業を健全に成長させ
て、将来への投資等の為に確保すべき適正な「利益金」を一種の
「経費」として計上する必要がある。残りの10%が「人件費」に
相当し、一般職員の給料と福利厚生費に当てられる。
従って、人件費の高い日本で生産しようと、人件費の安い中国で
生産しようと、生産コストの違いは僅か10%程を占める人件費の
範囲でしかアップダウンしない理屈になる。中国の人件費が日本の
1/10だとすれば、同じ商品を中国で生産すると、日本で造るより
も、人件費の違いに相当する9%を安く出来るだけであって、半値
になったり、1/3で出来たりする筈がないのである。見た目で同
じような商品を驚くほど安い価格で生産しようとすれば、素材にか
ける費用を大幅に削減、つまり「安かろう、悪かろう」の部品を採
用して「手抜き」をする以外に方法はない。9%程度のコストメリ
ットは為替レートが少し振れたり、ちょっとした災害に出会ったり、
外国人との共同作業による言葉の行き違い等で不良品を出してしま
う類のハプニングがあるだけで消えてしまう。素材に幾ら金をかけ
るかがキーであって、「人件費が主役ではない」のである。
2004年秋に入ってきた情報によると、中国の人件費は予想以
上に早く上昇しているようだ。広東省に進出した日系企業では、最
近末端工員に日本円に換算して\28000もの月給を払っていると言う。
これは既にタイやフイリッピンの給与水準に達しており、ベトナム
やインドネシアの水準を上回っていることを意味している。しかも
¥28000は基本給を言っているのであって、企業側はそれ以外
に各種の「手当て」を支払わなければならない。中国ではこの「手
当て」がクセ者で、進出した外国資本にとって共通した「重要課
題」となっている。
先ず、中国の外資系企業が従業員に支払う「残業手当」は、時給
単価が基本給の50%増し、日曜出勤は100%増しで、祭日出勤
になると200%増しにするのが当たり前だ。大抵の工場が支那正
月休みの10日間程を除く1年355日をぶっ通しで、しかも16
―20時間を2交替で操業するのが普通だから、給料袋の中身は基本
給の2倍以上の金額となっている筈である。日本を含めてどの国に
おいても残業と休日出勤に手当てが付けられるのは当然だが、時給
単価の割増比率で比較すると中国の労働者は厚遇されている。
そもそも「手当て」とは、従業員が著しく危険、不快、不健康、
困難、その他著しく特殊な作業に従事した時にのみ支給される対価
であるが、明らかに「お手盛り」によると思われる地元中国企業の
「手当て乱発」はすさまじい。数年前に国有企業に勤務する知人に
給与明細書を見せてもらったことがある。基本給に始まり残業、休
日出勤手当てに続く30項目を越える夥しい「手当て」の羅列は、
何故に給与明細書が長さ2メ−トル近くのテープになっているのか
を納得させてくれた。片言ではあったが日本語を話す人だったから
「日本語習得者手当て」は理解出来た。しかし三食付きの寮で寝起
きしている筈なのに「主食手当て」と「副食手当て」、それに「入
浴手当て」が支給されているのが不可解で、「文教衛生手当て」と
か「雨天手当て」等、字は読めても意味の解らない項目が多い。
「一人っ子手当」の方は二人目の子供を作ると削られてしまうと言
っていた。
今のところ国や自治体は外資系企業にこれらの「諸手当て」を出
す義務を課してはいない。しかし代わりに「労働組合」を結成させ
ることが外資系企業にだけ義務付けられていることにより、「無言
の圧力」となって国有企業のそれに準じた方向へ徐々に福利厚生レ
ベルの引き上げを余儀なくされているようだ。「鉄飯碗」が林立す
る土地柄に「鉄飯碗」の旗振りで堂々と結成される労働組合ならば、
その思考と主張は自ずと日本の「自治労」に近いものとなってくる。
WTOに加盟して以来、中国政府は商取引のルールや環境保護基準
だけでなく、労働者の福利厚生面でも他の加盟国並みに近ずけるこ
とを目指しており、その健気な姿は感動的ですらある。労災保険は
既にスタートしているが、健康保険や年金、退職金、失業保険等の
制度も近い将来に制度化されてくるだろう。保険料や諸準備金で企
業が負担すべき部分の内、国や自治体へ既に上納させられているも
のもあるが、未だ実施されてもいないのに、制度がスタートした際
に直ちに切り替えられるようにと、今からそれらの資金を積み立て
ておく「義務」も外資系企業にのみ課せられている。
他省の住民を採用する場合は「移民局」みたいな役所を通して斡
旋を依頼、少額ではあるがその職員が在籍している間は永久に斡旋
料を毎月納めなければならない。規模の大小に拘らず、全員が寝起
きする寮を建てて三食を与え、規模が大きくなれば託児所に小学校、
医者は一人の巡回医を数軒の企業が共同で雇うことで許されるが、
看護婦付きのクリニックまでも工場の敷地内に保有する義務を負う。
国立学校の新卒者を採用した場合、その人の教育に国が費やした
学費の内の大きな部分=日本円で約¥150000位を国へ返納す
る制度は20年前から変わっていない。中途採用した熟練工が前の
職場で給料の前借等未返済のまま転職して来た場合、新しい職場の
企業はその未返済金を負担して前の企業へ支払う義務等、外資系企
業であるが故にプログラムされたロボットのように従い、泣き寝入
りさせられる計算外の出費は多い。
中国政府は、「外資系企業が中国へ進出し、安い労働資源を活用
して利益を得るのであれば、応分の負担は当然」との考え方に立っ
ている。これを中国では「受益者負担」と言うそうだが、発作的に
中国進出を決めて「大輪の花を咲かせる」夢を抱いて乗りこんでい
った楽観主義者にとってはリスクもコストも重すぎる。
完
「著者・板橋光紀氏関連のHP」
http://homepage3.nifty.com/ne/ne/it/
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発行者:生活者主権の会
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