20世紀は社会主義国家の台頭で、資本主義国家
も競って社会福祉を標榜して国民所得の再分配に介
入し、大きな政府を作ってきた。日本では戦前の陸
海軍を例外とし小さな政府を維持していたが、戦後
政府行政機関の肥大化は著しく、人口増加 1.74 倍
(昭和14年/平成4年比)に対して国家公務員の増
加は6.3 倍、都道府県の公務員は27.6倍にもなって
いる。政府・自治体の財政破綻で福祉国家の危機を
招くのは当然の成り行きだ。1989年の冷戦終焉
に伴う社会主義国家の崩壊は、社会主義の意義を原
点から問い直すことになった。この観点から中華人
民共和国(中国)の「社会主義市場経済」への変身
は極めて興味深い事例だ。中国建国53周年の国慶
節を祝う10月初旬、急に思い立って発展の著しい
上海を訪問してみた。
中国は共産党の一党独裁が続いているが、政府指
導層の中身は大変身を遂げ、国有企業の多くが株式
会社化(民営化)されて市場経済の競争原理に曝さ
れ、公務員も実力主義で選別される国家になった。
国有企業の生産シェアは1/4に減り、中国経済の
実態はグローバル化した資本主義経済そのものであ
る。注目すべきことは日本で不良債権の存在を理由
に公的資金投入の彌縫策を繰り返している間に、中
国では4大銀行が25%もの不良債権を抱えているこ
とを意に介せず、7 %以上の経済成長を維持し発展
を続けていることである。
日本では銀行融資の担保は殆どが土地で、土地の
価格低下が不良債権を増大させているが、中国では
土地が公有であるため、バブルが崩壊しても理不尽
な不良債権は発生しない。むしろ無価値に等しい土
地に政府主導で付加価値を付けることが経済発展の
原動力になっているようだ。葦の生い茂る貧しい土
地であった上海の浦東地区に高層ビルが林立するよ
うになったのは最近のことで日本が失われた10年
と言っている間の出来事である。
地盤沈下を続ける関西空港に1兆円を超える巨費
を投じ、成田空港は今だ未完成というのに、上海の
浦東新空港は、土地公有のため低コスト(総投資額
130億元=約2000億円)で短期間(着工後4
年間)に完成させた。上海にはスラム街が散在して
いたが、上海市主導による再開発が断行され、スラ
ム街をまたたくまに30〜40階建ての近代的ビル
街に変身させている。
聞くところによると以前は立ち退きの補償額が住
民1人当たりの額であったので再開発の計画が発表
されると一族がなだれ込み人口稠密のスラム街に手
をつけることが難しかったが、補償額を単位面積当
たりに変更したため急に再開発が進むようになった
とのことである。一方上海老街のような街区は建物
も含め全体が公有化され保存されるので、東京の市
街地のように保存すべき街区が私的理由で消失する
ことは無い。上海の大気、水質汚染は東京以上では
ないかと推測され、中国の急速な経済発展は環境破
壊が危惧されるが、土地が公有であれば環境保護へ
の対策も取り易いだろう。
「私有」がタブーとされていたためか、土地だけ
ではなく、企業も公有(集団所有)とされるものが
多く、中国経済のキーワードは「公有民営」といえ
る。「公有」は「社会主義」を「民営」は「市場経
済」を意味するとすれば「社会主義市場経済」の実
態も理解し易い。
「自由=市場経済」と「平等=社会主義」を両立
させようとしているのだ。「市場経済」と「社会主
義」は水と油であり、単細胞の日本の経済学者は理
解に苦しむものだろう。
中国経済から日本を見ると経済停滞の原因は不良
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債権を発生させた「土地」「株式」の所有制度にあ
ることが判る。理不尽に高騰した土地価格は暴落し
た今日でも国際価格と比較すれば高過ぎ、産業の国
際競争力を奪っているし、「土地」を財産とみなし
不良債権の担保として「塩漬け」にしているため土
地の有効活用が進まず、経済は活性化しないのだ。
無責任な金融機関、公的資金による「株式」所有
は、長期無配企業や補助金漬け法人と無能経営者の
存在を許している。土地私有(非公有)と株主不在
(非民営)が日本経済の長期低迷の原因となってい
るのだ。このように理解すると過去10年間、日本
経済は発展する中国経済と逆方向の道を歩んでいる
ことが判る。
中国の4大銀行が国有銀行であることも不良債権
処理を急がない理由だろう。この不良債権は非効率
な国有企業間で生じたもので、日本の郵貯と特殊法
人、第3セクターの間に存在する不良債権に該当す
るものだ。日本ではこの不良債権が財務省介在で秘
匿され表沙汰になっていないが、中国では国営事業
の非効率に挑戦し、金融制度の大改革が進められ株
式会社化、リストラと公的資金の投入が行われた。
日本と異なるのは国有企業が大口納税者で個人所得
税は5%に満たないことである。中国の不良債権は
国有企業の担税能力不足による財政赤字なのだ。
日本の個人金融資産は1400兆円と言われてい
るが、1990年以降急増したこの資産も土地バブ
ルと財政赤字が生みだした副産物だ。通貨、債権は
信用が生み出すバーチャルな存在であり、兌換性の
ない通貨、債権は信用さえあればいくらでも発行で
きる。現に米国はこれを実行しており、日本はドル
買いで米国の通貨発行を助けている。金融機関が私
利私欲に走り、無責任な投機を行ったり、経済の実
態に反する信用拡大や信用縮小を行えば、その弊害
は計り知れない。
金融機関には私的行為を禁止し、通貨・債権の移
動には賢明な運用と厳重な監視を求めなければなら
ない。金融機関が非営利の公有法人であれば利潤追
求に狂奔する必要はなく、監視介入がし易いので投
機やバブルに巻き込まれる可能性は少ないだろう。
中国経済は、「市場経済」の立場からみても「土地」
と「金融機関」を「公有」とする「社会主義」の意
義が大きいことを教えている。
中国経済の例を見るまでもなく「国営」事業に無
駄が多いことは万国共通の現象だ。福沢諭吉も明治
10年に発行した「分権論」の中で、「政府の手を
以って自ら事を行えば結局浪費乱用の弊を免れ難し」
とし「浪費乱用は世界万国の通弊」と述べている。
日本の国営事業体(事業省庁、国立大学、特殊法人
など)も民営化して市場経済の競争原理に曝し、公
益と称する胡散臭い補助金漬け法人は全廃し、税金
無駄遣いの元凶を断つべきだ。
世界同時不況が危惧されている時に中国経済の発
展を今後も維持できるだろうか?
中国の問題点は一党独裁と長期政権による幹部の
腐敗である。公金流用、収賄事件は日常茶飯事だ。
中国経済が教えてくれる最も重要な教訓は「リーダ
ーとなる人の重要性」である。〓小平、朱鎔基がい
なければ、中国の大改革と今日の発展は無かっただ
ろう。中国のリーダーは来春に開かれる全国人民代
表大会で国家主席や首相を含め交代するとのことで
ある。厳しい選別制度で若返りを図っているようだ。
柔軟な思考ができる有能で清潔な人材の有無が中国
経済発展の成否を決めると思われるが、イデオロギ
ーで凝り固まった高齢共産党員や抵抗勢力は隅に追
いやられ、外国帰りのテクノクラートが取って代っ
ているようだから、今後の推移を注目したい。
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