第一次世界大戦の戦禍が余りにも悲惨であった為、
イギリスやフランスでは二度と悲劇を繰り返したく
ないという国民的世論が大勢を占めていた。またア
メリカに於いても二度と再び欧州の地でアメリカ人
青年の血を流したくないという強い世論が支配的と
なり、ルーズベルト大統領の第三期目の選挙公約に、
欧州への軍事的な介入は行わないことが盛り込まれ
ていた。
ところが歴史というは、実に皮肉なものでこうい
った避戦論がかえって、ドイツやイタリアなどの全
体主義政権の侵略行為を助長する結果となってゆく
のである。
その最初の事件は、ムッソリーニによるエチオピ
ア侵略でイギリスを中心とする国際連盟は非難決議
を行ったが、軍事的圧力を伴わないものであった為、
結果的に国際社会はエチオピア侵略を認めてしまう
形となった。このことが当時のヒトラーや日本の陸
軍参謀本部に大きな示唆を与えたことは否めない。
重大なヴェルサイユ条約違反であり、当時のドイ
ツにとって危険極まりないラインラント進駐もドイ
ツの将軍たちの大反対にも拘らずヒトラーの独断に
より強行されたが、これも英仏の譲歩により、かえ
ってヒトラーの国内における発言力の強化に繋がっ
てしまっている、その後に続くオーストリア併合、
ズデーテン地方の割譲により、第3帝国に組み込ま
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れた人口は1千万人に達し、特にチェコのスコダ軍
需工場の取得はヒトラー政権の軍事力強化に多大な
貢献を果たしている。
結果的にみて軍事的制裁を加えることが可能であ
ったラインラント進駐のころと、1939年のポー
ランド侵攻時点を比較してみた場合、ヒトラーの軍
事力、特に航空兵力は飛躍的に向上し、英仏が共に
戦っても勝てるような相手ではすでに無く、再度の
米国の参戦なくしては収拾がつかないような状況に
なってしまっていた。
こういった歴史的な事実を背景として現代を見た
場合、テロリストやテロ支援国家の要求に屈してゆ
くことは、まさに危険極まりない行為であることは
明らかで、特に北朝鮮による核開発とロケットが結
びついたときに、日本の安全保障に与える衝撃は計
り知れない。また韓国での太陽政策にしてもその効
果には甚だ疑問があると言わざるを得ない。
やはり日米同盟の堅持なくして拉致犠牲者返還を
含む北朝鮮問題を解決できないのというのが厳しい
現実であると思う。
今イラク派遣でゆれている国内世論であるがイラ
クへ行くと自衛隊と日本本土がテロの脅威にさらさ
れると言うような幼稚な議論で果たして日本の経済
規模に見合った、眼に見える国際貢献というものが
できるのだろうか?
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