「中国で造れば日本で造る半値で出来る」とか、
「1/3の価格で出来てしまう」等の会話を聞くこ
とがある。これらは全く乱暴な決め付け方だ。農産
物や手織りのペルシャ絨毯のように原材料費に殆ど
金がかからない、コストが人件費のかたまりのよう
な品目ならともかく、エレクトロニクスやメカニカ
ルな製品までをも対象としたものであるとしたら、
それらは殆ど「誤り」であると言ってよい。しかも
安く造れる主たる理由に「人件費が安いから」を挙
げるに及んでは「暴論」と言わざるを得ない。
「人件費が安いから、高い機械を入れて生産する
より、大勢の人による手作業の方が安くつく」も間
違いだ。欧米や日本の企業は製品のコストもさるこ
とながら、「商品の均一性」を非常に重要視する。
手作業によって品質にバラツキが出ることを極端に
恐れることから、日本のメーカーの場合、日本の本
社工場よりも、むしろ中国工場の方が機械化率が高
くなっている所の方が多い。
私が中国へ入って香港資本の中堅エレクトロニク
ス工場で本格的に仕事を開始したのは今から20年
前の1984年。当時の中国にはそれらしき「素材」
を生産する工場のいくつかが存在してはいたが、欧
米や日本の客先が指定して来る品質基準に合致した
商品に仕上げるには、いずれも「使いものにならな
い」ものばかりで、印刷済み化粧箱から段ボールを
含めた原材料のほぼ100%を香港から中国工場へ
運び込み、同じく日本や欧米から買って来た工作機
械や工具類を使って商品を完成させていた時代であ
った。
過去20年の間に、中国各地の「特区」内外で各
種の周辺産業が育ってきた。台湾の素材産業も今で
は中国の工業化に欠かすことの出来ない存在だ。日
本の家電や自動車メーカーも下請け部品工場を引き
連れて進出して来た所も多い。台湾人や日本人の手
を経ずに出来る中国産の素材に依存したくないから
なのだ。
毎日何千台ものトラックが国境を越えて香港と中
国とを往復しているが、ガソリンの価格が半値なの
に中国側で給油する香港人運転手は少ない。「中国
製のガソリンは精度が劣り、エンジンを痛めて車の
寿命を縮める」ことを知っているからだ。
今でこそ中国は全石油消費量の30%を輸入に依
存、世界的に「石油価格不安定化の元凶」呼ばわり
されているが、1980年代の中国は逆に近隣の友
好国へ原油を輸出出来ていたわけだから、精製技術
と設備の性能はともかく、原油の採掘からガソリン
精製に到るまでの工程は全て中国で賄えたことにな
る。しかし最終製品のガソリンに欠陥があるとする
と、ガソリンが完成する前段階で出来る「ナフサ」
の品質にも問題があるわけだ。殆どのプラスチック
素材がガソリンと同様に「ナフサ」から造られると
なれば、中国産のプラスチック素材は全て、接着剤
の効能に到るまで「安かろう、悪かろう」である可
能性が強い。
一般論だが、日本に限らずどの国の企業でも、平
均的な工業製品を生産する場合には、先ず客先の要
求する品質基準に添って部品等全ての素材を書き出
し、仕入れ先を選定、小数点以下下四桁までの緻密
な仕入れ価格を算出する。全素材の調達に費やす金
額は工場出し販売価格の70%前後を占めるのが普
通だ。残りの30%の内訳は、10%位を固定経費
と呼ばれる税金、株主配当金、役員報酬、家賃、地
代、工場設備投資の償却費、保険料、光熱費、金利、
特許使用料、宣伝費等にとられる。更に10%を企
業を健全に成長させて、将来への投資等の為に確保
すべき適正な「利益金」を一種の「経費」として計
上する必要がある。残りの10%が「人件費」に相
当し、一般職員の給料と福利厚生費に当てられる。
従って、人件費の高い日本で生産しようと、人件
費の安い中国で生産しようと、生産コストの違いは
僅か10%程を占める人件費の範囲でしかアップダ
ウンしない理屈になる。中国の人件費が日本の1/
10だとすれば、同じ商品を中国で生産すると、日
本で造るよりも、人件費の違いに相当する9%を安
く出来るだけであって、半値になったり、1/3で
出来たりする筈がないのである。見た目で同じよう
な商品を驚くほど安い価格で生産しようとすれば、
素材にかける費用を大幅に削減、つまり「安かろう、
悪かろう」の部品を採用して「手抜き」をする以外
に方法はない。9%程度のコストメリットは為替レ
ートが少し振れたり、ちょっとした災害に出会った
り、外国人との共同作業による言葉の行き違い等で
不良品を出してしまう類のハプニングがあるだけで
消えてしまう。素材に幾ら金をかけるかがキーであ
って、「人件費が主役ではない」のである。
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2004年秋に入ってきた情報によると、中国の
人件費は予想以上に早く上昇しているようだ。広東
省に進出した日系企業では、最近末端工員に日本円
に換算して¥28000もの月給を払っていると言
う。これは既にタイやフイリッピンの給与水準に達
しており、ベトナムやインドネシアの水準を上回っ
ていることを意味している。しかも¥28000は
基本給を言っているのであって、企業側はそれ以外
に各種の「手当て」を支払わなければならない。中
国ではこの「手当て」がクセ者で、進出した外国資
本にとって共通した「重要課題」となっている。
先ず、中国の外資系企業が従業員に支払う「残業
手当」は、時給単価が基本給の50%増し、日曜出
勤は100%増しで、祭日出勤になると200%増
しにするのが当たり前だ。大抵の工場が春節正月休
みの10日間程を除く1年355日をぶっ通しで、
しかも16―20時間を2交替で操業するのが普通だか
ら、給料袋の中身は基本給の2倍以上の金額となっ
ている筈である。日本を含めてどの国においても残
業と休日出勤に手当てが付けられるのは当然だが、
時給単価の割増比率で比較すると中国の労働者は厚
遇されている。
そもそも「手当て」とは、従業員が著しく危険、
不快、不健康、困難、その他著しく特殊な作業に従
事した時にのみ支給される対価であるが、明らかに
「お手盛り」によると思われる地元中国企業の「手
当て乱発」はすさまじい。数年前に国有企業に勤務
する知人に給与明細書を見せてもらったことがある。
基本給に始まり残業、休日出勤手当てに続く30項
目を越える夥しい「手当て」の羅列は、何故に給与
明細書が長さ2メ−トル近くのテープになっている
のかを納得させてくれた。片言ではあったが日本語
を話す人だったから「日本語習得者手当て」は理解
出来た。しかし三食付きの寮で寝起きしている筈な
のに「主食手当て」と「副食手当て」それに「入浴
手当て」が支給されているのが不可解で、「文教衛
生手当て」とか「雨天手当て」等、字は読めても意
味の解らない項目が多い。「一人っ子手当」の方は
二人目の子供を作ると削られてしまうと言っていた。
今のところ、国や自治体は外資系企業にこれらの
「諸手当て」を出す義務を課してはいない。しかし
代わりに「労働組合」を結成させることが外資系企
業にだけ義務付けられていることにより、「無言の
圧力」となって国有企業のそれに準じた方向へ徐々
に福利厚生レベルの引き上げを余儀なくされている
ようだ。「鉄飯碗」が林立する土地柄に「鉄飯碗」
の旗振りで堂々と結成される労働組合ならば、その
思考と主張は自ずと日本の「自治労」に近いものと
なってくる。
WTOに加盟して以来、中国政府は商取引のルー
ルや環境保護基準だけでなく、労働者の福利厚生面
でも他の加盟国並みに近ずけることを目指しており、
その健気な姿は感動的ですらある。労災保険は既に
スタートしているが、健康保険や年金、退職金、失
業保険等の制度も近い将来に制度化されてくるだろ
う。保険料や諸準備金で企業が負担すべき部分の内
国や自治体へ既に上納させられているものもあるが、
未だ実施されてもいないのに、制度がスタートした
際に直ちに切り替えられるようにと、今からそれら
の資金を積み立てておく「義務」も外資系企業にの
み課せられている。
他省の住民を採用する場合は「移民局」みたいな
役所を通して斡旋を依頼、少額ではあるがその職員
が在籍している間は永久に斡旋料を毎月納めなけれ
ばならない。規模の大小に拘らず、全員が寝起きす
る寮を建てて三食を与え、規模が大きくなれば託児
所に小学校、医者は一人の巡回医を数軒の企業が共
同で雇うことで許されるが、看護婦付きのクリニッ
クまでも工場の敷地内に保有する義務を負う。
国立学校の新卒者を採用した場合、その人の教育
に国が費やした学費の内の大きな部分=日本円で約
¥150000位を国へ返納する制度は20年前か
ら変わっていない。中途採用した熟練工が前の職場
で給料の前借等未返済のまま転職して来た場合、新
しい職場の企業はその未返済金を負担して前の企業
へ支払う義務等、外資系企業であるが故にプログラ
ムされたロボットのように従い、泣き寝入りさせら
れる計算外の出費は多い。
中国政府は、「外資系企業が中国へ進出し、安い
労働資源を活用して利益を得るのであれば、応分の
負担は当然」との考え方に立っている。これを中国
では「受益者負担」と言うそうだが、発作的に中国
進出を決めて「大輪の花を咲かせる」夢を抱いて乗
りこんでいった楽観主義者にとってはリスクもコス
トも重すぎる。
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