原油の価格が2年前の1バレル35米ドルから2倍の70米ドルへと急騰してしまった。業界の
専門家に言わせると、価格はこの先更に上昇し、85米ドルから90米ドルあたりにまで値上がり
する可能性もあるらしい。2005年9月14日、アメリカの航空会社第3位のデルタ航空と第4
位のノースウエスト航空が、航空機燃料の高騰などで経営が行き詰まり、自力再建を断念、ニュー
ヨークの連邦裁判所へ民事再生法の適用を申請した。 日本でも原油高騰の煽りを受けて、「風が
吹けば桶屋が儲かる」の感なきにしもあらずだが、「納豆と蒲鉾の業界」が窮地に陥り、販売価格
の値上げを余儀なくされているとの報道があった。
あらゆる業界に共通する頭痛の種ではあろうが、とりわけガソリンの価格が企業の業績へストレ
ートに跳ね返って来る「運送業者」や「流通業者」にとって、今回の原油高騰問題は深刻だ。長い
トンネルをようやく抜け出して、少しは景気が上向きに転じた兆しの見える日本経済に冷水をかけ
ることにならねばと心配である。
これに対し、去る9月末にテレビ出演した中川昭一経済産業大臣は、局面打開策としては印象稀
薄であるが、以下の3つの対応策を表明している :
その@ ・・・尖閣諸島の日中海域中間線付近で天然ガスの採掘を開始している中国には直ちに
作業を中止してもらい、中国側がこれまでに集めた資料の開示を求め、経産省が免
許を与えた帝国石油による今後の調査・採掘作業の安全を計る。
筆者の評・・・これらはいずれも歯切れが悪く、非現実的で、中国側が回答を引き延ばししたり、
日本の申し入れを無視又は拒絶したりすれば無力に終わる。仮に素直に同意して
来たとしても、未確定の排他的経済水域の線引きを、台湾を含めた関係する3当事
国で話し合う作業から始めることになる筈だから、日本人による天然ガスの収穫は
何時になるのか判らない。帝国石油による作業の安全確保に自衛隊を出動させるこ
とにでもなれば、戦争沙汰にも発展しかねない。
そのA ・・・化石燃料に代わるクリーンヱネルギーの開発を急ぐ一方、原子力発電を推進する為
に安全対策を建て直し、国民の原発に対する信頼回復に努力する。
筆者の評・・・最近になってスイス、ベルギー、スエーデン、フィンランドの4ヶ国が「脱原発を
見直す」方向に転じ、アメリカのブッシュ政権と中国の胡錦涛政権が相変わらず原
発新設を積極的に推進する声明を出しているが、世界の趨勢としては、ヱネルギー
不足を耐え偲び、化石燃料や原子力を頼らず、時間がかかるとしても「クリーンヱ
ネルギー」を選択する方向にある。 とりわけ日本人の原発に対するアレルギーに
は根強いものがあり、新設はおろか、既存の施設維持にすら反対する住民運動の圧
力は益々高まっている。 将来、安全に関する諸問題をクリアー出来て、市民の支
持を取り付けて、原発の新設を可能とする日が来るとしても、そこへ辿り着くまで
には長い年月を要し、差し迫った今の原油高騰問題を解決する「即効薬」とはなり
得ない。
そのB ・・・郵政の民営化と四分社化を急ぎ、郵貯残高227兆円を活用して、困窮する中小
企業へ緊急融資を行う。
筆者の評・・・困窮する中小企業は緊急融資を受ければ、それが生命維持装置となって一時的に
倒産を免れる延命効果はあるかもしれないが、原油高騰で窮地に陥った企業はガソ
リンと石油製品の購入価格が元の値段に戻らない限り業績を回復させる復元力と
はなり得ない。 郵貯資金を中小企業へ融資する目論見は、石原都知事の発想でス
タートした「新銀行東京」が失速状態に陥っていると同様に、「絵に描いた餅」で、
失敗に終わる可能性が高い。元郵便局員に俄か勉強で融資業務や審査技術の特訓を
施したところで、彼等に227兆円の資金を仕切らせるには心許ないから、リスト
ラされた元銀行員を大量に採用することになり、彼等の再就職には貢献するかもし
れない。 しかし新銀行東京にも見られるように、彼等は銀行員時代の常識を抱え
たまま掛かって来る筈だから、「融資を受ける資格のある恵まれた中小企業には資
金の借り手がない」のと「赤字と債務超過で倒産の瀬戸際に立たされている困窮
零細企業には貸さない」といった、機能不全な金融機関に成り下がるであろうこと
は、都議会で新銀行東京事業を受け持つ経済・港湾委員会のメンバーであった大津
浩子議員に聞けば判る。
そこで筆者は「即効性のある提案」を試みたい。それは「ガソリン税を大幅に下げる」ことだ。
現行のガソリン税はレギュラーガソリンの場合、揮発油税の48.60円と地方道路税の5.20
円で成っており、1リッター当たり合計53.80円もかけられている。 ガソリンが1リッター
100円の時代はその半分以上が税金であったことになる。 今、原油価格が70米ドルに値上が
りして、レギュラーガソリンは1リッター130円前後になり、経済界は皆頭を抱えているが、ガ
ソリン税を単に53.80円から23.80円へ減税することによって直ちに元の100円に戻る
単純計算が成り立つ。近い将来に原油価格が90米ドルにまで上昇して、今の税率を据え置いた場
合、レギュラーガソリンは1リッター150円とか160円近くになってしまう計算になるが、そ
れでもガソリン税をゼロにする作業だけで100円の小売価格を維持し、パニックを回避出来るこ
とになる。
ついでに原油等関税1リッター当たり0.17円、石油石炭税2.04円、軽油引取税32.1
0円、石油ガス税9.80円、航空機燃料税26.00円等も全部取っ払ってしまえば景気回復に
強いインパクトを与えるに違いない。消費者も企業もヱネルギー事情の好転や、何時になるか判ら
ないクリーンヱネルギー開発の完了を待つ必要はなく、日本の為政者の決断次第で直ちに遂行し得
る作業なのである。
しかし実現にはマイナーなハードルが2つある。それは :
その@ ・・・田中角栄首相の時代に「揮発油税」は「道路特定財源」と言う名の「目的税」と
することが定義され、道路や空港建設などの燃料を消費する分野にのみ支出するこ
とが定められている。しかしガソリン税の大幅減税に反対する日本人は皆無に近い
筈だから、いかなる法改正であろうとも、絶対安定議席数に支えられた小泉自民党
内閣に不可能はない。
そのA ・・・揮発油税が入って来なくなることにより、国の歳入を司る財務省が抵抗して来る
可能性がある。 2004年予算の場合、歳入総額82兆円の内税収総額は41兆
円、その中の揮発油税はたったの2兆1千億円程度で、全額を失ったとしても税収
総額が5%減るだけだ。原油の急騰が不況の再来を呼び、多くの企業が赤字に転落、
倒産企業が続出すれば国は法人税収入を大幅に減らすことになり、どのみち歳入を
減らすことに変わりはない。揮発油税を失うことが結果的に景気を支えると同時に
新たな活性化を促し、企業が納める法人税の増収額が失った減税額を上回る可能性
だってあり得る。
2004年の夏、商用でアメリカ・ワシントンに滞在している間に数人の旧友に会う機会があっ
た。 ガソリンが70%も値上がりして、「1ガロン2米ドルを超えたんだよ」と皆ぼやいていた。
1ガロン2米ドルは1リッターが約55円でしかなく、日本のガソリン価格の半分だ。あれから
1年後の2005年8月末に聞いた最新価格は1ガロン3.20米ドルで、1リッター当たり90
円に値上がりしたものの、日本の現レギュラーガソリン130円よりもはるかに安い。それでも彼
等は「これ以上ガソリンが値上がりしたらアメリカでは各地で暴動が起きるだろう」と真顔で言う。
国土面積が広く、車の走行距離が長くなり勝ちなアメリカや中国は、燃費が高いと経済活動が阻
害される為、昔からガソリン税が低く抑えられてきた。 石油精製会社は国産だろうと輸入品だろ
うと、原油は今国際価格で仕入れなければならない時代だから、原油の国際相場はガソリンの値段
にストレートに反映され、人智の及ぶ価格調整は不可能に近い。
その点日本では幸か不幸か、ガソリン税が非常に高かったが故に、産油国の一方的な都合に振り
回されることなく、日本人が勝手に決断するだけで当面の危機を回避し得る環境にある。今この無
形の有利さを活用すべきだ。日本人は国土が狭かった幸運を感謝すべきだろうか。
多くのテロリストを輩出しているイスラム圏や、反米・反日運動の盛んな途上国の人々の中に、
「キリスト教の生んだ西洋文明が人類を危機に追い込んだ」と考える人が多い。クリスチャンには
アーミッシュに象徴されるストイックさを備えている人は多いから、「キリスト教の」と決め付ける
ことに異論はある。しかし便利さを追求する先進諸国の人々にあり勝ちな、飽くなき欲望が「環境
破壊」と「ヱネルギー不足」をもたらせる図式と、途上国の人々を含めた人類全員が危機に立たさ
れた「被害者」であると同時に、その全員が「加害者」でもある論理に反駁する気はない。 とり
わけ日本を含めた先進諸国が経済力や軍事力を背景に、ヱネルギーの争奪戦、大量消費や、その副
作用とも言うべき環境破壊を続けて来た傲慢さと、早期改善を怠って来た「不作為の罪」は重い。
「クリーンヱネルギーの開発」が叫ばれて久しいが、最近ヱネルギー問題が論じられる場面では
「ソフトヱネルギー」と言う新語が多用されるようになった。「ソフトヱネルギー」とは「クリー
ンヱネルギー開発」に並行して実行すべき「ゴミを減らす努力」と「省エネ努力」を合わせた「三
点セット」を指す。「隗より始めよ」はよく耳にする言葉だが、原油の先行きがどう変化しようと、
日本のガソリン税が下がろうが下がるまいが、我々はせめて市民一人一人にも実行が可能な「ゴミ
減らし」と「省エネ」を率先垂範し、「ソフトヱネルギー」の開発に協力すべきだろう。ささやか
ながら、それは人類を危機に立たせた「罪の償い」にもつながることだから。
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