生活者主権の会生活者通信2002年03月号/08頁..........作成:2002年03月06日/杉原健児

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建国記念の日に想う

大田区 大谷和夫

  最近は祝日が多く、名前も変わってしまって年寄
りにはよく分からなくなってきた。今日は建国記念
の日と言うのだそうだが、昔は紀元節と言い、紀元
節の歌があった。たまたま私の父も家内の父も誕生
日が紀元節であった。ところが占領軍に直接禁止さ
れたか、或いは日本側で遠慮したかよく知らないが、
いずれにせよ名前を変えてしまった。            
  神話時代に遡るほど日本の歴史は古く、はっきり
と天皇を呼称してからでも1300年を超え、世界的に
は大変珍しい歴史である。ところが前世紀半ばの戦
争に負け、1945年8月15日は終戦記念日として知っ
ている人は多いと思うが、それ以後日本は被占領状
態に入り、この間に占領軍に日本が二度と立ち上が
れないようにと、極東軍事裁判、憲法改正、教育改
革、財閥解体、公職追放、情報検閲など徹底的に痛
めつけられた。                                
  そして1951年9月にようやく講和条約が結ばれ、
1952年4月28日に対日講和条約と日米安全保障条約
が発効し、占領状態が終了して日本は再び名目上は
独立を回復した。                              
  本来日本にとって大切なのは敗戦の日ではなく、
独立を回復した日であるが、この日を正確に記憶し
ている人がどの位いるであろうか?  ちなみに今年
のカレンダーを見ると、4月の28日は日曜日で、翌
29日がみどりの日という意味のよく分からない祝日
になっている。元々4月の29日は昭和天皇の誕生日
で、敗戦前は天長節と称していた。これも多分紀元
節同様名前を変えたのであろう。                
  問題は4月28日の独立記念日である。極端にいえ
ば、祝日ではないが終戦記念日があって独立記念日
がないということは、精神的には占領状態が続いて
いるということであり、呪うべき占領状態の清算が
済んでいないということである。第一占領軍に禁止
されたからといって、大東亜戦争という呼称を米国
式の太平洋戦争と未だに言っている新聞もあるが、
英国では極東戦争と言っており、太平洋戦争は日本
にとっては実態を表していない。                
  昨年「新しい歴史教科書」が出て騒がれたついで
に、従来の他の教科書を調べてみたら、恐ろしく左
翼偏向しており、非愛国的、反日的色彩がどぎつい
のに驚いた。これは「歴史教科書の歴史」によると、
昭和53年度以降の第3期に入って戦前の日本の国家
・社会に対して否定的な叙述を行うように変化した
ものだそうである。中国へ行けば、名所には必ず  
「愛国主義的教育基地」があり、韓国では今まで猛
烈な愛国主義的国史教育を行っているのに、なぜ日
本だけ過去を全否定し、歴史に誇りを失っているの
であろうか?                                  
  最近ようやく気がついたのは、占領期間中のGH
Qの検閲基準で、どうやらこれが未だにマスコミを
支配し、進歩的文化人と称する非国民を生み出して
いるようである。具体的にGHQが禁止したのは、
大別して (1)占領軍の批判、 (2)連合国及び朝鮮人
の批判、 (3)連合国戦前の政策の批判、 (4)日本や
大東亜共栄圏の宣伝、 (5)戦争犯罪人の擁護などで、
極東軍事裁判史観で勝手な日本の歴史を規定し、国
際法違反の憲法の押しつけを強制したものである。
  占領中に朝鮮戦争が勃発し、米軍は慌てて日本に
軍備させるために警察予備隊をつくり、朝鮮戦争で
首になったかつての連合国最高司令官マッカーサー
元帥は、大東亜戦争は日本の自衛戦争であったと米
国の上院で証言するに至った。つまり占領期間中は、
明らかに国家主権の全面否定、国家意識の削除を強
制したので、その思想が反日原理主義の温床、自虐
思想の根源と見られ、マスコミ、教育界、学界、一
部の政党、教員組合などの労組に今尚生き残ってい
るものと思われる。                            
  日本ではこのような考え方を右翼反動と切り捨て
る習慣があるが、むしろ占領期間中の抑圧思想の大
掃除が必要であり、その為にも4月28日を独立記念
日に制定して、亡国反日原理主義思想とおさらばす
る必要があると信ずる次第である。              

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