後15年も勉強して初めて一人前になれる。
実は私の次男( 小学6 年生) のことだが、一般的
にも当てはまり重大な問題をはらんでいるのでここ
で言及する。
正確に言うと残りの勉強期間とは中学3 年間、高
校3 年間、大学4 年間の10年間である。15年といっ
たのは、大学卒業後の5 年間は企業に勤めてからも
勉強が必要であるからだ。 しかし、大学を22歳で
卒業し27歳ぐらいで社会人として一人前に勤まる人
はそれほど多くない、というのが実感である。まだ
まだ勉強不足である。
この15年間は毎日8 時間ぐらい勉強することにな
るが、こんな長時間いったい何を勉強するのであろ
うか。これだけ勉強すれば司法試験にだって合格で
きるし、医師の免許だって取れるだろう。ましてや
12歳の柔らかい時期からのスタートである。どんど
ん吸収して覚えが早いはずだ。それなのに中学生か
らの15年間を終えて27歳になった人間のほとんどが
使い物にならない。
これを教育の失敗といわないで何というのだろう
か。統計的に何%の人間が使い物にならないかは把
握のしようがないが、実感的に現在の教育制度の基
で立派な社会人を生み出すとは考えられない。これ
は個人の努力が足りないという前の大問題である。
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教える側の問題といえる。
現在の教育制度は官僚を作り、その体制を維持し
ていくためには非常に優れたシステムになっている。
従順で飲み込みの早い人間がエリートとして出世し
ていく。しかし大多数の人間には必要のない能力で
ある。大多数の人間は社会の波に洗われて生きてい
かなければならない。最低限の金銭感覚を身に付け
なければならないし、新聞を読めるような読解力を
身に付けなければならない。また、自分の気持ちを
正確に伝える言語能力も必要である。しかし、現在
の制度ではこれらの能力開発はおざなりになってい
る。逆にしゃべれなくとも良い英語、商業・工業な
どの実践に役立たない数学、近代史を無視した歴史、
旅行先で恥をかく地理、身近な自然現象を取り扱わ
ない理科などに力を入れている。なぜこんな意味の
ないことを子供たちが勉強しなくてはならないのか。
それは先に書いた「従順で飲み込みの早い」人間を
選別しやすくするためである。
最低限生きるに必要な能力は、たとえ小学生で挫
折した人間であっても再教育できるはずである。15
年間も歳月をかけたら、どんな人間でも十分にとり
返しがつく。
しかし、現在ののっぺりとした画一的な教育制度
の基では望むこともできないのか。
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