もし今子供に「北朝鮮からミサイルが飛んで来る
の?」と訊ねられたら、私は「金正日に訊いてくれ」
としか答えようがない。不親切な答えしか出来ない
自分がもどかしい。「ミサイル」を日本語に訳すと
「飛び道具」になる。数年前から短・中距離ミサイ
ルの発射実験が繰り返されて来たのは事実だから、
北朝鮮が各種ミサイルを保有していることと、場合
によっては「飛んで来る可能性」だけはあると認識
せざるを得ない。
かくなる上は日米共同開発によるミサイル防衛構
想(MD)が推進され、北朝鮮から飛んで来る「飛び
道具を飛び道具で」確実に撃ち落せる迎撃態勢が早
期に構築されないことには枕を高くして眠れない。
MD構想に並行して日本の「武器輸出三原則」の見
直しが叫ばれるようになった。MDシステムの設計や
製造そのものはアメリカ主導で行われるに違いない
が、システムに組み込まれる迎撃ミサイルと高性能
レーダーやコンピューターなどに採用される「日本
製電子部品」がアメリカへ輸出されることによって
開発までの時間が短縮出来ることから、共同開発は
アメリカから日本に対して提案されて来たものと考
えられる。
「ミサイル」は短距離用から長距離用まで、対空
や対戦車、誘導方式の違いなど、夥しい種類に分類
されるが、全てのミサイル弾頭の構造はおしなべて
三つのセクションに分かれている。先端が測定、誘
導、制御の機能で、殆ど「電子部品」で成っている。
真中が信管や爆薬などの目標破壊機能。後方にエン
ジンやロケット燃料などの機体推進を司る部材が位
置」している。どこの国でも兵器の改良は怠りなく、
ミサイルの命中精度は年々高くなっていると思われ
るが、精度を高めるカギは先端に位置する「電子部
品群」にあることは言をまたない。あらゆる部品の
効能が常に新しい優れたものに差し替えられる改良
と、部品の小型化と軽量化が競われる。
1978年、田中角栄がロッキード事件に問われ
た年、ソ連空軍のベレンコ中尉がミグ25戦闘機を
駆って、白昼堂々と函館空港へ強行着陸、西側への
亡命を求めて来たことがあった。当時の「ミグ25」
はソ連の誇る最新鋭戦闘機であったが、日米の軍関
係者が機体をよく調べてみると、戦闘機に搭載され
たレーダーに「旧式の真空管」が採用されているこ
とが判った。宇宙開発ではアメリカを凌いでいたと
言われ、1961年にガガーリン少佐が有人宇宙飛
行を成功させたほどのソ連でも、レーダーの増幅に
不可欠な「トランジスター」を量産出来なかったこ
とと、ココム(対共産圏輸出管理機構)の規制が正
しく機能して、西側の先端技術がソ連へ流出するこ
とがなかったことを物語っている。
エレクトロニクスは家電製品に限らず、医療機器
から工作機械、OA機器とかカメラやおもちゃにまで
浸透している。日本や台湾のエレクトロニクス工場
が盛んに大陸へ進出して、中国ではテレビや冷蔵庫、
エアコンなどの家電製品を始め、汎用部品と呼ばれ
る用途の広い各種の電子部品までもを生産出来るよ
うになった。しかし高度な技術や設備を必要とする
最先端の部品や「武器に転用可能な部品」の生産は
無理。集積回路など「クリテイカルパーツ」と呼ば
れる重要な部品の供給は引き続き日本、台湾、アメ
リカ、ドイツなどに依存している。これらエレクト
ロニクス先進4ヶ国自身にしても夫々が得意分野を
持っており、不得意な分野を補い合い、互いに依存
し合っている面がある。たとえ技術的に先頭を走る
アメリカと言えども一国で全ての電子部品を賄える
ことはない。ましてや北朝鮮がミサイルに搭載する
多くの電子部品を生産出来る筈がなく、つまり北朝
鮮は何らかの方法で日本製を含めた「武器に転用可
能な電子部品」を密かに入手していることになる。
何年も前から秋葉原の電気街で中国人とか朝鮮人
やイスラム圏とおぼしき人々が電子部品を買い漁っ
ている話は聞いていた。日本の素材メーカーや販売
会社が香港へ拠点を構え、そこへ身元のよく判らな
い人物が出入りしているなどの報道もあった。
我々貿易に携わる者は輸出先仕向け国によって、
又輸出品目によって国から厳しい規制を受けている。
それは、
(1)ワッセナー アレンジメント
(国際輸出管理機構に制約される)
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1994年に使命を終えたココム(対共産圏輸
出統制委員会)の規制に代わって、1996年に
発効したワッセナー協約だ。「危険視される国」
には軍事技術を強化するような製品や技術を輸出
しない条約であるが、条文には「危険視される国」
を名指ししておらず、「危険」の定義は加盟国に
夫々判断が任されている。日本は「危険視される
国」を「要注意国」と言い換えており、経産省の
「要輸出許可取得義務」の範囲は他の加盟国より
少し広い。
(2)キャッチオール規制
(軍事関連品目の輸出管理を義務ずけている)
輸出品の用途や需要者名から見て、大量破壊兵
器の開発に用いる恐れのある品目を輸出する場合、
経産省の審査と許可を受ける必要がある。規制品
目は核兵器、化学兵器、生物兵器、ミサイル関連
技術及び部品である。
これら二つの規制によって「兵器に転用可能な電
子部品」が日本から「要注意国」へ直接輸出される
ことは(理論的には)ない。
香港は1997年にイギリスから中国へ返還され、
「一国二制度」で運営されていることは衆知の通り
であるが、昔ながらに「何でもあり」の自由港であ
ることに変わりはない。「税関」と名の付く役所は
存在するものの、たばこと麻薬と銃砲の輸出入には
厳しい規制をかけているが、その他の品目について
は統計をとるだけの目的で、輸出入行為の当事者に
取引明細の事後報告義務を課しているだけだ。
20年ほど前に、香港経由の三角貿易によって先
進諸国の先端技術が紛争当事国へ流出する問題が指
摘され、日本から香港への電子部品輸出にも(ある
程度)規制がかけられるようになった。しかし、一
旦荷物が香港へ荷揚げされた後は無秩序状態で、そ
の先どこで、何に使われようと規制は無きに等しい。
大半は中国のエレクトロニクス工場へ届けられるも
のと信じたいが、一部が「要注意国」から香港へ買
い付けに来るバイヤーの手に渡る可能性は否定出来
ない。
更に問題が大きいと思われる点は、中国に存在す
る数万軒と言われる各種エレクトロニクス工場の多
くが、余った電子部品をたび重ねて放出しているこ
とにある。部品の在庫管理が厳しい日系企業には少
ないと思われるが、香港資本、台湾資本、アメリカ
資本の工場に部品の放出行為が多いと聞く。
中国に限らないだろうが、エレクトロニクス工場
が電気製品を、例えば10000台生産する場合、
重要な部材の殆どを日本、台湾、アメリカなどから
取り寄せることになるが、その際3%程度の数量を
上乗せした10300台分を調達するのが普通だ。
この余分な300台分の部材を「スクラップ アロ
ーワンス」と呼び、不良品を出してしまった時のリ
カバリーに備える。馴れない初回の生産にいくらか
の失敗作が出て、「スクラップ アローワンス」の
一部又は全部を使ったとしても、二回目、三回目の
生産になると工員は作業に馴れて来て、大量の不良
品は出さないから「スクラップ アローワンス」は
殆どそっくり残り、どの工場も先々の生産や新製品
の試作材料用に保存しておく。これが何ヶ月、何年
も経つと不要な部材の在庫は夥しい種類と分量にな
り、それらの管理や保管スぺースの確保に苦慮する。
カバンに「現金」を詰めた部品ブローカーが度々
工場を訪れ、余剰な部品を即金で買い上げてくれる。
「スクラップ アローワンス」は往々にして工場幹
部職員の「裏金作り」に供される。部品ブローカー
は人民解放軍・ミサイル部隊の退役軍人、又はその
意を受けた代理人である場合が多く、中にはかなり
専門知識を備えた人物も散見できる。ブローカーが
持ち去った電子部品が平和利用なのか、ミサイルの
製造に使われるのか、中国国内で消費されるのか、
又は北朝鮮やイスラム圏へ転売されるのかを私は知
らない。
しかし、どこの国のミサイルでも不発弾を分解し
てみると必ず日本製の電子部品が搭載されている現
実を見るに、我々が使っている電化製品が更に日進
月歩して、日々の生活が快適になればなるほど、他
所から飛んで来るかもしれないミサイルの命中精度
も高くなって来ることだけは覚悟しなければならな
い。
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